リベラ・フィンチ。
小柄な体型。中性的な顔立ち。見るからに人好きだろうなと言う呑気な人相。
栄えあるオクタヴィネル寮に選ばれたにも関わらず、寮分けの際に何やら不満げにしていた口煩い鳥の獣人。
寮内に入ったあとは不満など吹き飛び、海の中を大層気に入ったようだったが、なるべくならこれから先も関わりあいたくないと思っていた人物。
それなのに、まさかルームメイトになってしまうとは思わなかった。
相変わらず僕は運のいい方ではないらしい。
今時エレメンタリースクールでも滅多にないような握手での挨拶を交わしたリベラさんは、出会ったばかりであるにも関わらず既に僕と友達になった気でいるらしい。
友達? そんなのただの子供の幻想に過ぎない。御伽噺もいい所だ。
都合の良い時に利用し、都合が悪くなれば簡単に手放される存在じゃあないか。
弱い者同士が小魚のように集まり、他者を妬み、陥れようと躍起になる集団。心底、くだらない。
リベラさんだって、『僕のこと』をどこかで聞きつけているのかもしれないし、これから何を要求されるかわかったもんじゃない。
にこにこと笑顔を浮かべているリベラさんは呑気で、馬鹿らしくて。利用価値すらまだ見いだせない。
少なくとも僕が騙されることだけは無いようにしないと。
†††
「あー、アズールだぁ」
授業と授業の合間、教室を移動する生徒達が疎らに歩く中、アズールがひとりで廊下を進んでいると、彼のよく知った声が後ろからかけられた。声に気が付いたアズールが振り返ると、そこには相変わらず長身故に視線を集めるフロイドとジェイドが並んで歩いてくるのが見え、アズールは幼馴染の姿に足を止めた。
アズールは同じ顔を持ちながらも対照的な雰囲気を持つ2人を眺める。自然と左右に立つ2人にはアズールはもう慣れきっていた。
そこでジェイドはふと気が付く。最近アズールの傍でよく見かけていたリベラの姿が見えないのだ。
「おひとりですか?」
「あの稚魚ちゃんはもうお友達をやめたの?」
からかうような、楽しそうな表情を浮かべている2人に、アズールは深い溜息をついて肩をすくめる。
「それだったらどれほど良かったか。忘れ物をしたと言って部屋に戻ったんですよ」
入学してからリベラはアズールと共に行動することが多かった。
同じクラスで、尚且つ同室なのだから、行動を共にするのは自然とも言えるのだが、気付けば一緒に居ようとするリベラに、アズールはどうにも歯がゆい思いを抱いていた。
にこにこと笑顔を浮かべて。無害そうな顔をして。
それこそ雛鳥のように付いてくるリベラには何か騙されそうな気がして、アズールは警戒を続けてしまっていた。
アズールの警戒を察知しているのか、にやにやと楽しげな笑みを浮かべるジェイドが皮肉たっぷりに声をかける。
「待って差し上げればよかったのに」
「僕が? 何故」
「だってぇ『オトモダチ』、なんでしょう?」
ニィと楽し気に笑うフロイドに合わせて隣のジェイドもそっくりな笑みを浮かべる。アズールは涼しい顔をしながらも、短い溜息を零していた。
友情ごっこは性に合わない。それもあんなに呑気な鳥とでは余計に。
「まさか。ご冗談を。ビジネスパートナーにしてもあまりにもお粗末だ。
契約を破ってくれた方がまだ利用価値があると言うのに…、それすらもまだだ」
同室で不自由なく暮らして行くためにリベラと結んだ契約は3つ。
どれも守っていくことは大して難しくはない契約ばかりだ。
だが、特別に嫌がれば、逆に興味も湧くだろうに、リベラはきちんと契約を守っているようだった。
契約を破ってくれでもすれば弱味を握るチャンスにもなるというのに。と、アズールは愚直に信頼を寄せてくるリベラに気を重くする。
「まぁ、いい。きちんと契約が守られている限りは僕も大人しく共生していく他ないでしょうから。
…誰かと共生していくのは単純に疲れる」
小さく愚痴を零したアズールに、フロイドがはっと気が付いたようにアズールの肩へと腕を回した。
「じゃあアズールもオレ達と同じ部屋に来るー?」
「それも嫌です」
あっさりと拒否され、回した腕も解かれてしまう。フロイドは頬を膨らましながら、口を尖らせた。
「えー、いーじゃん」
「おやおや、寂しくて泣いてしまいそうです」
便乗して泣いた真似をするジェイドにアズールはやれやれと肩を竦めて、そしてふと気が付いたことを口にした。
「…ということは、お前達は同じ部屋にはなれたのですね」
ジェイドもフロイドもそれぞれ別のクラスへと分けられ、部屋も別室を当てられていた筈だったが、どちらもそれはお気に召さなかったようで、お互い同室のルームメイトに『お願い』をして部屋替えをしてもらう予定だった。
ジェイドがフロイドと顔を見合わせてにやと笑みを浮かべる。
「えぇ。無事フロイドと同室になることが出来ました。心優しい方で助かりました」
どこか含みのある笑みを浮かべるジェイドにアズールは同質の笑みを返す。
「くれぐれも派手な騒ぎは起こさないように」
「はぁい」
「かしこまりました」
双子に対して軽く釘を打つアズールに、ジェイドとフロイドは笑みを浮かべて返事をした。
その時、ふとフロイドが視線を上げる。
「あれ。稚魚ちゃんじゃね」
フロイドの視線の先にアズールも視線を向けると、確かにそこにリベラはいた。
教室の扉横。壁に背中を預けてスマホを眺めているリベラの姿。アズールがその姿を見つけて顔を顰めるのと同時に、リベラもアズール達の姿を見つけて、リベラの方は頬を緩めてスマホをポケットにしまっていた。
アズールのことを待っていた様子のリベラは、彼の姿を見ると背中を預けていた壁から離れて、跳ねるようにしてアズール達へと近付いていった。
「やぁ」
「……あなた、部屋に戻ったのでは?」
アズールの問いかけに、肩を竦めたリベラは肩から下げた鞄を軽く撫でて、溜息を零して見せた。
「忘れ物をしたと思っていたんだ。結局は僕の鞄の中に入っていたんだけれどね」
照れたように笑うリベラは、次にフロイドとジェイドを見上げて軽く小首を傾げる。ふたりはリベラを見下ろしたままだった。
「キミ達はお隣の教室?」
「そのようです」
「じゃあ、また後で。夜ご飯は一緒に食べようね〜」
ジェイドとフロイドにひらひらと手を振ったリベラは、口元に緩く笑みを浮かべたまま先に教室に入っていくアズールの後へと続き、隣の席へと座る。
にこりと呑気に笑うリベラ。アズールはまた隠さずに溜息を付いた。