僕の兄サマは友達は要らないと言った。友達も、両親も要らない、僕だけが要ればいいと、笑いながらそう言った。
友達はいずれ離れていくし、両親だっていつか僕達を手放すだろう。僕達は巣立ってしまえばどうせひとりで生きていくのだから。
そう言って、兄サマは僕と手を繋いだ。僕も兄サマの手を強く握り返した。
兄サマは強いのだと思う。ひとりでも生きていけるだけの強さがあるし、それ以上に僕を守ってくれるだけの余力もある。
でも、僕は、あんまり強くもない僕は、ひとりでいるのは寂しいから。
兄サマが側にいてくれるのはとってもとっても嬉しいけれども。友達も沢山欲しい、とそう思ってしまう。
†††
階段の手摺に片手をつく。そのままひょいと軽々手摺を飛び越えて、落下に身を任せれば、リベラの手の中に包まれているハリネズミがきゅうと悲鳴を上げた。
地面に激突する直前にリベラの身体の周りに風の魔法が一瞬だけ漂い、突如として振ってきたリベラに驚くハーツラビュル寮生の目の前に、羽根のような着地をしたリベラが現れた。
「ねぇ!」
なんてこともないように落下してきたリベラはそのハーツラビュル寮生に向かってにっこりと笑顔を浮かべて、手に大事そうに抱えているハリネズミを両手に乗せて差し出した。
またきゅうと鳴いたハリネズミと視線を合わせるハーツラビュル寮生はぱちくりと瞬きをしていた。リベラがこてりと小首を傾げる。
「この子はキミの子かい?」
「い、いや、僕のものじゃない」
驚きで、鳴り響いている心臓を抑えながら咄嗟に返答をした彼を他所に、リベラは困ったように少し眉根を下げて、ハリネズミを軽く抱えて視線を合わせるようにして、ハリネズミへと問いかけた。
「そっか。う〜ん、ねぇ、キミ、どこのうちの子だい?」
「きゅう…」
「ううんと、僕はネズミ系統への動物言語学は苦手なんだ…。
ま、もう少し僕とお散歩しようか」
先程までの困り顔をすぐに笑みへと変えたリベラはハリネズミを肩に乗せる。
そして何事もなかったかのようにまた歩き出そうとするリベラに対して、目の前のハーツラビュル寮生が戸惑うようにリベラへと声をかけた。
「君は…、入学式の時、僕の隣にいた子、だよね」
かけられた言葉にリベラは足を止め、ぱちぱちと瞬きを繰り返して目の前の赤毛のハーツラビュル寮生の顔を見つめていた。
すっと顔を近付けて、じっと彼の顔を見つめたあとに、リベラは曖昧な笑みを浮かべてしまう。
「ん? えっと…そうか、そうだったっけ…。
ごめんねぇ。僕、あまり人の顔を覚えるのが得意ではなくて」
申し訳なさそうな顔を浮かべるリベラに対して、ハーツラビュル寮生も軽く首を左右に振った。
「僕もあの時名乗ったわけではないから、仕方がないよ。
僕はリドル。君は?」
リドルに自己紹介をされてリベラは目をぱちくりとさせた後、その目をキラキラと輝かせて、にっこりと楽し気な笑顔を浮かべた。
「僕はリベラ。リベラ・フィンチ」
「僕のハリネズミではないけれど、その子は確かにハーツラビュル寮のもので間違いないだろう。良かったら僕が届けるよ」
「いいのかい? ありがとう。良かった。キミに任せておげばその子もきちんと家に帰れそうだ」
リベラは肩に乗せたハリネズミに頬を寄せてから、腕を伸ばしてリドルの方へと手を伸ばす。
リベラの腕の上の伝っていくハリネズミをリドルは受け取り、自分の肩へと乗せる。そうしてハリネズミを受け取ってからリドルはリベラへと厳しい視線を向けた。
「ただし、階段を飛び降りてくるのは感心しないな。同じハーツラビュル寮生だったら僕が首を刎ねてしまっていたところだったよ」
「あはは。丁度ハーツラビュル寮生を見かけなくてね、つい」
肩を竦めて反省の色を少しだけ見せるリベラはリドルと並んで歩き始める。
興味津々といった様子でリドルを見つめるリベラはご機嫌そうに歩きながらリドルへと質問を投げかけた。
「ハーツラビュルではハリネズミをペットに出来るのかい?」
リドルの肩に乗ったハリネズミに指先を近付けるリベラ。指先の匂いを嗅ぐハリネズミにリベラは微笑みを浮かべていた。
