それぞれがフォンダンショコラを食べ終わり、黒鋼と小狼は鬼児狩りの仕事へ、残った3人はカフェの開店に向けて準備を続けていた。
澪がぱたぱたと椅子とテーブルを並べていると、先程のフォンダンショコラを店で提供できないかと試作をしていたファイが何処からか木の板と絵の具を持って来た。
興味を持った澪がファイに立ち、彼の手元を覗き込む。
「ファイさん、それはなんですか?」
「カフェの看板を作ろうと思ってー。描くものは決まってるんだよー」
「何描くんですか?」
「黒いにゃんこ描こうと思ってー」
「いいですねぇ」
澪はニコと微笑んで手を打つ。迷うことなく筆を走らせるファイの傍らにしゃがみ込み、彼の作業を眺める。家具の配置も疲れてきたのでひと休憩だ。
「にゃ〜ん♪ にゃーん♪ にゃにゃーん♪」
「にゃーーん♪」
いつの間にか猫のように鳴きながら筆を走らせるファイに合わせてモコナと澪も合唱。と、その時。
「てっめー!!」
ドアを破壊しそうな勢いで黒鋼達が帰ってきた。澪が見ると黒鋼は地響きが聞こえそうな程の怒りを飛ばしていた。遠慮がちの小狼が彼の後ろに続いていた。
あまりの勢いに肩を震わせた澪が思わず、ファイの後ろにちょこんと隠れる。彼女の腕の中には抱えられたモコナが大人しく収まっていた。
そんな怒り心頭の黒鋼をたいして気にする様子もなく、ファイは筆を持ったままヘらんと笑ってみせた。
「おかえりー」
「お、おかえりなさい…」
「よくも……妙な名前付けてくれやがったな!」
名前、と聞いて澪は気が付いたように眉を寄せた後に、ファイへと視線を向ける。当のファイはニコニコと笑みを崩さぬまま、看板の下に敷いていた紙にさらさらと何かを描きだした。
「市役所の子が偽名でもいいって言うからさー。
でも、この国の字分かんなくてー。これ描いてー」
ばーんと見せるその紙には黒い大きな犬と、白い小さな犬が描いてあった。とても可愛らしい2匹だ。
「名前は『おっきいワンコ』と『ちっこいわんこ』にして貰いましたー」
「黒鋼さんと小狼くんを、ですね」
「うん。
で、オレはコレでーサクラちゃんはコレー」
更に続けて絵を描くファイ。
そして大きい黒い猫と、小さい白い猫の絵が描きあがり、ファイはそれをサクラの傍らでひらと見せる。
「『おっきいニャンコ』と『ちっこいにゃんこ』でーす。
だから看板もニャンコにしたんだー」
「可愛いですねー」
澪は黒鋼の怒りを理解しながら苦笑を浮かべる。ファイは当然のように澪にも絵を突き出した。
そこには黒い大きな兎。隣にはモコナの姿もある。
「澪ちゃんは『おっきいうさこ』だよー」
「モコナちゃんとお揃いデスネー」
澪は呆れたように、だがどことなく楽しそうに手でうさ耳を作った。ぴょんぴょん。
だが、黒鋼にそんな穏やかな心は皆目無い。無言で刀を抜きファイに迫る。
「………そのワケわかんねぇ事しか考えねぇ頭ん中カチ割って綺麗に洗ってやる!」
「きゃー。おっきいワンコが怒ったー」
「わわっ!? 危ないですよ!!」
刀をぶんぶんと振り回して、黒鋼はファイを追いかけ回す。澪と小狼はただおろおろと、その様子を見ている。さすがに刀を振り回す黒鋼には近寄り難い。
そんな大騒ぎの中、ひょっこりと制服姿の女の子と狼のような犬と黒鋼に匹敵しそうなほどの高身長の男が入ってきた。小狼達と同じ、鬼児狩りの猫衣譲刃と志勇草薙だ。
「わー。可愛いお店ー。ここがお家なんて素敵ですね! 『ちっこいわんこ』さん」
「え、いや、あの……」
わんこ呼びに慣れていないのだろう。小狼はたじたじだ。
「美味そうな匂いだな」
草薙の嬉しい言葉。ファイは看板を握ったまま黒鋼の刀を避けつつ、器用に草薙へと言葉を返す。
「チョコケーキの試作なんですー。
開店は明日からなんだけど、良かったら食べてみて貰えませんかー」
「「喜んで!!」」
譲刃達は満面の笑みで返事をする。草薙がいやーと黒鋼に笑いかけた。
「悪いな『おっきいワンコ』」
「ワンコじゃねぇ!!」
ブチ切れ状態の黒鋼を澪は必死に宥めていた。せっかくお洒落で可愛い新築がボロボロになってしまう前に怒りを鎮めてもらわなくてはいけないのだから。
†††
少したち、黒鋼の怒りも大分おさまったころ、それぞれカウンターに腰を下ろしていた。
ファイは譲刃達にケーキを出し、サクラはお盆を使ってお茶を運んでいる。サクラはまだ慣れていないのかカタカタと震えていた。
澪は少し不安そうにサクラと同じようにお茶を運んでいた。
「おいしー!」
「よかったー♪ うさこのアドバイスで生クリーム添えてみたんだー」
「こりゃ、他の鬼児狩りやってる奴等にも教えないとな」
2人の満足顔に澪達も表情を緩める。
そこでサクラが譲刃にお茶を出した。今のサクラは1つのお茶を運ぶのがやっとのようだ。
「ありがとう!」
微笑んだ譲刃とサクラの間にほわーと優しい空気が流れる。
「桜都国には来たばかりなんですね」
「はい。昨日」
そこでファイが思い出したように言葉を続ける。
「着いた夜、いきなり鬼児とかいうのに家宅侵入されて大変だったよー。
そういえば、市役所の人が鬼児の説明をしてくれた時に言ってたんだけど『段階』ってなにかなぁー?」
ファイの質問に、護刃が丁寧に段階の説明を始めた。
「鬼児の強さはイが1番上で、ロ・ハ・ニ・ホ・ヘ・トと下がっていくんです。
それを、更に5段階に分けていて、例えば、ホの一段階だとホのランクで1番強い鬼児。
ホの五段階だとホのランクで1番弱い鬼児、という事ですね」
「と言う事は、1番強いのは『イの一』」
「そう! 鬼児狩りはみんな、そのイの一段階の鬼児を倒す為、日々頑張ってるんです!」
「って事はー、昨日うちに来たハの五段階ってのは中間よりちょい上くらいー?」
「そりゃ妙だな。
家に侵入できる鬼児はロの段階以上だぜ」
草薙の言葉に黒鋼は無言で聞いていた。
その時。譲刃が連れていた犬がピクンと顔を上げた。その反応を見て、護刃と草薙は素早く立ち上がる。
「鬼児が近くに出たみたい!」
サクラと澪は驚き顔で2人を見る。譲刃が優しく犬の頭を撫でていた。
「この子は鬼児の匂いを感知できるの」
凄いと澪は素直に感嘆の声を上げる。草薙がファイへと笑いかけた。
「ごちそうさん」
「すっごくおいしかったです!」
「幾らだ?」
「今日はサービスでー。
また来て、色々教えて欲しいなー」
「おう、是非寄らせて貰うよ」
そう言って、先に店を出る草薙。護刃は出る前にサクラと澪に振り返り手を降った。
「またね」
「また」
「お気をつけて」
サクラと澪も笑顔を返す。ファイが黒鋼に向かって口を開いた。
「もう常連さん候補出来ちゃったねぇ。
『おっきいワンコ』」
「………」
「ファイさん!」
蒸し返さない方が良かったであろう話題を出すファイに、澪は咎めるように彼の名前を呼ぶ。
無言で再び刀を抜く黒鋼。そして再開した鬼ごっこに、澪達は苦笑を浮かべる。もうこれ以上止める気はない。
「きゃー、きゃー。おっきいワンコがー」と言いながら、ファイは楽しそうに逃げている。彼は絶対遊んでいる。
小狼もそんな追いかけっこを丸々無視してモコナに話しかけた。
「モコナ。羽根の波動は?」
「感じるけどやっぱり凄く弱い。場所までは分からない」
そんな会話をサクラが黙って見つめていた。自分自身の羽根のことで小狼が頑張っていることが気にかかるのだろう。
小狼は微笑みながらしょんぼりとしているモコナの小さな手を握った。
「鬼児狩りは情報を得るのに有利だそうだ。きっと色々聞けると思うよ」
「モコナも頑張って羽根の波動キャッチする!」
笑顔を向ける小狼をサクラが何処か寂しげに見つめていた。澪がふとそれに気づき、サクラの肩をちょんと突いた。
「澪ちゃん?」
「良いもの作ろう。サクラちゃん」
てててとキッチンに向かい、澪が誘導するようにしながら彼女らは何かを作り始めた。