「あはは。ごめんねぇ。僕、忘れちゃってたみたい」

僕はよく物事を忘れてしまう。

場所だったり、人の名前だったり、顔だったり。忘れちゃいけない大事なことでさえも。
3歩歩いたら忘れてしまう。まぁ、だって、僕は鳥だからねぇ。覚えることは得意じゃあないんだ。

色んなことを忘れてしまうことが多いから。僕はそれでよく困ったことにもなる。
勉強のことももちろんもそうだけれども、時には人を怒らせてしまうことだってある。

でも、人を怒らせる以上に得られるものの方が多い。僕の場合はね。

僕は鳥だから。なんでもかんでも、忘れてしまうようにしている。
厄介事も、面倒な事も、不都合な事も。全部全部忘れて、無かったことにしている。


†††


リベラは跳ねるようにして廊下を進む。軽やかな足取りはリベラの周りだけ重力が弱まっているかのようだった。
最近よく一緒に行動をしている筈のアズールや双子達の姿はなく、ひとりで、それでも何故か鼻歌交じりのご機嫌な様子で、廊下を進んでいた。

「フィンチ?」

そして不意に自身を呼ぶ声に、ぴたりと足を止めたリベラは、声の聞こえた方へと身体ごと振り返った。
学園内の長い廊下の途中。リベラが振り返って見えたのは、高身長のリーチ兄弟よりもまだ高いディアソムニア寮生だった。

ぴたりと足を止めたリベラはじっと相手の顔を見つめてから、浅い笑みを浮かべた。

「…やぁ、マレウスくん。奇遇だねぇ」

廊下の先ではマレウス・ドラコニアがリベラを引き留めていた。

にこにこといつものように緩く笑みを口元に浮かべているリベラだったが、その目線はマレウスを静かに見つめ、なんとなくマレウスから距離を置きたそうにはしている。
だが、そんなリベラに気が付いているのかいないのか、マレウスの方からリベラの隣へと並び、高身長が故にリベラを見下ろすようにしてから興味深そうに語り掛ける。

「ひとりか? 誰かを止まり木にするお前にしては珍しい」
「キミだって。リリアくんもシルバーくんもいないだなんて、次期当主サマが珍しい」

マレウスの言葉が神経に触ったのか、ツンと突き放すように答えたリベラ。
マレウスはそんなリベラを面白そうに見つめ、そしてリベラもまた、自分の発言を振り返って顔を顰めて口元を軽く押えた。

「キミはもっと言葉を選んだ方がいいと僕は思うんだ。
 その方がオトモダチもいっぱい増えると思うし、愛想良くしておいて損は無いよ」
「………お前の方が一言二言多いのでは?」
「今のはワザと。鳥は囀るものさ」

そう言ってリベラは鳥のように短く鳴いてそっぽを向く。
話を聞いているのかいないのか、マレウスはひとり納得したように話を続ける。

「そうか、お前はシルバーと同い年だったか」
「まぁねぇ」

どことなく居心地が悪そうにしているリベラは視線を逸らしてから、短い息をついて、諦めたように大人しく立ち止まってマレウスをちらりと見上げた。

「と、いうよりも、今まで僕はキミのことを見つけられないでいたよ。キミはとってもとっても目立つのに。
 入学式でもマレウスくんの事は見かけなかったしなぁ」

何の気なしにそう言ったリベラだったが、リベラの言葉にマレウスは不服そうな表情を浮かべて小さく不貞腐れたような声を上げた。

「………僕は入学式には参加しなかった」

ぽつりと零された言葉にリベラはきょとんとしてから、次には苦々しい笑みを浮かべた。
マレウスはどうにもパーティーや何かの式典では、本人の意思とは関係なしに不参加になってしまうことが多いのだ。

「ん? …あぁ、ごめんよ、忘れてた。そういえばそうだった。
 キミも相変わらずだねぇ」

苦々しく笑ったリベラは今回は本当に忘れていたみたいで素直に謝罪を零す。マレウスは不満げな顔をしているがそこまで怒ってはいないようだった。
話を変えるように、マレウスはリベラの方へと視線を向ける。

「お前のことならば入学したら真っ先にディアソムニア寮を訪れるだろうと思っていたが」
「……うん。まぁ。きっと僕の兄サマだったらそうしていたと思うよ」

静かにそう答えたリベラは再び苦々しい顔を浮かべていた。きょとんとした顔をするのは今度はマレウスの番だった。

数瞬考え込んだ後、何かに気が付いたのか次には肩を震わせて笑い出す。そんな彼の前でバツが悪そうな顔をするリベラ。
廊下を行き交っていた他の生徒達が突如として笑い出したマレウスに視線を向け、そしてその相手がマレウス・ドラコニアだと気が付いてすぐさま視線を逸らしていた。

