医務室の白いベッドの上で目を覚ました私は、ここが未だに続く悪夢の中だと知り、目覚めた瞬間に息が止まるのを感じました。

ゆっくりと身体を起こして、自分の身体を呆然と見つめます。寒さを感じて両手に息を吐きかけます。
流れてきた涙を抑える術を知らないまま、両手を摩っていると、やがて聞こえてきたマダム・ポンプリーの声で、素早く目元を拭って、なるべく元気に聞こえるような声を返しました。


†††


「改めまして。
 リク…、リク・花咲と、申します。
 諸事情ありまして、魔法薬学の助教授となりました。
 貴方には特にお世話になると思います。これからよろしくお願いいたします」

深く頭を下げたスネイプ先生は何か言いたそうな顔をしつつも、何も聞かずに頭を下げた私を見つめていました。
横にいたダンブルドア校長先生がスネイプ先生に朗らかに言葉をかけます。

「セブルス。リクは杖を無くしてしまったようなんだ。一緒にダイアゴン横丁について行っておあげ」
「……。わかりました」

スネイプ先生はそれ以上は何も問いかけませんでした。そのことに内心感謝しつつ、私はダンブルドア校長先生にぺこりと頭を下げました。

「それでは、早速行ってきますね」

声をかけホグワーツを抜けて、『姿くらまし』ができる禁じられた森の方面まで歩きます。

歩幅はスネイプ先生の方が大きくて、普通であれば私は置いていかれてしまいます。
ですが、彼は私を置いていくことなく、私と並んで歩いていてくださいました。

スネイプ先生はいつだってそうです。どれほど意地悪なことを言っても、意地悪なことをしても。最終的には不器用な優しさを見せてくださるのです。
それはやはり私がよく知る『彼』と一緒でした。

「よろしくお願いします」

森についたあと、杖のない私と『付き添い姿くらまし』をするために、片腕を軽く差し出したスネイプ先生。

一瞬だけ戸惑った私はすぐににっこりと笑顔を浮かべます。

見るからに不機嫌そうな顔をしたスネイプ先生は、私を、急に現れた私を疑っているのでしょう。
遠慮がちに乗せた私の手を一瞥したあと、『姿くらまし』しました。

遠い。遠い。浮かべた笑顔はきちんと笑顔になっていたか不安で、胸のあたりに重苦しいものばかりがのしかかってきます。
それでも、例え自分がどれほど辛くても『彼』の前だけでも笑顔でいないといけません。

意外と心配症な彼に、余計な心配をかけさせないためにも。


†††


たどり着いたダイアゴン横丁は、私がよく知るダイアゴン横丁でした。
乗せていたスネイプ先生の腕からゆっくりと手を離して、人混みを見つめていましたが、次ににっこりとスネイプ先生を見上げました。

「では、荷物持ち。お願いしますね」

向けた笑みは返されることなく、スネイプ先生は先に歩き出しました。私もそのあとに続きます。

杖も買わなくてはいけませんが、他にも日用品諸々がありません。
慣れたように店に入り、必要なものを買い揃えていくと、スネイプ先生の持つ荷物が増えていきます。

荷物が増えるのに比例してどんどん不機嫌になっていく先生に苦笑を零していると、本日メインのオリバンダーさんのお店の前にたどり着きました。

ちらりと店内を覗くと、所狭しと置かれた杖で通路がほぼ塞がっているのが見えます。
私は隣に立つ、荷物いっぱいのスネイプ先生を見つめました。

「待ってる」

短く言われた言葉に私は苦笑と共に頷きます。沢山荷物を持っていただいてとてもありがたいのですが、当時に申し訳なさも生まれます。
手早く杖を買ってしまおうと、私は店内へと足を踏み入れます。

