にこーと無邪気に笑ったリベラはようやくそこで部屋の装丁を眺めた。
部屋に入って左側には階段付きの二段ベッドがあり、ベッドには目隠し用のカーテンがそれぞれの階につけられている。
入って右側には机が2つ。部屋の真正面の壁一面は大きな水槽のようになっており、寮の外の広い海を見ることが出来た。右奥の部屋には簡単なシャワールーム等も備え付けられているようだ。
学園内の寮にしては広い作りに、リベラは興味津々だ。
家から持ってきた数少ない荷物を引きずっていたリベラは、荷物を足元に放って、入室した時から見つけていた獲物に狙いを定めて走り出した。
「じゃあ、僕は上のベッド!」
跳ねるようにベッドの上の段に軽々と飛び乗ってから、木製の低い柵に手をかけて、リベラは下のアズールへと顔を覗かせる。
身軽なリベラの動きに、アズールは驚きの顔を浮かべ、視線を上げてリベラと目を合わせる。リベラはベッドの柵に頬を乗せながら、眉根を下げて、小首を傾げていた。
「駄目だった?」
小動物のような顔をして問いかけるリベラ。アズールは軽く左右に首を振って肩をすくめた。
「いえ…、僕はどちらでも良かったので」
「やった。じゃあ、僕が上で決まりだ。
その代わり、机はキミが先に選んでいいよ」
またひょいと上から飛び降りたリベラは持ってきていた荷物を広げながらいそいそと必要なものをまた上へと持っていく。
忙しない人物と同室になってしまった、と顔を顰めるアズールだったが、彼の知り合いにも似たように動き回る男がいたことを思い出し、慣れていないわけではないか、と思い直す。
アズールも持ってきた荷物を広げ、ふたつ並んだ机をちらりと見てから向かって右側の机に教科書や参考書等を置く。決して狭くはない机だが、気が付けば本を置くスペースは既にほとんどが埋まってしまっていた。
にこにこと人が良さそうな笑みを浮かべたリベラも、再びベッドの上から音もなく飛び降りてから、向かって左側の机に向かう。
リベラは数冊の教科書を置いた後は、ガラスで出来た小鳥のオブジェを空いたスペースに置いていた。
アズールは隣の机を見て、浮かべそうになる怪訝な表情を隠して、リベラへと問いかける。
「あなた、本はそれで全てですか?」
「今のところはそうなるね。キミは本がいっぱいだ」
「学生なのですから、これぐらいにはなるでしょう」
学生だとしてもアズールは比較的本が多い方ではあるのだが、リベラは極端に少なすぎていた。
本の量の差を見比べたリベラはふむ。と考えるようにしてから、小鳥のオブジェを少し端に寄せた。そしてまたにこと笑う。
「もしもアズールくんの本がとってもとっても増えた時には僕の場所も使っていいよ。きっとキミの本はこれからも増えるのだろうから」
「……勉学を教えて欲しいと言われてもタダではお教えしませんからね」
「あははは」
軽い声で笑うリベラをアズールはじとと見つめたあと、次に若干の胡散臭さを漂わせながらもリベラへとにっこりと笑みを向けた。
「これから円滑な共生をするために僕と契約を結びませんか?」
「契約?」
小首を傾げるリベラに向かってアズールは笑みを崩さない。
「なに、簡単な約束事ですよ」
「それはとってもとっても良い案だ。そして僕は例えば何を約束すればいいだろう?」
アズールは自分のものとなったベッドの淵に腰を掛けてからリベラの方へと視線を向けて、人差し指を伸ばした。
リベラも短く頷きながら反対側にある自分の椅子へと背もたれを前にして座る。背もたれに腕を乗せて、リベラはアズールの言葉を待っていた。
「例えば、お互いの荷物には干渉しない。とか」
「なるほど、それは大切なことだ。わかった。僕は君の荷物に触らない」
2本目の指が立てられる。
「例えば、生活している区画には干渉しない。とか」
「うんうん。お互いのベッドとかかな。縄張りは大切にしないとね」
3本目の指が立てられる。
