その時、ぼとりと上から何かが降ってきました。
いきなりのことに驚いて肩を跳ね上がらせた瞬間、目の前に落ちてきたのがフェインだと気が付いて、彼の名を呼びます。

「フェイン!」
「しゅー」

天井を見上げるとそこには換気口が見え、どうやら彼がそこから落下してきたことに気が付きました。
目を回している様子のフェインの頭を撫でていると、ふるふると首を振ったフェインが次にまっすぐ私を見つめました。

蛇の彼がここにいるのならば。

「フェイン。ここに描かれている蛇に『開け』と言ってください」

こくりと頷いたフェインが描かれた蛇に視線を向けます。そして、フェインはすぐに短い言葉を紡いでいました。

その瞬間、蛇口あたりが眩く光り、音を立てて手洗い場が回りだしました。
手洗い場の1つが消え去ったあとに、大人1人が滑り込めるほどの太いパイプが剥き出しになりました。

それは数々の生徒や教師が探し求めていた秘密の部屋への入口でした。

私はフェインを抱き上げてから、パイプの淵に足をかけます。中は先が見えない程、暗く深くなっていました。
ふわふわと私の周りを浮いていたマートルちゃんは私に問いかけます。

「行くの?」
「行ってみます」

短く答えて、淵に足をかけるように座り、滑り台のようにパイプの中を滑り始めました。

そのパイプは何度も曲がりくねりながら、下に向かって続いています。長く長く続くパイプに、私の腕に巻き付いたフェインはぎゅうと身体を締め付けてきます。先が見えないだけに怖さが倍増します。
そして急にパイプが途切れて、私は軽く宙を浮き、驚く間もなく硬い石の床に落ちてしまいました。痛いです。

ぶつけた箇所をさすって痛みを堪えてから、私はゆっくりと立ち上がります。
フェインを肩に移動させてから、杖明かりを灯すと、暗いトンネルがずぅっと先まで続いているのが見えました。

私とフェインは顔を見合わせてから、トンネルの先を見つめました。

「急ぎましょうか」

私は短く言葉を零して、暗いトンネルの先を見つめて歩き出します。歩みは自然と駆け足になり、最後には走っていました。
くねくねと曲がっているトンネルの、太いパイプを辿って走っていきます。分かれ道になったところでは、フェインが導くように左右を教えてくださいました。

暫く走っているとついに2匹の蛇が絡み合った彫刻が施された扉が見えました。
フェインに声をかけると、彼はすぐに何か言葉を扉へとかけます。

丸い扉がゆっくりと開き、大きな空間へと出ました。空間には今までなかった明かりがぼんやりと灯っていました。
両壁には私の身体以上もある蛇の彫刻が何体も並んでいます。水の流れる音が空間を支配していました。

私の肩に乗ったフェインが部屋を進んでいる途中で、大きく鳴き声を上げました。声は反響して空間に響き渡します。

「フェイン?」

私がフェインに問いかけると、遠くから人影。その人影を見た瞬間、泣き出しそうな気持ちになりながらも駆け出していました。

「リドルくん!」

彼の名前を叫んで、呆れた表情をしながらも腕を広げるリドルくんの胸元に飛びつきます。
ぎゅうと彼を抱きしめて見上げると、リドルくんは紅い瞳を輝かせながら微笑んでいました。

「こんな所まで来てしまったんですか、貴女は」

彼の手が私の頬を撫でます。呆れたような声を出しながらも、彼は嬉しそうな顔を見せていました。
私もリドルくんを抱きしめて微笑み返します。ですが、そこで私ははたと思い出します。ここに来た目的はリドルくんに会いに来たのと、もう1つあるのですから。

「ジニーちゃんはどこです?」

問いかけるとリドルくんは途端つまらなそうな顔をしました。
私の背に軽くまわっていた手が離れ、リドルくんはある箇所を指さします。そしてそこにはジニーちゃんが倒れていました。
私はすぐに彼女に駆け寄ります。リドルくんは私のあとをゆっくりとついてくるだけでした。

青白い表情をするジニーちゃんのすぐ傍に膝をついて、彼女の口元に手を翳します。
か細いながらもまだ呼吸はしています。私の後ろまで来て立ち止まっているリドルくんに振り返って、私は口を開きました。

「ジニーちゃんを元に戻してください」
「………何故?」
「何故って…」

問いかけてくるリドルくんに私は一瞬きょとんとしてしまいます。

日記に魂だけの存在であるリドルくんは、今現在、ジニーちゃんの魔力を吸って実体化しています。
まだまだ学生の彼女にリドルくんを支えられるだけの魔力はありません。
ジニーちゃんを元に戻さず、このままにしていては彼女は死んでしまうのですから。

