鏡から告げられた言葉に大広間内がざわつきだす。リベラもきょとんと首を傾げてから、ねぇねぇと隣のジェイドへと問いかける。
「……ジェイドくん。僕はあんまり頭が良くないんだ。どういうことだい」
「…魔法が使えない新入生…、ということでしょうか」
「ナイトレイブンカレッジに?」
興味を持った様子のジェイドがじっと鏡の前に立つ新入生を見つめている。当の新入生は最初から浮かべていた戸惑いの表情を崩してはいなかった。
学園長が鏡と新入生とを交互に見つめる。抱えた小型の召喚獣らしき生き物だけがばたばたと暴れている。
「魔法が使えない人間を黒い馬車が迎えに行くなんてありえない!
生徒選定の手違いなど、この100年ただの1度もなかったはず。
一体…なぜ…」
「双子のオニイチャンでもいるんじゃない?」
「双子の弟さんかもしれませんよ」
「あはは」
面白そうな笑みを浮かべているフロイドとジェイドが小さく囁き、2人の間に立ったリベラもその囁きが聞こえ、彼らと同じくにこにこと笑顔を浮かべる。
その時、学園長の腕に収まっていた召喚獣が、学園長の腕を振りほどいて飛び出した。
「あっ、待ちなさい! この狸!」
「そこのニンゲンと違ってオレ様は魔法が使えるんだゾ! だから代わりにオレ様を学校に入れろ!」
召喚獣はどうやら言葉を扱うようで高らかにそう宣言したかと思えば、目の前に召喚式を浮かべる。近くにいたリドルがはっと視線を鋭くさせて、大広間内へと大声で呼びかけた。
「みんな伏せて!」
その瞬間、召喚獣は青白い炎を吐き出した。炎はリドルと同じく近くにいたカリムへと当たり、彼の式典服が軽く焦げる。
青白い炎は着実に大広間の前列から広がっている。学園長が逃げ出した狸を指さす。
「このままでは学園が火の海です! 誰かあの狸を捕まえてください!」
学園長の言葉を聞いてアズールがにっこりとどこか胡散臭さすら感じさせる笑顔で、前へと名乗り出た。
「クロウリー先生、おまかせください。いたいけな小動物をいたぶって捕獲するというみなさんが嫌がる役目、この僕が請け負います」
マジカルペンを掲げるアズールは、リドルへと短く声をかけている様子だった。リドルも気乗りはしないようだったが、規律を重んじる彼はこの現状も許してはいないのか、マジカルペンを取り出していた。
「え〜、なにあれ〜楽しそう」
「おやおや。困りましたね」
そんな前列での騒ぎを、高身長なフロイドとジェイドが眺める中、リベラは2人の間でぴょんとぴょんと跳ねていた。
話し声などは聞こえてきてはいるが、実際の騒ぎの様子は見えないようで、リベラは不服そうに飛び跳ねる。
「ちょっと! 大きなキミ達は前が良く見えているだろうけれど、僕にも何が起きてるか教えてくれないのかい!?」
「じゃあほら、トビウオちゃん、だっこしてあげるー」
「え。だ、だっこは待って! だっこは待ってって!」
リベラは悲鳴を上げてフロイドの腕から逃れようとするが、身長さ故の体格の違いにより、あっさりと捕まってしまう。
軽々と抱えられたリベラはフロイドに力で敵うわけもなく、逃れるのを諦めはするが、心底不服そうな表情を浮かべていた。
隣にいたジェイドがくすくすと笑いながら視線がひとつ上になったリベラへと視線を向けた。
「どうです? 見えましたか?」
「不本意ながらね!
