私は、眠ると身体から魂が抜け出して、自分の好きなところへと行くことが出来ました。
ですが、それを繰り返すと身体と魂が完全に剥がれ落ち、ゴーストとなってしまうのだそうです。
ここ最近。私が『この世界』に来てから、私は『夢』を見ることはなくなりました。
なくなったというよりも、夢を見るのを意図的に止めていました。
結果、今回、未だに私はシリウスには会っていませんでした。
会おうと思えば今晩にでも会うことは出来るでしょう。夢を抑える薬も今は飲んでいませんでしたし、望めばすぐにでも。
シリウスはアズカバンに投獄されています。アズカバンは暗く寂しいところです。
会えるというのならば、本当は会うべきなのかもしれません。彼の寂しさを、少しでも軽く出来るのなら。
それでも私が未だに彼に会っていないのは、
思考に沈んでいた私は、ノックの音で顔を上げます。返事をすると、扉が開いてスネイプ先生が姿を見せました。
「君に荷物が届いている」
「はーい。ありがとうございます」
私は未だに『夢』を使っていません。
これは、必要な時に。
彼のためだけに。
†††
懐かしいハリー達のドラゴン事件が過ぎ去り、気付けば生徒達の大嫌いな筆記試験の日がやってきました。
試験当日は、試験監督として見張っていたり、実技中は生徒達の間を歩いているだけでした。
ですが、試験終了後、私達の前には積み上げられた採点待ちの魔法薬と試験用紙が待っていました。
「これからこの子達の採点ですね…」
「君は筆記を」
溜息と共に言葉を零すと、近くにいたスネイプ先生は短く返事をしました。
スネイプ先生が沢山の試験管の前に立ち、私は羊皮紙の束を机に並べます。
温めておいた紅茶を2つのカップにいれて、1つをスネイプ先生の机に置きました。
さぁて、ここから長い戦いが始まります。
「終わりましたー!」
丸つけが終わった羊皮紙を纏めて、私はうんと背伸びをします。スネイプ先生を見ると彼は未だに魔法薬の採点を続けていました。
私はすぐに彼の近くに行って、彼とは別の学年の魔法薬の前に立ちます。
「そちらもお手伝いします」
「魔法薬は我輩が見る。君の採点は甘い」
はっきりとそう言われて私はしょんぼりと肩を落とします。
そんなに甘い採点をしているとは思ってはいませんが、スネイプ先生から見たら全然ダメなようです。
そんなことを言われてしまえば、やることもなくなってしまいます。
ですが、先に部屋に戻ってしまうのは申し訳なくて、私は明日の準備をしたり、教室の掃除をしたりして、彼の採点が終わるのを待っていました。
そんなこんなで生徒達の就寝時間を過ぎたところで、時計を見たスネイプ先生が作業の手を止めました。
「見回りをしてくる」
声に気づいて私はふと思い出します。そういえば今日は彼が当番でしたっけ。
まだまだ積み上げられている未採点の魔法薬を見てから、暇をしていた私は立ち上がっていました。
「今日は私が行きますよ」
スネイプ先生を見つめながらそう言えば、彼の動きが止まります。
彼は若干悩むようにしてましたが、次に私を見つめて静かに言いました。
「1人で?」
「1人でも行けますよ」
心配症な彼に、苦笑を零して私は言葉を返します。スネイプ先生は深く黙り込んだあと、ゆっくりと言葉を続けました。
「夜は嫌なのでは?」
視線が合わないまま、そう言われてしまいました。
いつか私が呟いた言葉を、彼は律儀に覚えていてくださったようです。
ぱちくりと瞬きをした私は苦笑を零してからなんでもないというふうに手を振ります。
「…子供じゃないんですから。
ほら、時間が経つと魔法薬の精度に違いが出てしまいますよ」
夜が怖いと我が儘を言って、スネイプ先生のお手伝いが出来ないようでは問題です。
残っていた紅茶を急いで飲み干して、早速見回りへと行こうとすると、ふわり。いつの間にか私の目の前にコートが漂っていました。
