肩にかけたカーディガンが風に揺れる。頬を撫でる風はとってもとっても心地よく、星空を眺めながら歩みを進める。
夜のお散歩は好き。誰にも邪魔されず、いろんな場所から見上げる星空はとってもとっても綺麗で何度歩いても飽きなどしない。
ふといつもとは違うものを見つけて視線が止まる。僕は夜目が効く方ではない。
立ち止まり、じっと目を凝らして見つめると、いつもは暗いオンボロ寮にぼんやりと明かりが灯っていた。
誰か人がいる? 今まで人が入ったことなんてなかったのに?
学園側も暫く使う予定を入れてなかったはずのオンボロ寮に、急に人が来るだなんて。
そこで僕はふと思い出す。今日の入学式。ひとり、イレギュラーな後輩クンが入ってきたのを思い出す。
どこの寮にも入らなかったあの子はどこに行ったのだろう。適当な寮に入れられるかとも思っていたけれども、魔法すら使えないらしいあの子はどこへ行けるというのだろう。
そんな時、使われていない寮がひとつ残っていたら? 学園長ですら使い道に困っている寮がひとつ残っていたら?
それに気が付いてしまうと、僕の中でぐるぐると不快な気持ちが湧いてくる。頬を膨らましたまま、僕はじっとオンボロ寮を見つめる。
アレは、アズールくんのものなのに。
僕は恨めしそうに明かりの灯ったオンボロ寮を見つめる。
†††
アズールが朝の支度を終えてモストロ・ラウンジに足を踏み入れた時、彼は香った珈琲の匂いにリベラが居ることを悟った。
零れそうになる溜息を抑えて、誰も居ない店内を進み、カウンターの方へと向かうと、アズールの予想通り、ドリッパーから落ちる珈琲を眺めているリベラの姿を見つけた。
ベスト姿のリベラは、脱いだブレザーを近くのカウンター席に引っ掛けたまま、客席に座って腕枕をして、ぼんやりとドリッパーを見つめている。
つまらなそうな顔をしていたリベラだったが、アズールの足音に気が付いた時には、ぱっと顔を上げて、すぐさま満面の笑みを浮かべた。
「オハヨー、アズールくん」
「おはようございます。何時に起きたんですか」
「ちょっと前だよ」
にっこりと笑うリベラは落ち切った珈琲を2つのカップに分けて、ひとつを自分の隣の席へと置き、アズールを招くように指先を揃えて珈琲を指し示す。
「丁度良かった。淹れ過ぎちゃって困っていたんだ」
「少し前に起きたにしては準備万端ですね」
「たまたまさ」
にこにこと笑顔を浮かべ続けるリベラをアズールは疑うように見つめてから、諦めたようにリベラが示した隣の席へと座った。
リベラは満足げにカウンター席に座りながら足をぶらぶらと揺らして、自分で淹れた珈琲をゆっくりと飲む。
「ところで、いつもより早起きのアズールくんはどうしたんだい?」
「新入生のバイト希望者をまとめていたんですよ。今年は殆どの生徒がバイト希望でしたので」
「…徹夜したの?」
モストロ・ラウンジの支配人として、従業員が増えて嬉しそうなアズールだったが、リベラは彼の忙しさを知っているが故に、不満げにじっとアズールを見つめる。
アズールはそんなリベラの視線に気が付いて、呆れた表情を見せる。アズールはリベラが『夜更かし』をする癖があることを知っているのだから。そんなリベラに夜更かしを咎められるとは。
「あなたではありませんので夜はきちんと眠ってます」
「…。僕だって眠ってはいるさ。ただ人よりちょっと短いだけ。
まぁまぁ、それはいいとして」
手を軽く振るいながら話題を変えるリベラ。そのことに気が付いているアズールも特に言及することなく、続けられたリベラの言葉を聞く。
頬杖をつくリベラはにこにこと楽しげだった。
「モストロ・ラウンジも気付けばオクタヴィネル名物だからねぇ。新入りクンがいっぱい入ってくるのは僕もとってもとっても楽しみだよ。
僕にも手伝えることがあったらいつでも言ってくれていいからね」
「覚えてはおきます」
そう言いながら珈琲を飲み切ったアズール。それを見計らうように、ひょいとカウンター席から飛び降りたリベラはいつの間にか飲み干していた自分のカップを片手にして、空いた方の手でアズールのカップを受け取る。
リベラは厨房へ空のコップを持っていき、軽く洗ってアズールの元へと戻る。カウンターの所まで戻ると静かに待っていたアズールは片手にリベラのジャケットを持っていた。リベラはぱちぱちと瞬きをして口元を隠しながら短く笑った。
「そのまま忘れますよ」
「あははー。ありがとう」
リベラはひょいと跳ねるようにアズールに近付き、ジャケットをアズールに持たせたまま右手を通し始める。
アズールも一瞬顔を顰めながらも、高級レストランのウェイターよろしくリベラへとジャケットを羽織らせる。嬉しそうにジャケットを羽織ったリベラは、腕時計を見るアズールの腕を一緒に覗き込んだ。アズールが声をかける。
「さて、朝食を摂りに行きますよ。珈琲だけではお腹が空く」
「ハーイ」
歩き出したアズールの後ろをついて歩くリベラ。並んで歩く2人はいつものように。いつの間にかフロイドとジェイドが増えていることも、いつものように。