「こんにちは。新しい杖が欲しいのですが…」

挨拶をしながら中へと入っていくと、大量にある杖の箱の影からオリバンダーさんが姿を見せました。

「新入生にしては大きいね」

目元の皺を少し歪ませて微笑んだオリバンダーさんに私は苦笑と共に近寄っていきます。

「…前の杖をなくしてしまいまして。
 ……20cmくらいの苺の木で出来た杖ってあります?」
「それが前の杖かい?」
「はい。例え同じものはないとしても、出来れば慣れたものがいいのですが…」
「ではこれを試してみてはいかがかの。
 短めでよくしなる、苺の花が入って素直で握りやすい」

そう言ってオリバンダーさんが取り出してくれたものは、とても見覚えのある杖でした。本当に以前私が使っていたものとそっくりだったのです。

もし『この世界』に『私』が存在していないというのならば、この杖も誰にも買われずに残されていた可能性があります。

握ると懐かしい感覚に指先が一瞬震え、身体の芯に静電気のような電流が通った感触を味わいます。
使い込んだあとはないものの、この杖は確かにあの時私を選んでくれた杖と同じものでした。

「…。とても、いい感じです。少し振ってみても?」

にっこりと微笑むオリバンダーさん。私は慣れたように『オーキデウス(花よ)』の呪文を唱えて、あたりに数々の花を散らせました。

やっぱり良く手に馴染んでいるこの杖は私の思い通りに機能しているようです。
生み出された花びらに頬を緩ませてから、オリバンダーさんに微笑みかけます。オリバンダーさんも満足気な表情を浮かべていました。

「君にぴったりの杖のようじゃの」
「はい。ありがとうございます」

支払いを済ませ、オリバンダーさんにお礼を行ったあと、私達は再びダイアゴン横丁の通りに出ます。

待っていてくださっていたスネイプ先生の足元には、3本の尻尾を持つ猫が彼の足に擦り寄っていました。
不機嫌そうにしながらも猫を追い払うことはしていない先生を見て微笑みが溢れます。スネイプ先生が私に気が付くと同時に、猫が気ままに私の方へと擦り寄ってきました。

しゃがみこんで猫を撫でていると、スネイプ先生がまた荷物を持ちました。
これで全ての買い物が終わった私も、立ち上がり、自分が持てる分の荷物は持ちます。

数歩近づいてきた猫に手を振ってお別れを告げ、スネイプ先生の隣に並びました。

「杖は手に入れました。あとは着替えと自分用の大鍋と…、魔法薬学の教科書は必要ですか?」
「なくても構わない。授業計画はあとで渡しておく。
 最初は1年生と2年生の授業を見てもらおう」
「はい。わかりました。ありがとうございます」

スネイプ先生に微笑みかけた私は、次に渡された小袋の中を確認します。

「このお小遣いって、給料天引きでしょうかねぇ。ついでにお菓子も買っていきたいんですけれど」
「……。あとにしたまえ」

ぴりぴりと空気を浸透して伝わる苛々としたものに、苦笑を零して彼の隣を歩きます。

「そんなに警戒なさらなくても。逃げませんよ」

言葉を零すと、スネイプ先生は鼻を鳴らしてあからさまな敵意を見せました。

「…突然、現れた者に心を許せと? 閉心術も学んでいるようですしな」
「私、閉心術を使ってますか?」

閉心術を学んだことがない私はきょとんとしてスネイプ先生にそう聞き返します。スネイプ先生は不満げに視線を細めるだけでした。
私はそんな彼の顔を見てから苦笑を浮かべます。

「えっと、私に開心術をかけていたというならば気にしませんよ。
 私自身、急に現れていきなり教師という立ち位置は怪しいと思いますし…」

…きっと悲しみが充満して心を閉ざしてしまったのでしょうね。
未だ空っぽな気がする胸元に軽く触れて、私は浅く微笑んでいました。

「貴方がかけた閉心術が効かないと言うならばそうなのでしょう。
 教えたくても教えられないことも多々ありますしね」
「どういう意味だ?」
「……教えたくても教えられないんですってば」

教えてしまえば楽にもなれるのでしょうが、全てを話すことはどうしても躊躇われてしまいます。

会話の無くなった私達。スネイプ先生が先に姿くらましをしてしまいます。
残された私は一気に不安に包まれて、慌てて追いかけるような姿くらましを行いました。


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