膝をついたままの私を、リドルくんは手を取って立ち上がらせて、そして彼は真正面から私のことをぎゅうと抱きしめました。

私は困惑を覚えて自身の両手を彷徨わせます。肩口に顔を埋めるリドルくんが静かに言葉を零していました。

「ジニーを元に戻せば、僕が消えてしまう…。貴女と一緒にいられなくなってしまうじゃないですか」

声に私は小さく息を吸って、そして困惑したままリドルくんを少しだけ抱きしめ返しました。

「それでも、です。ジニーちゃんを元に戻してください。
 私がリドルくんに魔力を、」
「駄目だ」

私の言葉を遮ってリドルくんが声を上げました。彼の私の抱きしめる力が強くなります。男の子の力なだけあって、それは痛みすら感じるくらい強いものでした。

「貴女が言ったんですよ。僕の傍にいたいって」

彼の悲痛な声に、痛みを訴えることも出来ずに、ただ黙ってしまいます。
少ししてリドルくんは腕の中の私の顔を見て、泣き出しそうな微笑みを浮かべていました。

「もう少しで、ずっと傍に居られるようになるんです」

その言葉はとっても魅力的な言葉ではありました。待ち望んでいたことでもありました。でも。

私が口を開こうとした瞬間、この空間に人影が飛び込んできました。

「ジニー?」

問いかけるような声に振り返ると、ハリーの姿がありました。

「トム…、トム・リドル?」

戸惑うように、それでも今回も彼はきちんと日記を手にしたことがあるようで、リドルくんの姿を見て戸惑うように声をかけます。
リドルくんは私の身体をゆっくりと離して、ハリーに向き直ります。ハリーは戸惑いつつも、床に倒れているジニーちゃんに駆け寄りました。

ジニーちゃんの安否を確認するハリーをリドルくんはただ見下ろしています。

「その子は目を覚ましはしない」
「そんなことはありませんよ」

私はリドルくんの言葉を遮るようにそう言って、ハリーのすぐ隣にしゃがみこみ、眠っているジニーちゃんの額を撫でます。
 
「彼女はまだ生きています」

真剣な私の前で頷くハリー。その空間にリドルくんの声が冷たく響きます。

「どうして邪魔をするんですか。リク…先生?」

付け足すように告げられた戸惑うような『先生』の敬称。私は先程言おうと思った言葉を紡いでいました。

「リドルくん。私は貴方と一緒にいたいです。でも、誰かを犠牲になんて出来ません。
 私は、今度こそ全部を守るのです。貴方も含めて、全部を」

私は理想を口にします。『前』は出来なかったそのことを、私は口にします。
目の前のリドルくんはただ微笑んでいました。いつもと変わらないはずなのに、その笑顔は酷く悲しげに見えました。

「でも、そんなこと、出来なかったじゃないですか」

ちくりと私の心を痛めるその言葉。実際に私は、自らたった1人だけを選んでしまったのですから。

そんな話をしている私達の横、焦った様子のハリーは少し苛々としたような顔をしながら、リドルくんと私を交互に見ていました。

「トム、リク先生。急いでジニーを運び出さないと。
 もしもバジリスクが来たら」
「呼ばれるまでは来やしない」
「なんだって?」

聞き返すハリーはまだリドルくんの正体を知りません。
リドルくんはじっとハリーを見つめていました。そして、彼は瞬きのあとに、ゆっくりと声をかけました。それは何かを決めたかのような声でした。

「……やっぱり、全てを守るのは無理なんですよ。選ばなくちゃいけない時は必ず来る」

そう言ったリドルくんはハリーににっこりと笑顔を向けてから、この1年間に会ったことを、答え合わせのように滔々と語りだしました。

ジニーちゃんに心を開かせるために熱心な友人を演じていたことを。
本体である日記に心を注いでいったジニーちゃんはいつしかリドルくんに操られていたことを。
そしてジニーちゃんが『秘密の部屋』開け、秘密裏のままバジリスク達に生徒達を襲わせていたことを。

表情に驚愕を乗せていくハリーの前で、リドルくんは空中に『TOM MARVOLO RIDDLE』の文字を浮かばせました。
文字達はひとりでに動き出し、組み変わっていきます。『I AM LORD VOLDEMORT』と。

「わかったね」

囁くようなリドルくんの声。ハリーの息をのむ音。リドルくんは楽しそうににっこりと笑っていました。

「僕は自分の名前を自分で付けた。ある日必ずや魔法界のすべてが口にすることを恐れる名前を。
 僕が世界1偉大な魔法使いになるその日が!」
「違うな」

静かに反論したのはハリーでした。リドルくんの笑みがