僕は静かに目を覚ます。つい癖のように暗闇の中で視線を時計へと向けはしたけれども、この真っ暗闇の中では僕の目は時間を上手く確認することは出来なかった。
ゆっくりと、静かに。二段ベッドの下の階で眠っているであろうルームメイトを決して起こさないように、身体を起こして、暗闇の中でどこを見るわけでもなく虚空を眺める。
ふと。ベッドにかけられたカーテンを少しだけ開く。部屋の中には水槽から零れる淡い光が月明かりの代わりのように部屋に差し込んでいた。
でもそれはやっぱり月の明かりではなくて。水槽の方を見ても、星は見えなくて。ここが海の中だということを思い出してしまう。
瞬きをした僕はカーテンを閉めなおしてから、膝を抱えて、ベッドの上で身を縮めながら拗ねたように顔を伏せた。
海の中で眠るなんて、生まれて初めてだ。
†††
アズールは静かに目を覚ました。一瞬ぼんやりとした彼だったが、二段ベッドの天井が見えて、ここが海中ではなく陸の上だということを思い出した。
ゆっくりと身を起こして枕元に置いた眼鏡に手を伸ばす。減ってしまった彼の手足だが、陸の生活にも徐々に慣れていかなくては。
静かに行動をするアズールはルームメイトを起こさないように、出来る限りの音は立てぬようにしていた筈だった。
「おはよう、アズールくん」
上の段から聞こえてきた声に、カーテンの隙間から上を覗けば、ベッドの淵からひらひらと白い手が覗く。着替えようとボタンに手をかけていたアズールは、ぱちりと瞬きをしてから開きかけたカーテンを閉じて、ベッドの上で着替え始める。
Yシャツに着替え、スラックスを穿き、ネクタイを締めて。ジャケットは後でもいいか、とカーテンを開ければ、リベラはベッドから降り、すでにしっかりと朝の支度を終わらせて、椅子に腰掛けていた。出てきたアズールに気が付いたリベラは振り返り、にこりと笑みを浮かべた。
着替えられた制服。整えられた髪型。机の上に置かれた飲みかけの缶珈琲。
その様子を見るに、リベラはアズールが起きるよりもずっと前に起きて支度をすませていたように思えた。
決してアズールが寝坊をしたわけではない。彼は腕時計を手に取り、時刻を確認しながら腕へとはめる。
「…早いですね」
「まぁね」
再びひらひらと手を振ったリベラは飲みかけの缶珈琲を片手に、何かを待つようにしてアズールの姿を見ていた。アズールはちらりとリベラへと視線を返す。
「何かありましたか?」
問いかけられたリベラはぱちくりと瞬きをして、驚きの表情を浮かべていた。缶珈琲を机の上に置いて、リベラは不満げに口を尖らせる。
「待っていたんだよ! いや、決して急かしているわけではないけれども、この時間に起きたのならキミも朝食は食べるだろう?」
「先に行っていればいいじゃないですか」
「友達を待つくらいの心はあるよ。僕にも」
今度はアズールの方が面食らってしまう番だった。リベラとは昨日出会ったばかりだ。アズールからしてしまえばそんなに好印象を抱いたわけでもない。
第一アズールは友人が多い方ではないのだ。昨日今日出会ったばかりで友人として扱われるのは歯がゆい気持ちでいっぱいだった。
アズールはそんな複雑な気持ちのまま、言葉を口にした。
「もう友人ですか」
「えっ、なに。まだ判定入ってなかったの!? 嘘! 酷い!」
ぴーぴーとアズールに不満げな言葉を重ねるリベラにアズールはにこりと笑みを浮かべた。
「冗談ですよ」
「いーや、その顔は冗談じゃなかったね。酷いなぁ」
口を尖らせたまま拗ねたように言葉を続けるリベラだったが、不満を口に出しつつ、たいして気にしてはいないのか案外あっさりと開き直る。
残っていた珈琲を飲み干してゴミを捨てたリベラは、ひょいと立ち上がる。
朝の支度を済ませて部屋を出たアズールに続いて、リベラも跳ねるようにして部屋を出た。
2人で大食堂へと足を進めると、食堂には既に多くの生徒が各々に朝食を取っていた。
リベラ達も詳しいシステムを理解しているわけではないが、他の生徒達に倣って並んでいる場所へと続く。
どうやら何種類かのメニューが置かれており、ゴースト達が給仕してくれているようだった。ゴースト達からトレーを受け取った生徒から空いている席に座っている。
「おはよー、アズール」
「おはようございます」
列に並び始めたアズールの姿を見て声をかけて来たのは、大食堂の中でも一際目立っていた存在だった。
マリンブルーの髪の色。腕にはリベラ達と同じ藤色のリボンタイ。
他の生徒達に比べても高身長な2人は、右も左も瓜二つな顔を持っていた。180pはありそうな、もしくは越えていそうな身長をした彼らはその高身長を生かしてアズールを見つけて、近付いてくる。
アズールも彼らの方へと視線を向けて、声を返す。
「おはようございます。フロイド、ジェイド」
