「……頼み過ぎだと思うんですけれども」
呟く私の前には大量の魔法薬の材料が箱で届いていました。ちらりとスネイプ先生を見ると、彼は私とは視線を合わせようとはせずに指先を組んでいました。
「……、発注ミスだ」
今回発注をしたのはスネイプ先生です。彼にしては珍しすぎるミスに、驚きを隠せない私でしたが、あんまりからかうと彼が不機嫌になるのは見えていましたので、私は『ロコモーター(動け)』と『浮遊呪文』で、箱の中身を数種類机の上に広げました。
「乾物ばかりだというのが幸いでしたね。下準備だけでもして、どうにかしまえる場所を作りましょうか。
フェイン、お手伝いしてくださいな」
フェインに声をかけると彼は短く返事をして、机の上に置いた材料達を並べてくださいました。
薬草系統の材料と、動物系統の材料とを仕分けしてくれているフェインを見て、スネイプ先生が感心したかのような目を向けていました。
「前から思っていたが、言葉を理解しているのか」
「フェインはいい子ですから。ねー」
こてりと首を傾げながらフェインに同意を求めると、フェインもこくこくと何度も頷いてくれます。
可愛らしいフェインの頭を撫でて、微笑みを向けました。
「私、昔から動物には好かれるみたいでして。ドラゴン使いにならないかーって、お誘いを受けていた時期もあったんです。
それより前から教師になりたかったので、その時はお断りさせていただいたんですけれども」
「ドラゴン? ドラゴンにも好かれるのかね」
驚く彼に、ふふと笑ってから、ねー。と再びフェインに声をかけると、フェインも同意するかのようにコクコクと頷き返してくださいました。
少し興味を抱いたようで、スネイプ先生の手がゆっくりとフェインに伸びました。フェインも静かにスネイプ先生の手を見ています。
『昔』、とても仲良くなっていたスネイプ先生とフェインを思い出しながら、私も思わず微笑みが零れます。
私はにこにこと微笑んでいました。
フェインが突然牙をむくまでは。
「フェイン!」
指先から血を流すスネイプ先生を見て、私の顔が青ざめます。フェインの口を手で覆うようにして引き寄せます。
シャアシャアと威嚇するように何度も鳴くフェインに困惑の表情を浮かべていると、スネイプ先生は酷く冷たい声で私を見下ろしていました。
「どうやら嫌われているようで」
言葉は軽蔑のように聞こえて、私の心が凍えつきます。
「…すみません。よく言っておきます」
私はフェインの身体を抱き上げて、額を合わせます。だらりと私の腕に力なくぶら下がるフェインが短く鳴きました。
「もう。どうしたんですか、急に」
問いかけるとフェインの視線が私とスネイプ先生の間を行ったり来たりしました。
そして心底不機嫌そうに小さく鳴くフェイン。
気が付いた私は目を伏せて口元に微笑みを浮かべました。
フェインはスネイプ先生が私のことを『忘れて』しまっていることに怒っているのです。
でも、それは…、しかたのないこと。
「……怒らないでください。フェイン。
わたしは、しあわせですから。ね?」
『しあわせ』だとそう言った私にフェインはまた不機嫌そうな声を上げました。私は苦笑を浮かべて、フェインの身体を優しく撫でます。
スネイプ先生は私とフェインのことを何も言わずに見つめていました。
†††
『――それで、彼にまた怒られてしまったんです。生徒を甘やかすなーって』
ベッドに寝転がり、リドルくんの黒い日記に羽ペンで文字を書き込んでいきます。
少し前にハーマイオニーがポリジュース薬を誤った使い方で飲んでしまい、医務室に運ばれたのです。
生徒がポリジュース薬を作ろうとしたら、私とスネイプ先生個人の薬草棚にある毒ツルヘビの皮などが必要になります。
ハーマイオニーの症状を聞いた時、スネイプ先生は自業自得だと鼻で笑っていました。ですが、私は彼に内緒で、回復薬を調合し、医務室へと届けてきたのです。
地下牢教室に戻った時には見事にバレていて、怒られてしまったのですけれども。
その時のことをリドルくんに書き込んで、頬を膨らませたり、逆に笑みを浮かべたりします。
リドルくんに文字を書き込んでいるその時は、昔に戻ったかのようで、私はとても幸せでした。
『でも、確かに貴女は他人に優しすぎますよ』
リドルくんの文字が些か呆れているかのように紡がれます。私が苦笑を零していると、文字の続きが浮かび上がりました。
『もっと、自分のことを大事にしないといけませんよ。…いつか貴女が傷ついてしまう前に』
『………リドルくん?』
問いかけるように文字を書き込むと、日記からは文字が消えて真っ白になります。
私は日記を撫でて言葉の先を促しますが、文字はなかなか現れてはきませんでした。
羽ペンを握り、インクを付け直して、私はゆっくりと文字を書き込みました。
『私はちゃんと自分のこと、大切にしてますよ』
『それなら貴女が悲しむことなんてない筈だ。なのに』
『リドルくん』
彼らしくない乱雑な文字を見つめて、彼の名前をもう1度書き込みます。
『私はそれでも、ずっとずっと幸せでしたよ』
その時、思わずそう書き込んでしまっていました。
ぴたりと止まった黒い日記の文字。私は確信を持ってさらに書き込んでいきます。
『やっぱり貴方は私のことを知っているんですね?』
フェインは私を覚えていてくださいました。もし、リドルくんも私を覚えていてくださるのだとしたら。
理由なんてわかりません。それでも、理由なんていらないほど、彼が私を覚えていてくれるのなら、それはとても嬉しいことでした。
ですが、リドルくんは反論するように文字を乱雑に浮かび上がらせました。
『貴女なんて知りません。だってお会いするのは初めてでしょう?』
『それならどうして、私のことを』
『……僕が知りたいくらいだ』
文字がか細く、震えているかのように思えました。
『貴女なんて知らない。貴女なんて知りもしない。
……なのに、何故僕は貴女の名前だけをずっと知っていた?』
浮かび上がった苦しそうな文字を、私は静かに見つめて、そして優しく撫でます。
『リドルくん。私は貴方と一緒にいたいです』
気付けば、私はゆっくりと願い事を書き連ねていました。
『『彼』には相談できないことも、貴方にだったら出来ました。
貴方にお話したいことが、貴方とやりたかったことが、あの後も沢山あったんです』
それなのに、貴方は『あの時』、仕方がないという風に笑って、私の前から消えてしまったのです。
私の幸せだけを願って、私のことばかりを考えて。
私のことを考えなければ、彼が生き残る道は、いくつだってあった筈なのに。
『リドルくんだって、自分のことを大切にしないといけませんよ。
…今度は、傍にいてくださいね』
私は日記の傍に寝転がります。日記を指先で撫でて、私は浅く微笑みを浮かべます。
目を閉じて、小さく、でも心からの言葉を口にします。
「それだけで、私は幸せなんですから」
ぎゅうと日記が逃げてしまわぬように抱きしめて、私は微睡みの中に落ちていきました。
その眠りは、『この世界』に来てから、初めてと言ってもいいくらいの、安心ができる、とても心地の良い眠りでした。