そして試験が行われる3日前。スプラウト先生からのご報告で、ホグワーツ中が少しの喜びに満ちました。
マンドレイクがほぼ成長しきり、明日には完成するというのです。早くても夕方には薬が出来て、被害者達は元通りになるでしょう。
私は自室のベッドに腰をかけて、表紙を全て隠した本を開いて読んでいました。
それは私が以前見つけた本で、そして、何度も繰り返し読んでいた本でした。
そこに私の求める答えはありません。それでも、いつか解決策が見つかるのを信じるように、何度も、何度も。
「生徒は全員、それぞれの寮に戻りなさい。
教師は全員、職員室に大至急お集まり下さい」
その時、魔法で拡大されたマクゴナガル先生の声がホグワーツに響きます。
声を聞いて私は、はたと顔を上げます。何かあったのでしょう。彼女の声は切羽詰っているように聞こえました。
私が本を閉じて、手元に置いた時、ノックの音が聞こえたあと、すぐに部屋の扉が開かれました。入ってきたのはスネイプ先生でした。
「聞こえたな?」
「はい」
短く答えて立ち上がります。滑るように歩く彼の後ろをついていき、職員室に入ります。そこには既に数名の先生が集まっていました。
そして全員が集まり、シンと静まり返った職員室で、蒼白な顔のマクゴナガル先生がゆっくりと話しだしました。
「とうとう起こりました。
生徒が1人、怪物に連れ去られました。『秘密の部屋』そのものの中です」
職員室にざわめきが走りました。私は静かに口を結びます。隣でスネイプ先生が口を開きました。
「何故、そんなにはっきりと?」
「『スリザリンの継承者』がまた伝言を書き残しました。最初に残された文字のすぐ下にです。
『彼女の白骨は永遠に、秘密の部屋に横たわるであろう』」
はっと息をのむ音が職員室に静かに響きました。
腰が抜けたように椅子に座り込んでいるマダム・フーチが震える声で静かに問いかけます。
「誰ですか? どの子が?」
「ジニー・ウィーズリー」
出された名前に、スネイプ先生の視線がちらりと私に向いたことに気がつきました。
彼は私がジニーちゃんを気にしていることを知っていたのですから。
そんな私とスネイプ先生には誰も気づかず、マクゴナガル先生は重々しく話し出します。
「全校生徒を明日、帰宅させなければなりません。
ホグワーツはこれでおしまいです。ダンブルドアはいつもおっしゃっていた……」
その時、職員室の扉がもう1度バタンと開きました。バッと先生方の視線が扉に向かいます。
そこにいたのはロックハート先生でした。そういえば、彼はまだ職員室には来ていませんでした。
「大変失礼しました、ついウトウトと…、なにか聞き逃してしまいましたか?」
にっこりと笑顔を浮かべるロックハート先生を、他の先生方がじっと睨みつけていました。
スネイプ先生が1歩ロックハート先生に近寄ります。彼は得意のとっても意地悪な声を出していました。
「なんと適任者が。
まさに適任だ。いよいよ貴方の出番がきましたぞ」
「その通りだわ。ギルデロイ。
昨夜でしたね、たしか『秘密の部屋』への入口がどこにあるか、とっくに知っているとおっしゃったのは?」
スプラウト先生が、彼女には珍しく少し意地悪なことを言います。ロックハート先生の表情が途端青白くなります。
そして最後にマクゴナガル先生が言葉を引き継ぎました。
「それではギルデロイ、貴方にお任せしましょう。
今夜こそ絶好のチャンスでしょう。誰にも貴方の邪魔をさせはしませんとも。お望み通り、好きなように」
ロックハート先生は絶望的な瞳で周りを見ますが、誰も手助けたりはしませんでした。
ちょっと可哀想に思えてきますが、隣に立ったスネイプ先生の殺気立った様子に、私も口をはさむことはせずに黙り込んでいました。
「よ、よろしい。部屋に戻って、支度をします」
きょどきょどとしたロックハート先生がそう言って、今来た道を引き返していきました。
「さてと」
マクゴナガル先生が声をかけました。視線がマクゴナガル先生に集まります。
「これで厄介払いができました。寮監の先生方は寮に戻り、生徒に何が起こったかを知らせてください。
明日1番のホグワーツ特急で生徒を帰宅させる、とおっしゃってください。他の先生方は生徒が1人たりとも寮の外に残っていないよう、見回ってください」
みなさんがそれぞれに立ち上がり、職員室を出ていきます。立ち上がったスネイプ先生の背中について、私達も職員室から出ます。
他の先生方が向かっていない廊下に進もうとして、スネイプ先生が急に私の腕を掴みました。
驚いて彼を見上げると、彼は口早に言葉を紡ぎます。
「ミネルバと共に行け」
「どうしてです?」
「……君はマグル出身なのだろう」
ぽつりと零された言葉に私はぱちぱちと瞬きをします。暫く前に言ったことですが、どうやら彼は気にしていてくださったようです。
私は特別反論することなどなく、大人しくマクゴナガル先生が歩いて行った方へと歩いていきます。
寮監であるスネイプ先生がスリザリン寮に向かい、再び階段を下りていったのをちらりと確認したあと、私はまだ誰も向かっていない上の階へと足を進めました。
スネイプ先生が心配してかけてくださった言葉ですが、私は、それよりもしたいことがあったのですから。
「……確か…」
私は記憶を手繰り寄せます。今までは近づくことが出来なかったその場所に、今日なら行けるはずだと確信していました。
そして私は4階にあるいつも壊れている女子トイレの中に入って行きます。
「あら、最近、お客さんが多いわね」
入ると女の子の声が聞こえます。声がした方に顔を向けると、女子学生のゴーストであるマートルちゃんがふわふわと漂っていました。
「こんにちは、マートルちゃん」
私は彼女に小さく微笑んで、トイレの奥へと入っていきます。
トイレの中央には手洗い場がありました。その蛇口あたりには引っ掻いたかのような小さな蛇の形が掘られています。
その蛇を指先で撫でると、それを覗き込むようにートルちゃんが漂っていました。彼女はどこか楽しそうに言いました。
「その蛇口、ずっと壊れてるの」
「そうなんです?」
きょとんとして隣の彼女を見ると、マートルちゃんは甲高い笑い声を上げました。
私は再び蛇口のすぐ傍の小さな蛇を見つめます。こほんと小さく咳払いをして、囁くように言葉を紡ぎます。
そしてまた口を閉じた時、マートルちゃんは酷く呆れたような顔をしていました。
「なにそれ」
「………恥ずかしいのであまり気にしないでください…!」
確かに蛇語を練習していた時期のありますが、『V』の発音すら覚えるのに必死だった私に、たったひと単語と言えども蛇語を話すことなど、とても難しいことだったのです。
それでも諦めきれずにもう1度、囁くような、滑るような言葉を紡ぎます。
ですが、目の前の手洗い場は何も変化はありませんでした。