一緒に列に並びだした彼らに、リベラはアズールの陰からひょこりと顔を覗かせながら、フロイドとジェイドの顔を見つめた。
瓜二つの顔を交互に見上げて、少し驚いた顔をしたリベラだったが、次にはにこにこと人好きのそれがする笑顔を浮かべた。
「アズールくんのお友達?」
「……僕らは同じ珊瑚の海の出身なんです」
「仲良しなんだねぇ」
微笑みを浮かべたリベラは次にフロイドとジェイドへと向き直って手を差し出した。
フロイドとジェイドはアズールの陰から出てきたリベラの姿をじっと見下ろしていた。
「僕はリベラ。リベラ・フィンチ。僕もアズールくんとお友達になったんだ。よろしく」
「へぇ」
「ふーん」
短く言葉を零してじっと見つめ続ける双子達。握り返してもらえなかった手と、降り注がれる視線に、リベラは徐々に手をさまよわせてしまう。
しょんぼりと肩を落として思わず視線を逸らしてしまうリベラに、ジェイドがにこりと笑顔を浮かべて、下がりかけていたリベラの手を取った。
「あぁ、すみません。アズールに『お友達』だなんて驚いてしまって」
「起きたら友人にされていただけです」
握手をされてから途端ご機嫌そうに表情を輝かすリベラと、苦い表情を崩さないアズール。リベラはアズールに向かって口を尖らせる。
「不満そうだねぇ。僕はとってもとっても悲しくなってしまうよ」
「アハッ、ほらアズール、酷いこと言ったら稚魚ちゃん可哀想じゃんー」
えーんと泣いた真似をするリベラにアズールは視線も向けない。短く笑ったフロイドが楽しそうにリベラの頭に手を置いて慰めていた。
わちゃわちゃと自己紹介をしているうちに、4人は給仕しているゴーストの前まで来ていた。
アズールが初めてだとは感じさせない滑らかさで注文をし、リベラも戸惑いながらもアズールに倣って注文をする。
トレーに乗った朝食を零さないように慎重に歩くリベラは、迷うことなく先に席へと付いたアズールの隣へと座った。
躊躇いもなくアズールの隣に座ったリベラへと、アズールはちらりと視線を向ける。が、リベラはその視線には気が付いていないようだった。
少しするとアズールの対面にはフロイドが座り、リベラの対面にはジェイドが座った。
リベラのトレーの上には一食分にしては随分と少ない量が盛られていた。そしてそれに対して対面の席に座ったジェイドには一食分にしてはずいぶんと多い量が盛られていた。
リベラとジェイドでお互いのトレーの上を見て、次にお互いの顔を見合わせる。
「それだけでいいんですか?」
「キミは反対に凄い食べるね!」
両極端な食事量のリベラとジェイドに、フロイドはフォークを揺らしながら楽しそうな笑みを讃える。
「あは。ジェイドは燃費悪いからねぇ」
「お恥ずかしながら」
彼らにとってはいつものことなのだろう。短く笑うフロイドと、言葉とは裏腹に全く恥ずかしそうにしていないジェイド。
リベラはへぇと関心の声を零しながら、サラダへとフォークを突き刺す。
「僕もあまり燃費がいいわけではないんだけれど、一度に多くは食べられなくてね。キミ達が羨ましいなぁ」
こてりと小首を傾げながら微笑みを浮かべたリベラはゆっくりと食事を続ける。
バランスよく朝食を摂っていたアズールが思い出したかのようにジェイドとフロイドへと問いかけた。
「そういえばお前達はどのクラスになったんですか? 僕とは別のクラスのようですが」
「僕はE組になりました」
「オレはD組。ジェイドと別のクラスなの。意味わかんなくね?」
途端に嫌そうな顔をするフロイドにリベラは口元を隠しながら短く笑う。
「あはは。キミ達は本当にそっくりだから、先生方にはその方が都合が良かったのかもね」
同じ顔のふたりを間違えないように、混在しないように。他にも理由があるのかもしれないが、双子は往々にして別のクラスへとなることが多い。
だが、当の本人にはそんなことは関係ないようで、フロイドは決して納得したような顔をしなかった。
「意味わかんね…」
「あはは。そうだよねぇ」
浅い微笑みを浮かべるリベラは目を細めながら、皿の上に乗ったプチトマトをフォークで転がしていた。
そしてふと隣のアズールへと問いかける。
「そうだ。僕達の一限目は何だったか覚えてるかい?」
「確か、防衛魔法の授業からだったかと」
「初めての授業だ。楽しみだなぁ」
にこにこと笑みを浮かべるリベラの手元は、量が少なかったということもあり、既に食べきり、珈琲だけが置かれていた。
アズールはそのリベラの手元をちらりと見てから、言葉を零す。
「先に行ってもいいんですよ」
「僕は食後の珈琲をゆっくり飲むタイプなんだ」
短く笑うリベラはゆっくりと珈琲を飲みながらアズール達が食べ終わるのを待つ。
にやにやと笑みを浮かべるフロイドと、同種の顔をするジェイドに向かってアズールは厳しい視線を飛ばした。