次に目を覚ました時、私は医務室に横たわっていました。
真っ白い部屋の中、少しだけ隣を見ると、真っ黒い彼が簡易の椅子に腰をかけて、腕を組んだまま目を閉じていました。
私は黙って彼の顔を見つめます。頬に流れている真っ黒い髪。頬に刻まれた深い皺。嫌味を言う口も、深淵のような黒い瞳も今は閉じられたままに。
瞬きすら忘れて彼の顔を見つめていると、スネイプ先生の膝の上にいたフェインが私に気がついて、大きな鳴き声を上げました。
私が微笑みを浮かべてフェインへと手を伸ばすと、少し身じろきをしたスネイプ先生がゆっくりと目を覚ましました。
「おはようございます」
声をかけると、彼は途端、不機嫌そうな顔をしました。彼は膝に乗ったフェインをベッドへと移動させると、短く「それで?」と言いました。
怒っている様子の彼にようやっと気がついた私は、隠れるように口元までシーツを手繰り寄せて、眉根を下げます。
そして私は小さく口を開いて、先程起きたことを説明しました。
その際、少しだけ内容を変えて、天文台から落ちたのではなく、中庭で倒れてしまったということにしておきました。勿論、リドルくんの事は伏せたまま、です。
話を聞き終わったあと、スネイプ先生はじとりと私を睨んでいました。
「……ごめんなさい」
シーツで顔を半分隠したまま、私は小さく謝ります。スネイプ先生は苛々とした雰囲気のまま、口を開きました。
「この蛇が我輩を呼びに来なかったら、あのまま中庭で凍死する気だったのかね?」
「……ごめんなさい」
か細い声で再び謝ると、彼は眉間に皺を寄せていました。
スネイプ先生の視線が私を捕らえたあと、その次にフェインに移りました。フェインはスネイプ先生から視線を逸らしてそっぽを向いていました。
目を伏せた私はフェインの身体を抱き寄せて、フェインにも謝罪を告げます。
「フェインも、ごめんなさい…。怖い思いをさせてしまって…」
ぎゅうとフェインを抱きしめると、ちろちろと舌を出したフェインが、静かに私の指を舐めていました。それは慰めてくれているようでした。
「休んだら戻ってきたまえ」
スネイプ先生は短くそう言って、立ち上がりました。
彼も私を置いていってしまうのです。
それに思わずはっとした私は、彼の真っ黒い服の裾を捕まえて、小さく声をかけていました。
「行かないで、ください」
私の声は想像以上に震えていて、彼がこの場からいなくなってしまうのを恐れていました。
空気が止まります。そんな我が儘言ってはいけません。
それでも、私は彼に居て欲しかったのです。離れないでいて欲しかったのです。
スネイプ先生は服を掴んでいる私の手をじっと見つめて、そして次に冷ややかな声を出しました。
「我輩は授業がある」
「……そう、ですよね」
小さな声で返事をした私は、次には諦めるように微笑んで、すぐに手を離していました。
そうです。我が儘を言ってはいけないのです。彼は、『彼』ではないのですから。
私は目を閉じ、枕に頭を埋めて、長く息をつきます。
自分の手をすがるように抱きしめて眠ろうとします。
スネイプ先生の呆れたような溜息が聞こえました。
「だから…、数分したら、行く」
溜息の後に小さく続けられた言葉と共に、再び簡易の椅子に座り直したスネイプ先生。私はぱちりと目を開けて、シーツの中からスネイプ先生を見ました。彼は私から視線を背けていました。
ぱちぱちと驚きの瞬きをしてから、私ははにかむように微笑んで、一緒に布団の中に入ってきたフェインを抱きしめて、今度はゆっくりと目を閉じました。
リドルくんは、きっと私のためを思って私から離れていってしまいました。
『まだ』一緒にいれないと言ったリドルくん。『まだ』ということは『いつか』また一緒にいることが出来るはずです。
きっと。きっと。
目を閉じたまま、耐え切れずに溢れ出した涙を、冷たい手が優しく拭い取っていきました。
目を開けずともわかります。その手は、間違いなく、愛おしい彼の手でした。
その時、私の元から飛び出した不機嫌そうなフェインが、彼の手に噛み付こうとして、彼はぱっと手を引いてしまったのですけれども。
「駄目ですよ、フェイン」
囁くように声をかけて、私はゆっくりと眠りに落ちました。