ふにゃりと微笑みを浮かべ、スネイプ先生を見ます。スネイプ先生は私には視線を向けてはいませんでした。
確かに雪が溶け切ったといえど、夜のホグワーツはまだまだ冷え込みます。私はお礼を告げてコートを羽織ります。
「…4階まででいい。今日はフィリウスも見回りに出ているはずだ」
「はーい。じゃあ行ってきます」
ぱたんと扉を閉めて、ゆっくりと階段を上がって行きます。
手提げのランタンを灯しますが、それでも包み込むような暗闇に鼓動が早くなります。
深呼吸をして鼓動を落ち着かせて、長い廊下を歩き出します。見回りくらい1人でできるんですから。
1階から順に教室や廊下を見て回ります。悪戯な生徒達が潜んでいないかどうか軽く調べながら見て回ります。
ランタンを持ったまま絵画の近くに行くと、絵画の主達が目を覚ましてしまうので、絵画が見えてきたら私はランタンの灯りを隠すように魔法で覆いをします。
すると一気に暗闇が辺りを支配します。途端に恐怖を覚える私ですが、怖い妄想を首を振って振り払います。そんなことを何回も繰り返しました。
そして4階に上がっていく途中。急に私が出す以外の物音が聞こえて、驚きで心臓がきゅうと縮まるのを感じました。
深呼吸をし、ランタンの灯りを消します。音に耳をすませば、どうやらそれは階段を下りてくる音でした。
このままいれば、音の主と鉢合わせになるか、相手が4階に向かうかのどちらかでしょう。
息を潜めて待っていると、4階に向かう人影。飛び出した私は杖先をその背に向けて問いただします。
「誰ですか?」
びくりと肩を震わせた人影。見覚えのあるターバンに私が人知れず息を飲んでいると、クィレル先生がびくびくとしながら私へと振り返りました。
「…こんばんわ。クィレル先生」
杖先を彼から逸らし、杖をランタンに向けて火を灯します。
背中に流れる冷や汗を感じながら、私はミスを犯したことに気づいていました。
今日は4階の賢者の石が狙われる日だったのです。
「先生も見回りですか? 今日の見回りはフリットウィック先生だとお聞きしてたんですけれど」
にっこりと微笑みながら彼の隣に並びます。一切の恐怖を感じさせないように努力をしつつ、彼を警戒します。
いつものようにおどおどしているクィレル先生はどもりながらも、はにかみました。
「フリットウィック先生とはこ、交代したんです。リク先生もスネイプせ、せ、先生と交代で、ですか?」
「はい。彼、まだ採点が終わっていなくて。
上からいらっしゃったってことは上の階は見回りが終わったんですね。私もあとは4階だけなんです」
私は暗闇に佇むクィレル先生を見据えながらにっこりと微笑みました。このまま、彼と、一緒にいれば。
「一緒に回りましょうか」
「それは出来ない」
突如低くなった声に、私は彼を見ないまま、持っていたランプをクィレル先生に投げつけます。
私に杖を突きつけていたクィレル先生は、咄嗟に投げつけられたランプを弾きます。石床に落ちて砕けたランプが小さな炎を作りました。
私もすぐに杖を構えて彼を見据えます。クィレル先生はいつものおどおどとした表情を消し去って私を見ていました。
「スネイプは私を警戒していたが…、君も何か聞いていたのだろう」
「いいえ、特には」
スネイプ先生から何かを聞いたわけではありません。私はただ『知って』いるだけなのです。それをクィレル先生に伝える気はないのだけれど。
そして私が杖先に『インセンディオ(燃えよ)』の呪文を乗せた瞬間、頭に激痛が走りました。
決して油断したつもりはありませんでした。それでもその激痛に一瞬だけぐらりと目眩を起こした瞬間。
クィレル先生に杖を突きつけられ、次の瞬間には意識は暗転していました。
あぁ、また役に立てないだなんて。
頭が割れそうな痛みに耐え、どれほど歯を食いしばっても。
倒れていく自分の身体を、どうにも制御できずに、私はそのまま固い石床に身体を打ち付けたのでした。