気付けば彼女は闇の中に立っていた。足元すらも暗く、自分自身の姿しか見えないその空間はどこまでも深淵が広がっており、ふとした瞬間にどこかへと落ちていってしまいそうな空間だった。
そこに澪は立ちすくみ、足を踏み出すことも出来ずに呆然と空間を眺めていた。
「……怖いな」
小さく呟きながら、澪は身体を震わせ、両手で自分の身体を抱き締めた。寒さは感じない。寒くはないはずなのに、身体の芯が何故か震えていた。
そこに突然、ジグザクと動き回る光が現れた。暗闇の中に現れた光に、澪は目を奪われる。
「なに…?」
『ぼくは でんきを つかさどる かみさまの こども』
光は声を発し、そして小さな猫の形を象る。澪はモコナを見た後なので、特別驚いたりなどはせずにその光の猫を見つめた。暗闇の中の光は暖かく心地が良い。
「子供なのね。可愛い」
『あなたは すごく ふあんなきもちに なってる』
「……」
『ぼくは あなたを たすけたい』
猫は澪の周りを飛び回る。澪はゆっくりと手を伸ばして優しく光を撫でた。ぴりと静電気のようなものが指先を走るが痛みはない。澪は静かに問いかけた。
「どうして、私を助けてくれるの?」
『わかんない。 でも たすけなきゃ って おもった』
「………そっか」
澪は小さく微笑む。光の猫を抱き締めると、その猫の暖かさを感じた。途端にまどろみの中のような睡魔がひたりひたりと押し寄せてくる。
澪は睡魔に逆らうことなく、小さく欠伸を零す。猫を抱きしめながらも、澪は溢れ出す疑問をまた投げかける。
「君は私の夢? それとも現実の子?」
『あなたは どう おもう?』
猫は澪の顔を覗き込む。小さく目をあけた澪は自嘲するように笑った。
「わかんない」
『ははは そうだね。澪さん よろしくね』
そう言って猫は澪の胸元に吸い込まれていった。どこからか声が響く。
『あなたは やさしいから… ぼくが たすけられる ことは ないかもしれない けど…。
がんばって てつだうから……』
そこで澪の目が覚めた。
†††
澪はゆっくりと身体を起こした。少し離れた先には横になっているファイと黒鋼の姿。
そして反対側を見れば、窓辺から月明かりが差している。そこで寝ぼけていた澪はまだ夜中なのを確認して、ゆっくりと布団に倒れ込んだ。
「………夢…? でも…なんだか現実的だったなぁ」
小さく、小さく、横で眠る2人を起こさぬぐらいの音量で呟く澪。あまりにもリアルな夢だったからか、やけにはっきりと覚えていた。そして、次には長く息を吐く。今では起きていても夢の中にいるかのような状況なのだから。
横に眠っているファイと黒鋼をもう1度見て、澪は2度寝する事にした。明日はきっと早いのだから。
†††
「つうわけで、部屋ん中でじっとしとってもしゃあない。
サクラちゃんの記憶の羽根を早よ探す為にも、この辺探索してみいや」
次の日の朝。澪達は空汰と嵐の2人から服を借り、身支度を整えて下宿の玄関前にいた。元の世界の服では悪目立ちしてしまうからだ。
空汰が腕時計を確かめ、澪達を見渡す。空汰はこれから通常通り出勤するところなのだ。
「おっと! わいはそろそろ出かける時間や。
歩いてみたら、昨日言うとった巧断が何かも分かるはずやで」
小狼はサクラが眠っている部屋の窓を見上げる。嵐がそれに気付いた。
「サクラさんは、私が側にいますから」
「……はい」
「その白いのも連れて行くのかよ」
まだ不安そうな小狼を余所に、黒鋼はモコナを見て怪訝そうに言う。澪はモコナを両手で抱き締め、黒鋼に突き出した。
モコナがぴょんとその腕から飛び出す。
「白いのじゃないー! モコナー!!」
黒鋼が見て分かるほどに嫌がるが、モコナは気にしている様子もなく既に彼の肩へと掴まっていた。
澪はにこにこと微笑みながらモコナと黒鋼を見つめている。微笑ましげな視線が不服だったのか、黒鋼は澪をじとりと見下ろす。
「…あ? 何か文句でもあんのか?」
「えっ? いや、あの、全然です! 大丈夫です!!」
「澪ちゃん苛めちゃ駄目なんだよー?」
横から顔を覗かせたファイが澪を庇うように微笑む。が、黒鋼は不機嫌そうに言い返した。
「苛めてねぇよ」
「澪ちゃん、怖がってるよ?」
「本当に大丈夫です、ファイさん、黒鋼さん! すいませんでしたっ」
ぺこりと頭を下げる澪にファイは微笑み、黒鋼は不機嫌そうな顔を崩さない。
隣では空汰が気にせず、小狼との話を再開させていた。
「モコナがいても大丈夫や。モコナ連れてかな羽根が近くにあっても分からんからな。
つうかこの世界では、ありがちな光景やさかい」
「え?」
静かにしていればモコナは大人しいぬいぐるみにも見えるが、ぴょんと跳ね、元気に話をしているのを見ても目立たないのだろうか。澪はきょとんとしながら、黒鋼の肩に乗ったモコナを見上げる。モコナが小さな手を澪に振っているのを見て、澪も小さく手を振り返しながら、まぁかわいいからいいや、と思い直してふにゃりと微笑む。
空汰はどこからかカエルの財布を取り出すと、小狼に手渡した。
「んじゃ、これ! お昼ご飯代入ってるさかい、皆で仲良う食べや」
「え! ありがとうございます!」
「何でその餓鬼に渡すんだよ」
素直にお礼を言う澪の横で、怪訝そうな顔をする黒鋼が聞問いかけると、空汰は満面の笑みで小狼に向き直った。
「1番しっかりしてそうやから」
「どういう意味だよ!!」
澪は思わずクスクスと笑ってしまう。確かに言ってはいけないが、自分よりも、黒鋼やファイよりも小狼の方がしっかりしていそうだ。
まだあったばかりで、彼を理解しきっているわけではないが、彼が真面目な性格なのはなんとなく感じていたのだから。