リドルもハリネズミへと視線を向けながら、リベラの質問へと答える。
「ペットと言うより『なんでもない日』のティーパーティで使うんだ」
「んん? なんだか面白そうな名前のティーパーティだ。なんでもない日なのにパーティを開くのかい?」
きょとんと首を傾げたリベラ。このナイトレイブンカレッジには各寮に応じて特性があり、それぞれの寮によって伝統も異なっている。
入学してまだ一か月も経っていないリベラは初めて聞いたイベントに興味を持ったようだった。リドルは軽い説明を始める。
「誰かの誕生日ではない『なんでもない日』であれば、寮長の気まぐれで行っていいパーティさ。パーティを行うと決まればハーツラビュル寮全体で準備して当日を迎えるんだ」
「へぇ、ますます面白そうだ。パーティだなんてお誕生日にこそ開きそうなものなのに」
「ハートの女王はきっとパーティ好きなお方だったんだろう。
誰かの誕生日は滅多にないけれど、『なんでもない日』なら沢山あるだろう?」
リベラはふむと小さく頷いて見せる。そんなリベラの様子を見て、リドルは微笑みを浮かべた。
ハーツラビュル寮で行われる独特のパーティはハートの女王の思想に基づいたものあり、寮に敬意を払っているリドルにとって、興味を持って、尚且つ肯定してもらえることは大変喜ばしいことであった。
「確かになるほど。ティーパーティなら紅茶の他にご馳走も用意するのかい?」
「もちろん。ケーキやタルトもね」
「それは素敵なパーティだ」
微笑みを浮かべたリドルに対して、リベラもにこにこと笑みを浮かべる。
そしてそこではたと足を止めるリベラ。リドルもつられて足を止めるが、リベラの視線が階段に向かっていることに気が付いて、行く先が違うのだろうと悟る。
リベラは少し名残惜しそうな顔をしながらも、リドルに向き直った。
「面白い話をありがとう」
「いや、君もこの子を連れてきてくれてありがとう。
今度は君も『なんでもない日』のティーパーティに来てみたらいい」
リドルの軽い提案にリベラは表情を輝かせた。
「えっ、いいのかい? 僕も参加できるのなら参加したい!」
ぴょんと跳ねたリベラはリドルの前に飛び出して、リドルの両手を取ってぶんぶんと振るった。リドルはリベラの喜びように驚きつつも、小さく笑みを返す。
「誰かの招待があれば他寮でも参加していいことになっている。僕が招待するよ」
「ありがとう。僕はとってもとっても楽しみにしてるよ。次の『なんでもない日』には絶対に声をかけてくれるかい? 絶対だよ」
リベラはまた跳ねるようにしてリドルから離れると彼に振り返り、屈託なく笑った。
「バイバイ、リドルくん。キミとのまた今度を楽しみにしているよ」
ひらひらと手を振ったリベラがリドルから離れて、ご機嫌にスキップするように歩いていく。
突如として現れたリベラと別れたリドルは、去っていたリベラの後姿を見ながらも、悪い気はしなかったのか他寮の生徒と知り合えたことを良しとする。
肩に乗せたハリネズミが落ちないように、まずはハーツラビュル寮に戻ろうかと歩みを進めていく途中、聞きなれた声がリドルを引き留めた。
「リドル! …いや、寮長!」
リドルの幼馴染であるトレイが彼の姿を見かけて声をかけた。
数日前に寮長となったリドルに対しての呼び方はまだ安定していないようで、すぐさま言い換えたトレイだったが、リドルは気にしている様子はなくトレイへと振り返った。
「トレイ。どうしたんだい?」
「ハリネズミの世話当番がハリネズミが数匹逃げてることに気付いたんだが…、1匹いるな」
トレイの視線がリドルの肩に乗ったハリネズミへと移る。
「さっき同じ1年生の子が連れてきてくれたんだ。
そうだ、トレイ。次の『なんでもない日』のティーパーティにその子を招待することになったんだ」
リドルはそうして今しがた知り合ったリベラの名前を出す。
トレイはその話を聞きながら、どうにも友人が多いとは言えないリドルの新しい友人の話を微笑みを浮かべながら聞いていた。