新たな犠牲者が出たということで、ホグワーツは一気にパニックとなり、クリスマス少し前には生徒達が一斉にホグワーツ特急の予約を入れ、クリスマス休暇が開始した時にはホグワーツにはほんの数人しか残ってませんでした。
閑散としたホグワーツ。いつもは生徒で賑わっているホグワーツがここまで静かになると、寂しく感じてしまいます。
窓の隙間から大粒の雪がしんしんと降り積もっていくのが見えます。大広間近くの廊下では大きなクリスマスツリーが何本も立ち並んでいました。
「リク先生…」
沢山の本を入れたトートバックを持って廊下を歩いていた時、私に弱々しい声がかかります。
はたと立ち止まって振り返ると、そこにはどこか不安げな顔をしたジニーちゃんが立っていました。
「はい。どうしました?」
私は朗らかに微笑んで彼女の隣に並んで問いかけます。
ゆっくりと2人で歩き出す中、ジニーちゃんは戸惑うように口を開きました。
「先生って学生の頃、グリフィンドールだったんですか?」
ジニーちゃんからされた質問に、私はぱちくりと瞬きをします。その次に微笑みを浮かべました。
「私は『この学校』の生徒ではないんです。でも急にどうしたんです?」
「ううん。何でもないの」
問い返すとジニーちゃんはすぐにそう言いました。それは何かを隠しているかのようでした。
私は少し黙ったあと、言葉を続けました。声は静かでした。
「ジニーちゃん。悩み事や相談事があったらいつでもお話を聞きますからね」
「………はい」
頷いたジニーちゃん。私は微笑みを浮かべて、ジニーちゃんの手を取りました。
私は彼女が抱えている悩みの、ほんの少しの原因を知っています。
知ってはいましたが、私にはそれを言及する勇気がありませんでした。
彼と、再会したいのは、山々だったんですけれども。
驚いた表情をするジニーちゃんの手を引き、私自身の悩みを振りほどいた私は微笑みを浮かべて、鞄を持ったまま大広間へと向かいます。
「一緒に大広間に行きましょう。
ホグワーツでのクリスマスディナーは初めてですもんね。楽しいですよー」
私は朗らかに笑って彼女の手を引いていきます。
今日はクリスマスです! 考えなくてはいけないたくさんのことも、今だけは忘れて、楽しく。
「……ありがとう。先生」
小さく微笑みを返してくださるジニーちゃん。お礼を言われた私は微笑みに寂しさを乗せて、首を左右に振りました。
「お礼を言われることなんて何もしてませんよ」
本心からそう告げて、大広間についた私達は手を振ってわかれます。
生徒用の席に向かうジニーちゃんを見つめます。
『彼』は、私には優しくしてくださっていました。ですが、それは、私にだけだったのも、薄々気が付いてはいました。
だって、彼の元になった人も、私にだけ優しくしてくれていたのですから。
長く息をついた私はいつものように教師用の椅子に向かいます。
座っていると、ディナーが現れるギリギリの時間になってスネイプ先生が大広間にいらっしゃいました。
彼は席につきながら私に声をかけます。
「先に来ていたか」
「すみません、お声をかけたら良かったですね」
こういう場にはいつも一緒に来ていただけに、もしかしたら探してくださっていたのかも知れません。
本当は1度地下牢教室に戻る予定だっただけに、私は苦笑を浮かべて言葉を続けました。
「ジニーちゃんと言ってわかります?」
「ウィーズリーの?」
「はい。なんだか元気がなさそうだったので、彼女と一緒に来たんです。
クリスマスぐらい、何も気にせず楽しんでもらいたいです」
私は微笑みながら、キラキラと輝くクリスマスツリーの元にいる生徒達を眺めます。
美味しそうな七面鳥の丸焼きが出てきた時、生徒達の表情も楽しげに輝いていました。なんだか私も楽しくなります。
そんな楽しげな私を見て、スネイプ先生は呆れたように小さく息をついていました。
†††
クリスマスパーティーが終わり、お腹が満腹になった生徒達が満足げに大広間を抜ける中、同じく満腹になった私もスネイプ先生と一緒に歩きだします。
本が入ったままのトートバッグを肩にかけると、その重さがふわりとなくなりました。隣を見るとスネイプ先生が鞄を持ってくださっていました。
「す、すみません、ありがとうございます」
お礼を言うとスネイプ先生は何も言わないで少し早足になります。
