そこで澪がおずおずと手を上げた。
「じゃあ、私も質問。ここは誰の部屋なのでしょうか?」
「ええ質問や!」
空汰は隣にいた嵐を引き寄せた。
「ここは、わいとハニーがやってる下宿屋の空き部屋や」
幸せそうな空汰。澪がぱちぱちと手を叩き、惚気ている空汰を置いて黒鋼が居眠りを始めていた。
「ってそこ、寝るなー!」
「!?」
空汰の叱責と共に、何かを叩くような音が聞こえ、黒鋼がばっと頭を抑えながら立ち上がって周囲を見渡していた。
小狼は眠ったままのサクラの側まで寄り、驚きで固まっている澪はファイが抱き寄せた。
黒鋼がきょろきょろと辺りを見渡し続けながら、空汰へと荒上げた声をかける。
「てめぇ、なんか投げやがったのか!?」
「投げたんなら、あの角度からは当たらないでしょー。真上から衝撃があったみたいだし?」
「あの、えと…大丈夫ですか?」
澪がファイの影に隠れたまま、黒鋼の様子を窺う。一同は何が起こったのかわからないまま、きょろきょろとしている。空汰はぽかんと目と口を開けていた。
「何って。くだん、使たに決まってるやろ」
「クダン?」
一同が口を揃えて?を飛ばす中、知らんのかと、驚いたように空汰は声を上げた。
「そっかー。おまえさんら異世界から来たから、分からんねんなー。この世界のもんにはな、必ず巧断が憑くんや」
空汰は空太似のパペットの口にペンをくわえさせ「漢字はこう書くんや」と、ホワイトボードに『巧断』と書いた。
「あー。なるほど」
「………巧に切断?」
「あはははは。全然、わからない――」
「モコナ読めるー!」
「モコナちゃん。すごーい」
モコナへと拍手を送る澪。えへへと頬を抑えるモコナをぎゅうと抱き上げる中、小狼達はホワイトボードを見つめながらまた湧き上がってきた疑問を口にする。
『巧断』の文字が読めるということは、黒鋼や小狼、澪の世界では『漢字』が使われていたということだ。
そしてファイの世界には漢字は存在しなかった。
だが、ファイとは問題なく聞くこと喋ること、ようは会話での意思疎通が出来ている。
文字が共通ではないのなら、話している言語も共通にはほぼならないだろうに。
湧き出た疑問はひとまず置いておいて、黒鋼が先程の現象の説明を求めた。
「で、巧断ってのはどういう代物なんだ? 憑くっつったよな、さっき」
今度は今まで黙っていた嵐が答える。
「サクラさんと、お呼びしてもよろしいですか?」
「……はい」
嵐似のパペットを持ったまま、嵐はサクラの横に腰を下ろすと、寝ているサクラを見つめる。
「サクラさんの記憶のカケラが何処にあるのか分かりませんが。もし、誰かの手に渡っているとしたら……。争いになるかもしれません」
嵐の静かな言葉に一同は静かに耳を傾ける。
そして小狼は次の嵐の言葉に驚く。
「今、貴方達は戦う力を失っていますね」
「どうして、そうだと?」
「うちのハニーは元・巫女さんやからな。霊力っつうんが備わってる」
今は結婚したため、引退したらしい。空汰は嵐の巫女姿を思いだし「もえもえや〜」と、笑顔を浮かべた。そんな空汰を、嵐は完全に無視し続けていた。
「実は――。次元の魔女さんに魔力の元、渡しちゃいましてー」
「俺の刀を、あのアマー!」
困ったように笑うファイに対し、黒鋼は本気で怒っている。澪は誤魔化すように微笑んでいた。
そして嵐は小狼を見つめる。
「おれがあの人に渡したものは、力じゃありません。魔力や武器は最初からおれにはないから」
「やっぱり貴方は幸運なのかもしれませんね」
「え?」
嵐の言葉に小狼は驚いた顔をする。
「この世界には巧断がいる。もし争いになっても巧断がその手助けになる」
「巧断って戦うためのものなんですか」
不思議そうに聞く小狼に空汰はニッコリと笑った。
「何に使うかどう使うかはそいつ次第や。百聞は一見にしからず。巧断がどんなもんなんかは自分の目で身で確かめたらええ。
さて、この国のだいたいの説明は終わったな」
「あれでかよ」と呟く黒鋼。澪は苦笑しながら黒鋼を見上げる。
「で、どうや。この世界にサクラちゃんの羽根はありそうか?」
神妙に見つめて訊く空汰と小狼に、モコナは瞳を閉じ、羽根の波動を感じ取る。
「…ある。まだずっと遠いけど、この国にある」
「探すか羽根を」
「はい!」
「姉ちゃんや兄ちゃんらも同じ意見か?」
「はい。お手伝いしたいです」
「とりあえずー」
「移動したいって言やするのかよ。その白いのは」
「しない。モコナ、羽根がみつかるまでここにいる」
モコナの言葉に黒鋼は予想通りだったのかムスッとした。小狼は嬉しそうに「ありがとう」と微笑む。
「よっしゃ。んじゃ、この世界におるうちはわいが面倒みたる! 侑子さんには借りがあるさかいな」
嵐の手を握り同意を求める空太。嵐は何も喋らないが頬を赤く染めた。幸せそうな2人を澪は微笑ましい思いで見つめた。
「ここは下宿や部屋はある。次の世界へ行くまで下宿屋(此処)に住んだらええ」
「ありがとうございます」
「もう夜の12時過ぎとる。そろそろ寝んとな。部屋案内するな。おっと、ファイ黒鋼は同室な」
「はーい」
「なんだとー!?」
ファイは素直に返事をしたが、黒鋼は空汰に牙を向ける。空汰は黒鋼を無視し、澪を見た。
「澪ちゃん、悪いけどファイ達と同じでもええか?」
「は、はい」
「女の子なのに、ほんと悪いなぁ」
「?」
首を傾げた澪に空汰は不安を微かに覚える。ファイが澪の頭に手を置いて笑う。
「じゃ、3人で仲良くなー」
「なんでこんな得体がしれねぇ奴等と!!」
「得体は知れてるよー。名乗ったでしょー」
「えっと、喧嘩しないでくださいね」
黒鋼が嫌そうに、ファイが微笑みながら。澪は2人の間でおろおろとしていた。
澪は振り返って、小狼とモコナを見る。
「おやすみなさい。モコナちゃん、小狼くん」
「はい。おやすみなさい」
「おやすみ、澪っ」
澪は先に行ってしまった2人の後を追いかけた。
†††
「澪ちゃん、大丈夫だった?」
「え? は、はい。大丈夫です」
ファイに掛けられた声に澪は首を傾げる。ファイが澪の顔を見る。
「何だか、緊張していたみたいだから、大丈夫かなー? って」
「あ、大丈夫です。ありがとうございます」
微笑みながら、澪はファイに手を振る。そして、並んでいた布団にちょこんと座る。
ぎゅーっと枕を抱き締め、黒鋼とファイを見る。
「………えっと……これからも、いっぱい迷惑かけてしまうと思いますけど、よろしくお願いします」
「わー。澪ちゃん、良い子だねぇ」
「……」
ファイが微笑み、黒鋼が横を向く。
澪は寂しそうに微笑んで「おやすみなさいっ」と布団に倒れ込んだ。
(……ここ……どこなんだろう? 私……大丈夫かな…?)
ぎゅーと布団を抱き締め、不安を抱えつつも澪は眠りについた。