「ははははは! そういうことか」
「おや、マレウス。楽し気じゃのう。…なんと、お主、リベラか?」

マレウスの笑い声が聞こえたのか、どこからともなくマレウスと同じくディアソムニア寮であるリリアが姿を現す。
肩を竦めたマレウスがリリアの方へとちらりと顔を向けて、口を開いた。

「リリア。フィンチは、」
「やぁ、コンニチハ、リリアくん! 久しぶりだね!」

だが、マレウスの言葉を遮るようにして声を上げたリベラは、こちらに気がついて近付いてきたリリアの前に行き、彼の手を取ってにっこりと笑顔を浮かべた。
リリアもにこりと笑みを返して、リベラの手を握り返す。

「久しぶりじゃのう。元気しておったか」
「もちろん、僕はいつだってとってもとっても元気さ」

すらすらと口早にそういったリベラはちらりと視界を他に向ける。そして視界の先で、マレウス達と話す自分を見ているであろうアズールのことを見つけて、リベラはあっさりとリリアの手を離して、アズールの方へと視線と靴先を向けた。

「じゃあね。僕はアズールくんを見つけたからもう行くよ」

軽く手を振ってそそくさと離れていこうとするリベラの背中に、ようやく笑いを抑えたマレウスは声を掛ける。

「フィンチ。何かあればいつでもディアソムニアを訪れればいい。お前であれば歓迎しよう」

マレウスに掛けられた言葉にリベラは振り返って、隠すことなく思い切り顔を顰めて嫌そうな顔を浮かべていた。

「なんにもないよ。これから先もずっと、僕にはなんにもない」

そう言い切ったあとはリベラは振り返ることなく、足早に少し遠くにいたアズールの元へと向かう。
マレウスもそれ以上はリベラを引き留めたりはせずに、リリアと共に反対方向へと歩いていく。

マレウスは何事かをリリアに耳打ちし、そして言葉を聞いたであろうリリアが一瞬リベラへと振り返ったが、リリアも軽く微笑を浮かべただけで、リベラを引き留めようとはしなかった。

2人から離れたあとも、むすと口を一文字に結んでいたリベラだったが、アズールの隣に並ぶと、自分自身の頬を手で包み込んで揉むようにしてから、次にはいつもの緩い笑みを浮かべていた。
いつものように隣に並んできたリベラに対して、アズールは抑えきれない好奇心の色を見せていた。

「あなた、あのマレウス・ドラコニアとも知り合いなんですか?
 茨の谷の次期王だと名高いマレウス・ドラコニアと?」

驚きの表情を浮かべているアズールに、リベラはなんてことは無いとでもいうように肩を竦めてみせた。

「僕の家族は転勤が多くてね。茨の谷の近くに住んでた時もあったから。その時にちょこっと」

リベラはそれだけを言うと、深くは話したくはないのか、早々に話を切り上げる。そんなリベラの様子を見ながら、アズールは口元に笑みを浮かべた。

「珍しいですね。彼らが苦手なようで」
「まさか! 僕達はとってもとっても仲良しさ」

にっこりと笑顔を浮かべるリベラだったが、目元は決して笑ってはいなく、アズールは「はいはい」と気のない返事をして、にっこりと笑顔を返した。
むぅと口を尖らせた後に、諦めたようにはぁと短く溜息をついたリベラはアズールの隣を歩きながら、お腹が空いたというように腹辺りをさすった。

「あーあ。僕はなんだか甘いものが食べたいよ。今日の夕食にパンケーキかなにかがあればいいなぁ」
「あなたはまたそんな高カロリーのものを…」

跳ねるようにアズールについて行くリベラは、後ろに手を組んだまま隣のアズールを軽く見上げる。

「僕のご飯を半分こしてくれてもいいんだよ。僕はいっぱいは食べられないから」
「はぁ。嫌味ですか」
「えっ、違うよ! 怒った…? 謝るよ。
 僕はアズールくんと喧嘩したくないもの」

しょんぼりと見るからに落ち込んだ様子を見せるリベラに、アズールは一瞬顔を顰めて、俯いたリベラの鼻を摘まむ。

「そんな情けない顔をするのはやめていただけますか」
「ぴ」

きゅっと顔を顰めて開放されたあとの鼻を抑えるリベラ。少し空いたアズールとの距離を縮めるように小走りで彼に走り寄っていった。


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