気が付いたら私は雪の降る、真夜中のホグワーツの中庭で呆然と立ち尽くしていました。

「え?」

困惑が私を包みます。私はスネイプ先生と一緒に眠っていたハズなのに。
そして寝る前に消してもらった不安がまたどっと津波のように押し寄せてきたのでした。

雪が私の肩に積もっていきます。眠っていた時の姿である私はネグリジェに裸足のまま、雪原の中に立ち尽くしていました。

寒くて寒くて堪りません。だんだんと身体中の感覚がなくなってきていました。

「君は…」

声をかけられ振り向くと、そこには数年前に死んだはずのダンブルドア校長先生が立っていました。

「ダンブルドア校長先生?」

言葉を発しながら、夢であることを願い、そしてその夢がなかなか覚めないことに恐怖します。

「こんばんは」

ダンブルドア校長先生が立ち尽くすネグリジェ姿の私に声をかけました。私は呆然とダンブルドア校長先生を見つめながら言葉を返します。

「……こんばんは。…少しお聞きしてもいいですか?」
「なんなりと」

校長先生は優雅に微笑みました。私は不安ゆえの喉の渇きを覚えながら問いかけます。

「私を、知っていますか」
「残念じゃが…、わしの記憶違いでなければ、君とは初対面ではないかのぉ」

恐怖がじっとりと私を包み、息苦しくなります。最悪の展開を思い浮かべてしまって冷や汗が溢れます。
避けたい質問を、確認したくない質問を私は静かに問いていました。

「……今、ハリー・ポッターは何歳ですか?」
「……彼は次の誕生日で11歳になる」

これは悪夢?

冷たい風が通って耳元に意識が移ります。彼から贈っていただいたピアスが無いことに気がついていました。

「ここに、セブルス・スネイプという教師はいますか?」
「おぉ。ここの地下牢教室に」
「彼とお会いしても?」
「…案内しよう」

ダンブルドア校長先生は一瞬だけ迷ったような気もしました。そして杖を振るうと暖かそうなローブを出して、私の肩にかけてくださいます。
お礼を言いながらも私は既に校長先生よりも先に地下牢教室の方へと足を進めていました。裸足のままの足が凍傷になりそうなほど冷え切っていましたが、それよりも、そんなことよりも、私はただ彼に、スネイプ先生に逢いたくて。

無言のまま階段を下りて、地下牢教室の扉の前に立つと、私の手が一瞬迷います。後ろから階段を下りていたダンブルドア校長先生が扉を開き、奥に向かって声をかけました。

「セブルス。君に会いたいという女性がいるのじゃが」

ハリーが今、11歳になるというのならば。ここはハリーがホグワーツに入る、それよりも前ということになります。
何故、そんなことになっているのかはわかりません。時が戻ってしまったというのならば、それなら、きっと、もしかして…。

いいえ、それはありえません。彼は、ずっと私を愛してくださると、そう言ったのですから。

声は震えます。確認したくありません。
それでも怪訝そうな顔をしながら現れたスネイプ先生に、私の意識が安堵に包まれ、そして私にはわかる困惑が浮かんだその瞳を見ながら、震える足に力を入れて、ゆっくりと言葉を紡ぎました。

「貴方は私を…、知っていますか…?」

例え、何があろうとも、スネイプ先生さえいれば、私は。

「……。いや、覚えがない」

数瞬沈黙した彼から零された言葉は、何よりも耐え難い苦痛を私に与えました。

本は閉じられて最初から?

突然。私はその場で大声を出して泣いてしまいました。ダンブルドア校長先生も、そしてスネイプ先生も突然のことに驚き、私を見ています。
それを理解しながらも私は涙を収めることが出来ません。声を抑えることが出来ません。

私は全てを失ったのです。全て、全て、何もかも。あんなに大切にすると誓った人達を失い、何も持たずに。
非情にも、無常にも。一切の慈悲なく。読み終わった本を、再び最初から読むように。

私がいた『物語』はまた同じように始まったのです!

私の目の前にいる大好きなスネイプ先生は、『スネイプ先生』という同一の存在であって、もう私の愛していた彼ではありません。
今、彼はきっとリリーさんを愛しているのでしょうし、これからもリリーさんを愛し続けるのでしょう。

私を知る人は誰もいないのでしょうか。私を娘と呼んで大切にしてくれたリーマスさんは? 
シリウスは? ハリーやハーマイオニー、ロンは? 他にも全部全部全部全部!!

