それは図書館に行った帰りでした。

その日は図書館に新しい魔法薬の本が入ったということを聞いて、私はお休み期間だというのをいいことに図書館に入り浸ってました。
クリスマス休暇中、やることもなくなってきましたし、私は長い時間図書館で沢山の本を読んでいたのです。

そしてその図書館の帰り。普段は使われていない教室に、見慣れないものがぽつんと置かれているのが見えて、私は思わず足が止まりました。

見えたのは鏡でした。

鏡に気が付いた瞬間に悪寒が走ります。私はその鏡の名前を知っていました。
だからこそ近づいてはいけません。覗いてはいけません。

それは『みぞの鏡』。望みが見えるその鏡を、覗いてしまえば、私は鏡から離れることが出来なくなってしまうでしょうから。

頭ではそうわかっていても、廊下にいた私は、ゆっくりと教室に入り、恐る恐る鏡に近づいていました。
鏡の前に立ち、足元を見つめます。ゆっくりと、静かに視線を上げて鏡を見ると、そこにはやはり私の望み通り『彼』がいました。

音もなく涙が溢れ出します。

鏡の中の彼は仕方がないという風に肩をすくめたあと、同じく鏡の中にいる私の肩に手を置きました。
彼の手がある場所に視線を向けても、現実の私の肩には何も乗っていません。それを理解しつつも、自身の肩に手を触れさせて、再び鏡を覗き込んでいました。

鏡に近づき手で触れます。彼も私と手を合わせてくださいました。
鏡の中の私には、彼から貰ったピアスが付いています。そうですね、このピアスも私の望みです。

にっこりと笑いかけると、彼も目を伏せて短く笑ってくださいました。

幸せが私を包んでいきます。このまま、私は、彼の傍で、彼と一緒に。

「何をしている?」

不意に背後から彼と同じ声が聞こえました。
振り返ると、そこにはスネイプ先生がぼたぼたと泣いている私を見て驚きの表情を浮かべていました。

スネイプ先生は私が手を触れさせているものが『みぞの鏡』だということに気がついたのでしょう。
先生は何よりも険しい顔をして私に近づいて来ました。私は近づいてくるスネイプ先生から怯えるように1歩離れます。

「それは現実ではない」

スネイプ先生の声が私に突き刺さります。スネイプ先生が強く私の腕を引き、私はぼたぼたと涙を零しながら力なく彼についていきます。
きっと彼でなければ私は動けなかったでしょう。スネイプ先生と同じ、彼でなければ。

最後に鏡に振り返ると、鏡の中の彼が私を見つめていました。

「私も、貴方に会いたいです」

思わず呟いた声は震えます。スネイプ先生に引かれていない方の手を鏡に伸ばしていました。
ですが、スネイプ先生は一切止まることなく、靴を鳴らす勢いで苛々としながら私を引っ張っていきます。

鏡からだいぶ離れてからも私の涙は枯れることなく溢れ続けました。
思考が止まります。鏡の中にいた彼を思い出しては、涙が溢れ、小さく笑った彼を思い出しては、息が止まりそうでした。

気が付けば私はスネイプ先生に連れられて地下牢教室に戻ってきていました。

椅子に座らされた私は乱暴にカップを握らされます。
揺れる水面を見て、それが精神を安定させる『安らぎの水薬』であることに気が付きました。

ですが、私は首を左右に振って、カップを机に置きます。目の前のスネイプ先生はとても険しい顔をしていました。

「飲みたまえ」
「大丈夫です」
「そうは思えない。さっさと飲みたまえ」
「暖かいものが飲みたいです」

そう言って、私は立ち上がります。ふらついた足元にスネイプ先生が咄嗟に手を伸ばし、私を支えていました。

真正面からスネイプ先生の顔を見つめます。

彼と同じ顔を、見つめます。

お礼を言いつつも、今は笑みを浮かべることは出来ません。
今度はきちんと自分で立ち上がり、紅茶セットを呼び寄せました。

ぼんやりとした思考のまま紅茶カップを温めます。呼吸を繰り返していると、すぐ隣にスネイプ先生が立っていて、私からポットを取り上げました。
困惑しているとスネイプ先生はポットに茶葉を入れ始めました。スネイプ先生が淹れてくださるのでしょう。

私がよく好んで飲んでいる茶葉で紅茶を淹れてくださっているのを見つめつつ、私はスネイプ先生の腕にこてりと頭を寄せました。
目を閉じて長く息を吐きます。先生は腕を払ったりはしませんでした。

「…すみませんでした」

私の口から謝罪が溢れます。スネイプ先生は何も言いません。また涙が溢れそうになって、目元を拭います。
スネイプ先生は紅茶を淹れて、私の分のカップに角砂糖を2つ落とし、ミルクもたっぷり入れてくださいました。

私が大好きな甘い紅茶の出来上がりです。

カップを両手で受け取って、息で冷ましながら一口飲みます。先生はストレートで飲んでいました。

やっぱり彼が淹れてくださる紅茶はとっても美味しいです。落ち着いてきた私はようやっと小さな微笑みを浮かべることが出来ます。

「ちょっと、疲れました」
「我輩もだ」
「…ふふ。ですよね」

今日は彼に特別迷惑を掛けてしまいました。
どこかでこの埋め合わせをしなくてはいけないと思いつつも、未だ先生に寄りかかっていました。スネイプ先生はひとつも動きませんでした。

「ダンブルドアが、」

静かに紅茶を飲んでいると、スネイプ先生は不意に言葉を零しました。
1度止まった言葉を、静かに待っていると、先生は静かに私に視線を向けました。

「ダンブルドアが、君はまだ不安定だと言っていた」
「………」

再び紅茶を口につけて、返答をしないままにします。
スネイプ先生はじとりと私を見下ろしたままでしたが、私は中身が少なくなりつつある紅茶を頑なに見つめていました。

「そしてその不安定さは失われることはないだろうとも」
「校長先生はお優しい方です。
 …でも、少しお節介な方でもあるようです」

校長先生は、私が『彼』を愛していることを知っています。
そしてその愛を、決して忘れることが出来ないことも。

私は小さく自分自身を嘲笑します。私は今も昔も、弱いままでした。

スネイプ先生は私から視線を逸らして、言葉を更に続けました。

「…なるべく、君を1人にしないようにとも」
「……本当にお優しい方ですね。……貴方も」

顔を歪ませた私はもう1度小さく笑いました。そして、空になったカップを置き、次に隣で揺れているスネイプ先生の手を握ります。
一瞬驚いたスネイプ先生は特別、手を握り返してくれたりはしませんでした。

でも、決して手を振りほどいたりもしませんでした。


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