わぁ。ミミズクみたいな子が炎を出してる!」
「ミミズクには見えませんけれどね」
大広間内を駆け回る召喚獣に対して、リドルが得意のユニーク魔法を発動させる。召喚獣の首に収まったハート型の首輪に、リベラ達は逃走劇が終わったことを察する。
最後に入ってきた新入生の使い魔だと思われていたが、どうやらそうではないらしい。大広間から連れていかれるその生き物に、学園長は咳ばらいをしてから生徒達へと声をかけた。
「少々予定外のトラブルはありましたが、入学式はこれにて閉会です。
各寮長は新入生をつれて寮へ戻ってください」
ざわざわとお喋りが再開される中、各寮の寮長達が新入生を連れて寮へと戻り始める。上級生達もようやく式典が終わり、それぞれ式典服のボタンを緩めながら慣れたように各々大広間を出ていく。
「やっと終わったぁ」
フロイドもまた、長かった入学式に言葉をひとつ零してから、大広間の出口へと足を進める。抱えられたままのリベラが動き出したフロイドに思わずしがみついてから、不服げに口を尖らせた。
「よし、それならば、僕はそろそろおろして貰ってもいいんじゃないかな。悪目立ちが過ぎるんだけれど」
「ダーメ。
オレ達より背が高いトビウオちゃんって新鮮だねぇ」
片腕に乗せるようにしてリベラを抱えたままのフロイドは楽し気に笑みを浮かべながら、そのまま人一人抱えているとは感じさせない動きで寮へと続く鏡の間へと向かう。
他の生徒達よりも大きなフロイドよりも、さらに大きな位置に頭があるリベラは周囲の生徒達の注目を浴びていた。
リベラはむすと頬を膨らませてみせながら、随分と近くにあるフロイドの頬を突く。並んで歩くジェイドもただ面白そうに微笑みをたたえるだけだった。
鏡の間を通り、オクタヴィネル寮へと入っていくまでフロイドの気まぐれは続き、寮内入ったと同時に新入生を案内していたアズールの姿を見つけた。
アズールも、あまりにも目立つリベラ達のことに気が付いたようで、新入生達に向けていた営業スマイルを呆れ顔へと変える。
「何をしているんですか、あなた達は」
リベラは随分と高い位置から不満げな表情を浮かべたまま、言葉を零す。
「アズールくん。お疲れサマ。見ての通り僕にも成長期が訪れたのさ」
「遊んでいないであなた達にも新入生の案内を手伝っていただきますよ」
「ハーイ。ってことでおろしてくれるかい? フロイドくん」
軽く返事をしたリベラが視線をフロイドへと向ける。と、同時にはたと気が付いたリベラが慌ててフロイドの式典服をぎゅうと握りしめようとした。
「ゆっくりだよ、フロイドくん。ゆっくりおろしてよ!?」
「ん?」
にぃと笑ったフロイドが両手をぱっと離し、顔を青ざめさせたリベラが重力に従い落ちていく。
そのまま尻を打ち付けたリベラがぴーぴーと騒ぎだてる。彼の思惑通りに落ちていったリベラの姿を見てフロイドはけらけらと笑っていた。
「やると思ったよ!! ゆっくりって言ったじゃないか!」
「んー? 知らな〜い」
「何をしているんですか」
改めて呆れた表情を浮かべるアズールに、リベラもむすーと口を尖らせながら、ぷいとそっぽを向いた。
「鳥の急降下は見たことなかったかい?」
「えぇ。そんなにも無様なものは初めて見ました」
にこりと綺麗な作り笑いを浮かべたアズールが、不貞腐れたように地べたに座ったままのリベラへと手を伸ばす。
大人しくアズールの手を取って立ち上がったリベラだったが、両手を頬辺りへと寄せて、微笑みを浮かべたまま傍観していたジェイドの傍へとすすすと近寄った。
「えーん、えーん。フロイドくんとアズールくんが僕を虐めるんだ」
「おやおや」
「んん。これは助けてくれない時のジェイドくんだ!」
泣き真似をやめて頬を膨らませたリベラが、ぽこりと軽くジェイドへと拳を向けたあと、次にはころりと笑って新入生達の方へと近寄っていった。
数日前からずっとリベラは新入生達が来るのを楽しみにしていたのだから。