夜中。沢山の本に囲まれて。沢山沢山勉強をしているアズールくんを見た。

僕はもう眠っている、ことになっていたから。アズールくんは机の明かりを絞って万年筆を走らせている。
気にしないでもっと明かりをつけてもいいのに。でも、彼はその小さな明かりで勉強を続けている。
深海はもっと暗かっただろうから、別に僕に気を使っているわけではないのかもしれないけれど。

小さく開けたカーテンの隙間、彼にはバレないように。僕は頑張っているアズールくんの背中を眺める。

こんな鳥頭の僕でも、なにか手伝えることがあればいいのに。
そうは思うけれど、僕にはいい案は思いつかなくて、僕は彼の背中を眺めながらベッドの上で今日もまた膝を抱えている。


†††


本日の授業が終わった人気のない廊下。遠くからは生徒達が部活等に駆けていく声が聞こえてくるが、今、この廊下だけは静寂が保たれていた。
静かな廊下には3人の生徒。腕に巻かれたリボンタイは3人とも同じ色をしており、同じ寮であることが一目でわかった。

3人のうち、飛びぬけて身長が高い2人がいた。双子のジェイドとフロイドだ。
2人は並んで似たような顔で似たような表情を浮かべ、1人の生徒を見下ろしていた。2人の前には戸惑いの表情を浮かべるオクタヴィネル寮生の姿があった。

「何かお困りのことがあればアズールに相談してみてはいかがでしょう」

あくまで丁寧な仕草・口調でジェイドが語り掛ける。困惑を見せるオクタヴィネル寮生にフロイドがあっさりと手を振った。

「じゃあね〜」

残された生徒は冷や汗を流しながらも何かを悩み続けているようで、背を向けた双子に視線を向けていたが、離れていく双子を引き留めたりはしなかった。
ちらりとアイコンタクトを交わしていたジェイドとフロイドは再びにやりと似たような笑みを浮かべる。

陸での暮らしや生活にはまだまだ慣れないことも多いが、アズールとの契約者を増やしていくのには随分と慣れてきた。
基本的には海で行ってきたことの応用で済むし、陸の生き物は海の生き物よりも警戒心が薄いような気がする。獣人類にはまだ手を出せてはいないが、ただの人間なら騙すこともたやすい。
親切そうな顔をして近付き、親身になって話を聞き、アズールの名前を出した後に、1度引いてみせる。誰もかれもがそんな単純な手で簡単に騙されていった。

着実にアズールの計画の進んでいくことに気分を良くしながら、報告のためにアズールの元に向かおうとする時。フロイドの視線がじっと廊下の曲がり角辺りを見つめていた。
不思議に思ったジェイドもそちらの方へと視線を向けると、最近覚えた匂いがして、おや、と独り言を零した後にふたりで足早に曲がり角の方へと向かった。

フロイドが先に曲がり角を曲がると、そこには急に現れたフロイドに驚き、肩を震わせたリベラの姿があった。フロイドがにぃと笑みを浮かべる。

「あれぇ? 最近アズールの近くで泳いでる稚魚ちゃんじゃん」
「おやおや。盗み聞きなんて、悪い人だ」

リベラが逃げ出さないようにジェイドもリベラの元へ行き、にこりと微笑む。リベラはバツが悪そうな顔をしながらも、小さな笑みを返した。

「あはは。ごめんねぇ。2人のお話の邪魔をしてはいけないと思って」

苦笑を零したリベラは壁の端からひょこりと顔を覗かせて、ぴょんぴょんと跳ねるようにしながらジェイドとフロイドの間に立つ。
躊躇いもなく2人の間に入ってくるリベラに、今度はジェイドとフロイドの方が驚いてしまうところだった。
ジェイドもフロイドも、他人に恐れられることはあったとしても無邪気に擦り寄られることなど数える程しかない。尚且つ、つい先程の状況を見ていたのなら猶更こうも簡単に近寄ってはこないだろうに。

リベラは鞄の中から一口サイズのチョコレートを取り出して口の中に放る。勧めるように左右の双子に差し出して、フロイドだけがひょいとチョコレートを受け取って同じく口の中に放っていた。
ゆっくりと口の中でチョコレートを溶かしてから、リベラはにこりと笑みを浮かべる。

「噂程度には聞いてるよ。
 成績を伸ばしたいって願いも、綺麗になりたいって願いも、恋人が欲しいって願いも。なんでもなんでも叶えてくれる人が1年生に居る、って。
 キミ達がお手伝いをしていたんだねぇ」

「本当にキミ達は仲良しだ」と羨ましそうに言葉を続けたリベラ。
一瞬だけ羨望の視線を向けたことにジェイドもフロイドも気が付いてはいたが、それを追求する前にリベラはにこりといつものような呑気そうな笑みを浮かばせていた。
だからジェイドもいつものような笑みを浮かべたまま、少しだけ困ったように眉を下げてみせる。

「ふふ。この学園でアズールのことはまだあまり有名ではないと思っていましたが、リベラさんは随分と噂話がお好きなようだ」

ジェイドの言葉にリベラは軽く頷きながら、歩幅の広いふたりに合わせるように跳ねるように付いて行く。

「まぁねぇ。僕はみんなのお話を聞いているのが好きだから」
「さっきみたいに?」
「さっきは違うの! 謝るよ」

フロイドが盗み聞きしていたことを茶化すと、リベラは眉根を下げて困った顔をしてみせる。しょんぼりと肩を落としたリベラだったが、次には思い出したようにぱっと顔を上げた。