「例えば、僕が部屋で行っていた事象については他言無用。とか」
「ん? …まぁ、それも大切かな。僕は君のプライベートを守ろう」
ひとつずつ増えていく指先に、リベラは頷きながら全てを肯定していく。
あっさりと許諾していくリベラに、アズールは頷かせる気ではいたものの、若干の疑惑を抱く。
「……あなたからは何もありませんか?」
アズールの問いかけにリベラは背もたれに頬を乗せて、少しは考えてみせるそぶりをした。が、次には諦めて手をひらひらと振る。
「すぐには思いつかないなぁ。キミはお部屋を汚すタイプに見えないしね」
冗談のようにそう笑うリベラ。じっと怪しげにリベラを見たアズールだったが、次には再びにこりと笑みを浮かべていた。
「口約束では後々何があるかわかりません。正式な契約を交わしましょう」
「そうだね。僕は忘れっぽいんだ。その方が助かるよ。メモか何かに書いておくってこと?」
きょろきょろと視線を彷徨わせてから机の上にあるノートへと手を伸ばしたリベラだったが、目の前のアズールは微笑みを讃えたまま、学園から支給されたばかりのマジカルペンを軽く振るった。
「『黄金の契約書(イッツ・ア・ディール)』」
アズールがそう唱えた瞬間、2人の間に黄金に輝く契約書が浮かび上がり、署名を待つかのように空中で静止していた。
きらきらとした輝きを放つ黄金の契約書にリベラの視線は奪われてしまう。
「これは…、キミのユニーク魔法?」
まだ1年生でユニーク魔法を完成させている者などほんのひと握りであろうに、アズールはなんということも無くユニーク魔法を発動させていた。
漂っていた契約書を手に取ったアズールは、ぱちぱちと何度も瞬きをするリベラへと契約書を差し出す。リベラは戸惑いながらもゆっくりと契約書を受け取った。
「えぇ。こちらに目を通して頂いて、問題がなければ署名を」
手渡された羽根ペンも受け取り、リベラはじっと黄金の契約書を見つめる。輝きは時折リベラの瞳に反射してキラキラと輝いていた。
契約書を見つめ続けるリベラに対して、足を組んだままのアズールは怪訝そうな顔を浮かべた。
「…なにか問題でも?」
「ううん。ないよ」
すぐにそう答えるリベラは、ただ単純に契約書を見つめていた。
黄金の輝き。その上にはしる繊細な文字。周りに施された豪華でありながらも、派手さによる不快感を感じさせない飾り枠。
怪訝そうにリベラを見つめる視線に、リベラはやっと気が付いて、苦笑を零しながら、改めて羽根ペンを握り直す。
「とってもとっても綺麗な魔法だな、と思ってしまって。見惚れてしまったんだ。きらきらで、お月サマみたいな金色だなって。
ここに名前を書けばいいのかな?」
「え、えぇ。そちらへ」
さらさらと躊躇いもせずに名前を書き込むリベラ。アズールへと契約書を渡そうとして、その手が惜しむように1度止まり、躊躇うような顔をうかべる。
「僕が持っていては駄目?」
「こちらは僕が管理をします」
「だよねぇ。でも、僕もその方が安全だってわかってるよ。汚れてしまったり破れてしまったりしたら大変だもの」
短く笑ったリベラは思い出したかのように席を立って、自分の鞄の中から缶珈琲を2缶取り出す。ひとつをアズールへと手渡そうとしたところで、アズールはそれを首を左右に振って断った。
リベラはたいして気にすることもなく、自分の分だけを手にして再び席へと戻って珈琲を飲む。ふと思い出したかのように口を開いた。
「冷蔵庫とかもあるのかなぁ」
「左の部屋に備え付けがありましたよ」
「ふふ。助かるよ、アズールくん」
再びにこりと笑うリベラ。アズールは疑わし気にリベラを一瞬だけ見た後、ふたりの間で結んだ契約書をトランクの中へとしまい込んだ。
リベラは缶珈琲を飲みながらも契約書が見えなくなるまで見送って、そのあと、あっけらかんとした様子でアズールへと楽し気に話しかけていた。
(分岐点)