「んー。あともうちょっとだけ……」
そう言いながら、掛布にくるまり、もぞもぞと身動きをするサクラ。
再び眠りに落ちようというところで、彼女はなにやら良い香りが漂っていることに気が付いた。
「あれ……? お茶の香り…?」
その良い香りに誘われるようにして掛布から顔を出すと、男性陣3人が各々に準備を進めていた。
小狼は黒の学ランに似た洋服を身に着け、テーブルクロスをかけていた。小狼には可愛らしいエプロンを付けたモコナの姿もあった。
黒鋼は白と黒の袴に下駄といういで立ちで、その不安定そうな足元のまま、器用に梯子に登り、カーテンを取り付けていた。
奥に設置されているカウンター付近には、ウェイター風の格好をしたファイがお茶を淹れる練習をしていた。サクラが感じたよい香りは彼からだろう。
ファイはお茶を淹れながらも、後ろの方にある部屋に時折声をかけていた。どうやらそこには着替えをしている澪がいるようだった。
「澪ちゃん、早く出てきなよー」
「こ、心の準備がまだです…」
「せっかく俺が選んだんだから早く着てよぉー」
「ききき着ましたよ!! 人生初です、こんな服!」
ガタガタと騒ぎながら、ゆっくりと出てきた澪にサクラは小さく「わぁ」と感嘆の声を上げた。
その声に気が付いた小狼がサクラに「目が覚めましたか?」と優しく笑う。
サクラが目覚めていると知り、澪がバババッと部屋に戻ろうとするが、その行動を素早くファイが引き止めた。
「せっかく出てきたんだから皆にお披露目ねー?」
「酷いです!」
笑顔のファイに澪が軽く絶望の表情を見せる。
黒鋼が器用に椅子の上で方向転換し、澪を見た。小狼やモコナも澪の服装を見る。
視線が集まる中、サクラがにっこりと喜ぶように微笑んだ。
「澪ちゃん、そのお洋服凄く可愛い!」
澪は白い生地に銀の刺繍で蝶が施された、チャイナドレスに身を包んでいた。
澪が気にするのは横の深いスリットや、開いた胸元。
ちらちらと覗く白い足を隠しつつ、澪は吹っ切れたように腕を組んでそっぽを向いた。
「ファイさんってこういう趣味ですか!? ドン引きなのです!」
「だって安かったしねー」
「そりゃ安いでしょうよ! ここはこんなに大正とか明治な雰囲気を醸し出しているんですから! チャイナドレスなんて悪目立ちしますよ!」
「タイショウ? メイジ? まぁ似合ってるからいーんだよー」
「私がいくないです!!」
珍しく猛反論しながら、澪はご機嫌斜めだ。あまりの落ち込みようにモコナが慰めに入る。
「澪、ホントに似合ってるよ?ね、小狼」
「うん。大丈夫だよ、澪」
モコナと小狼。そして先程のサクラと、からかいなどではない純粋な褒め言葉に、澪はようやく表情を緩めてくる。
そこで黒鋼が作業に戻りながら心底興味が無さそうに言葉を零した。
「なんでもいいだろ」
「黒鋼さんは! 女の子心がわかってないんです!」
「揺、ら、す、な!」
キッと視線を強めた澪が黒鋼の足元で彼の登った梯子を揺らす。声を荒上げる黒鋼だが、彼ならば落ちてきたりはしないだろう。澪もそう思って揺らしていたが、やがてすぐに諦めて、小さく溜息をついて目覚めたサクラの隣に座った。澪の手には紙袋。
「じゃあ、サクラちゃんも着替えよっか!」
「えっ? えっ?」
「私、サクラちゃんがこのお洋服着てくれるのとっても楽しみだったの!」
先程とは打って変わってキラキラと目を輝かせる澪はサクラに紙袋を押し付け、澪自身が着替えをした部屋へと彼女を引き連れていく。
彼女の着替えを促しながら、澪はサクラが眠っていた間の状況を話し出した。
昨日、鬼児を倒して市役所から出た賞金で、澪達は恒例のこの国に対応した服と、そして借りた家で行うこととなったカフェに必要なものを買い揃えてきた。
市役所からのアドバイスもあり、カフェならば、様々な人が訪れ、情報も比較的集めやすいだろう。
小狼と黒鋼が鬼児狩りとして情報を集めるとして、澪とファイ、サクラとモコナはカフェでの情報収集をしていく予定だった。
そうして、数分経って。着替え終わり、現れたサクラの姿を見て、澪は彼女の可愛らしさに思わず抱きしめに行った。
ひょこりと顔を覗かせたファイもにこにこと笑顔を浮かべていた。
「やっぱり、カフェには女給さんだもんねー」
「はい! サクラちゃん可愛い!」
サクラは真っ白なエプロンのウエイトレス姿に着替えていた。みんなへのお披露目のために離れた澪と、照れたように頬を赤らめているサクラ。
「変じゃ…ない……かな?」
上目遣いで不安げに小狼に問うサクラに、彼は頬を染めて首をブンブンと振る。そんな初々しいサクラと小狼の姿を見て、澪とファイは顔を見合わせた後に微笑まし気に表情を緩める。
梯子から降りてきた黒鋼が別の場所にカーテンを運ぼうとしているのを、澪は彼の袖下を小さく掴んだ。怪訝そうな顔をする黒鋼に澪は視線で小狼達を示した。
「女の子が可愛いお洋服着た時の正しい反応はあちらです」
「………。なんでもいいだろ」
再び同じ言葉を繰り返した黒鋼に澪は、黒鋼を見捨て、同情を求めるように今度はファイを見上げる。ファイは苦笑を零しながら澪の頭を撫でた。
その時、突然、モコナの目がめきょっと開かれた、と思えば、モコナの口から美味しそうな焼き菓子が飛び出してきてテーブルの上に現れた。
突然のことに驚きもしつつ、焼き菓子の周りに面々が集まる。
「なになにー?」
「侑子から」
「これ、差し入れですか?」
「あの魔女がただで差し入れなんかするか」
「でも美味しそう」
甘い香りに澪は目を輝かせる。ふと、モコナが思い出したようにぽんと手を打った。
「これ、フォンダンショコラだ! 中にチョコが入っててね、あっためて食べるの!」
「あ、それなら私も食べたことある。
生クリーム添えても美味しいんです」
「へー。ちょうどいいからみんなで食べようよー。お茶も入ったしー」
ファイがお茶を全員に渡し、澪も小皿にフォンダンショコラひとつひとつ取り分けて配っていく。
「どうぞ、黒鋼さん」
「俺ぁいらねぇぞ」
どうやら黒鋼は侑子からの贈り物は怪しくてどうあっても口にしたくないようだ。
澪は黒鋼の分のフォンダンショコラを手に持ち、困ったように首を傾げてファイを見た。
そこでファイがにっこりと笑いながら澪にだけ言葉を囁いた。目をしばたかせた後ににっこりと笑うファイと澪。
「黒鋼さん。えいっ」
向けられたフォンダンショコラと、閉じられる黒鋼の口。澪は誇らしげにフォークを手に持っていた。
澪が一口大に切り分けたフォンダンショコラを食べさせていたのだ。黒鋼、大人げなく大激怒。
「何しやがる!!」
「せっかくですし、食べましょうよ」
「黒鋼食べちゃったー。侑子に言おうーっと!」
「何だと!?」
モコナが跳ね上がり黒鋼は眉間に皺をよせる。
澪達は笑いながらも届いたフォンダンショコラにフォークを刺し入れる。