「かえり、たい」

ふと零れた言葉は絶望とともに。悪夢が覚めることだけをただ願って。

これは酷い悪夢なのだと。目が覚めたらきっと私の大好きなスネイプ先生が、悪夢を思い出して泣きじゃくる私のために暖かい紅茶を淹れて下さるのです。きっと、きっと。

そんな願望を抱きながら、私の悲しみの慟哭は、声が1度枯れてしまうまで続いたのです。


†††


私がいくら泣き続けても、世界は元通りになる兆しを見せませんでした。

泣きすぎて逆に思考が透き通ってきた私は、涙を拭き取って静かに長い息を吐き出しました。

気が付けば私は校長室に連れられていました。スネイプ先生は近くにいません。
それが救いでもあり、そして私に辛さを与えていました。ダンブルドア校長先生は落ち着いてきた私に優しく微笑みかけていました。

「よければ説明をしてほしいのじゃが…」

再び深呼吸をしてから、私は校長先生から目を逸らします。出来れば話したくないことでした。話せばこの悪夢が現実になってしまうような気がしたのです。
それでも黙っているわけにもいかず、私はゆっくりと、顔を歪めながら話しだしました。

「……誰にも言わないでください。私のことを知っているのは私と貴方だけにしてください。
 あの人には、彼には何も言わないでください」

私はダンブルドア校長先生にそう約束していただいて、ゆっくりとたどたどしく説明を始めました。

自分自身がきっと異なる世界から来たこと。
ひとつ前の世界では自分は学生としてホグワーツにいたということ。
ハリーと同学年で、7年間の時を過ごした筈だということ。

『セブルス・スネイプ』という教師と恋仲になったということ。

全てを。私が説明出来うる限り、これから起こるであろう未来を話さず、自分の身に何が起きたのかを、私はダンブルドア校長先生に話していました。
黙って話を聞いていてくれていた校長先生。全てを話し終えたあと、全てを見透かすような校長先生の視線から目を逸らし、私は自分自身の指先を見つめました。

「…今の私に目的はありません。ただ、『彼』を守りたいと思います」

世界がどれほど変わろうと、愛おしい彼だけは、決して失わないように。

私がそう決心し、言葉に出すと、ダンブルドア校長先生はそこで初めて目を伏せて、どこか悲しそうな声を出しました。

「セブルスは……、君を知らないと言う」

ダンブルドア校長先生は言外に「それでも?」と私に問いていました。
どこか心が空っぽになってしまったような消失感を覚えつつも、私は浅く微笑みを浮かべながら気丈に頷きました。

「…彼は、知らないでしょうね。『彼』は私に会ったこともないのですから。
 それでも私の大切な人に変わりはありません。変わらないはずなのです」

自分の手は、学生だった時と何ら変わっていないように思えました。
それどころか、何もかも失ってしまった私には、自分の手がより一層惨めなものに感じられていました。

「私には全てを助けることは出来ません。私にはこんな小さな手しかないのですから。
 それでも『彼』だけは何があっても助けます。そう、決めました。…『今』、そして『昔』に」

選べるのが1つならば、私が選ぶのは…。

深く黙り込んだ私は、次に見つめていた自分の手を振り、思考を散らします。
短く息を吐くと、ダンブルドア校長先生がゆっくりと声をかけました。

「……君は教師だったと?」
「まだまだ新米でしたけれどね」
「これからセブルスと一緒に教鞭を取る気は?」

言葉に私は一瞬迷いました。

『スネイプ先生』と、私はまたここで一緒に教師をやっていけるのでしょうか。
『彼』と一緒にいないのに、『彼』を思い出しながら。ここで。

「……。帰る場所もなくなってしまいましたし…、そうですね。働かせて頂けませんか?」

悩んだのは意外にも数瞬でした。
小さく微笑みを浮かべていると、ダンブルドア校長先生も一瞬だけ症状を暗くさせてから、次に微笑んでくださいました。

「今日はもう遅い。医務室のベッドで眠るといい。
 明日、起きたら杖を手に入れなくては」

言われて私が杖すらも持っていないことに気がつきます。…本当に何もかもおいてきてしまったのですね。

お礼を言いながら金貨が入っているであろう小袋を受け取ると、校長先生が私の額にコツンと杖を当てました。
一瞬だけ流れる氷のような冷たさ。次には目元の熱が冷めていました。

「……これで目の腫れは取れたはずじゃ」
「………助かります」

気丈に微笑んで見せると、ダンブルドア校長先生は優しく私の頭を撫でてくださいました。
私は表情をしかめたあと校長先生に両手を伸ばし、彼に優しく抱きしめてもらったのです。


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