「そうだ!
 ねぇ。僕のお友達にも悩み事がありそうな人がいるんだ。その人にもアズールくんのことを教えてみてもいいかな」

にこにこと屈託なく笑うリベラにジェイドはじっと怪しむようにリベラを見つめた。

「…えぇ、構いませんよ」
「そっか。ありがとう」
「ちなみにそのご友人のお名前を先に教えていただけますか?」
「うん」

リベラはにこりと笑顔を浮かべてひとつ名前を口にする。その名前にジェイドはぱちくりと瞬きをひとつ零した。
リベラが口にした名前は彼らにはとても聞き覚えのある名前だったのだ。

「……僕達の副寮長ではありませんか」
「うん。そうだね」

オクタヴィネル寮副寮長の名前を知っていることは寮生として特別不思議でもないが、友達というには1年生には日が浅すぎる。

「稚魚ちゃん、副寮長と『お友達』なの?」
「そうさ。何度か僕の勉強を見てもらっているんだ。とってもとっても優しいんだよ」
「副寮長とは同郷か何かで?」
「ううん。この前、図書館で初めましてをしたのさ」

フロイドとジェイドが交互に問いかけていく中でも、リベラは両手を合わせてにこにこと笑顔を浮かべていた。だが次には口を尖らせてつまらなそうな顔へと表情をころころと変える。

「今の寮長サンが色んなお仕事を押し付けて来るって言ってて…。
 折角僕の勉強も見てくれているのに、このままじゃ全然僕に構ってくれなくなっちゃう…じゃ、なくて。困ってるみたいだったから!」

慌てて自分の言葉を訂正したリベラは後ろに手を組んでジェイドとフロイドを見上げる。

「アズールくんを紹介すれば喜ばれるかなぁ」
「……えぇ、きっと」

にぃと深く笑みを浮かべるジェイドにリベラもにこにこと笑い返す。そして再び短く思い出したかのような声を上げた。どうやら図書館に行く予定だったのを忘れていたらしく、リベラはひらひらと手を振って双子から離れていく。

じっと離れ行くリベラの姿をジェイドとフロイドの2人の瞳が追っていた。


†††


そしてアズールは笑顔を浮かべたまま、話が終わったオクタヴィネル寮副寮長の姿を見送っていた。

今まで秘密裏に『相談者』を増やしていた彼らだったが、自分の話がこんなにも早く副寮長クラスにまで届いているとは思っていなかったアズールは、順調に事が進んでいることに内心ほくそ笑む。

副寮長は、後輩に相談することにはそれなりの抵抗があったのか、実際にアズールに会った後も話し出すまでだいぶ渋っていた。
だが、1度話し出せばあとは簡単で、するすると愚痴のように今現在の寮長に対する不満を零していった。

仕事の押しつけから始まり、寮長権限の乱用、寮の私物化。全て教師陣にはばれないように陰で行われているらしく、副寮長の不満も徐々に溜まっているようだった。

だが、それでも、初めからきっぱり断ると後からの報復が怖いということで、彼はひとまず押し付けられた仕事を片付ける為の手伝いをお願いしてきた。そして丁寧に話を聞いていたアズールは約束の日にジェイドを向かわせることにした。
ジェイドであればどんな内容の仕事であろうと対応するだろうし、ついでに副寮長の仕事内容も知ることが出来るだろう。

そしてアズールが対価として要求したものはこれまでのテストの答案用紙だった。一瞬不思議そうな顔をした副寮長だったが、彼は次には気の良さそうな笑みを浮かべていた。副寮長はアズールの事を随分と勉強熱心な後輩だと思っただろう。
現に副寮長の方からの提案で、これから先の答案用紙もテスト後には提供してもらえることとなり、アズールはにっこりと笑顔を浮かべた。

副寮長からの好印象に加え、寮長の弱み、さらにはこれからのテスト対策に使えるであろう答案用紙も手に入れて、ご機嫌のアズール。
アズールと一緒に話を聞いていたジェイドとフロイドは副寮長が居なくなり3人だけとなった空き教室で感心の色を見せていた。

「本当にあの稚魚ちゃん、アズールのことを紹介したんだねぇ」
「……何の話です?」

フロイドの呟きを拾ったアズールに、フロイドとそしてジェイドも加わって、先日リベラと出会ったことを話し出した。
話を聞いてから、アズールは頬杖をつき、考えをまとめつつも言葉を零していく。

「あれだけ僕に付きまとっておいて、いつ副寮長と知り合っていたんだ…?」
「よく知らねぇけど、勉強見てもらってんだって」
「この間はハーツラビュルの新寮長と談笑しているのを見かけましたよ」

入学して日が経ち始めたとはいえ、新入生達はまだまだ勝手がわかっていない状況だ。その中で同じ寮だけではなく他寮、他学年にまで交流があるのは珍しい方だろう。

「随分とまぁ、羨ましい限りの人脈ですねぇ」

ぽつりと呟き、思考を続けるアズールだったが、にこにこと無害そうに笑うリベラの顔を思い出し、あまりの呑気さに顔を顰める。

「今はまだ泳がせておいてもいいでしょう。お前たちふたりが直接獲物を捕らえるでも良いですが、その先で疑似餌を撒いておくのも悪くない」

アズールは端的にそう言うと、ジェイドとフロイドの2人も短く悪そうな笑みを浮かべて返事をした。


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