照れ隠しかなと微笑みを浮かべながら、私も駆け足になって彼を追いかけます。
結局、お部屋近くまで荷物を持って頂いて、私は彼にもう1度お礼を言って自室に入ります。
トートバックから本を取り出して、本棚にしまっていると、不意に、自分が入れた覚えのない本を見つけました。
「これ……」
小さく呟きの声を零します。それを見つめて少し立ち止まった私は、自室の扉から地下牢教室へ顔を覗かせ、スネイプ先生に声をかけます。
「ちょっと疲れちゃったので、今日はもう寝ますね」
「はしゃぎすぎたのでは?」
「…そうかもしれませんけど、認めませんからねーっ」
むすーと頬を膨らまして声をかけてから、私は小さく笑って「おやすみなさい」と声をかけて、自室に戻ります。
自室の扉を閉じて、壁に背中を預け、ベッドに置いたその『黒い日記』を見つめました。
ベッドに腰をかけて、日記の背表紙に書かれた名前を静かに撫でて、日記を開くかどうか迷います。
それでもやはり彼を考えてしまう私は、苦笑を零して日記を開きます。すると真っ白だった日記に文字が浮かび上がりました。
『初めまして。貴方がリクですか?』
現れた文字に私は驚きます。彼がどうして私の名前を。
驚いている間に、黒のインクで書かれた文字は吸い込まれるように日記に消えていき、そして続けて文字が現れます。
『直接会って話してみませんか?』
焦るかのように綴られた文字に、混乱したままの私は、それでもすぐに返事を書き込んでいました。
『喜んで』
†††
気がついた時には私はホグワーツの空き教室に立っていました。
目の前には黒い髪に赤い瞳をした男の子が机の上に座ったまま私をじっと見つめていました。
それは、いつかの初対面の時と同じ光景でした。
「リドルくん」
私の口から思わず零れた名前は、とっても嬉しそうな響きで。
目の前の彼はぱちりと瞬きをして、すぐに訝しげな表情を浮かべました。
「………何ですか、その馴れ馴れしい呼び方は」
何故か敬語なリドルくんに違和感を覚えつつも、私は彼の対面にある席を引いて腰掛けました。
机の上に座ったままの彼が私を見下ろしています。私は彼に問いかけました。
「どうして私の名前を?」
「……。生徒から名前を聞いていましたから」
リドルくんの声はとても冷たく私に届きます。私も徐々に警戒心を芽生えさせながら、そして目の前のリドルくんも警戒心たっぷりの視線で私を捉えながら、両者は静かに、お互いに情報を引き出すためにも話し続けます。
「貴女は何者?」
「ホグワーツで魔法薬学の助教授をしています。
貴方もどうして私の鞄の中に?」
「……僕がそう願ったからです」
少し戸惑いながら続けられたリドルくんの言葉に私は静かに、もう1度疑問の声をかけました。
「どうして?」
リドルくんは紅い瞳を爛々と輝かせていました。
「それを貴女に言う必要はない」
言葉は拒絶でした。そこに以前のように私に優しくしていてくださったリドルくんの面影はありませんでした。
押し黙ってしまう私の前、リドルくんは立ち上がって私のすぐ目の前に近寄り、俯いてしまっていた私の顎を指先ですくいました。
「貴女はこの本の背表紙に書かれていた名前に気付いていた筈です。何故、開いたのです?」
本の背表紙には『T・M・リドル』とヴォルデモートさんの本名が書かれています。
勿論、そのことには気が付いていました。でも。
「危険かどうかまでは、まだ、わかりませんから」
にっこりと笑みを返すと、リドルくんは深く黙ったあとに、ゆっくりと手を離していきました。
そのあとにリドルくんは私のすぐ隣の席に座ります。
彼はにこりと綺麗に微笑んでいました。それはまるで、ヴォルデモートさんのようでした。
「ねぇ、僕とお友達になってくれませんか?」
まさかリドルくんからそう言ってもらえるとは思っていなかった私は、驚きで目を瞬かせたあと、にっこりと笑顔を返します。
その時ばかりはリドルくんに感じる違和感も、全て忘れて、私は無邪気に返事をしていました。
「はい! ぜひお友達になってください!」
リドルくんはずっと笑みを浮かべていました。
「では、決まりですね。これで僕と貴女は友達です。
よろしくお願いします。……先生?」
付け加えるように付けられた先生という敬称に、私は締まりなく笑顔を浮かべたのです。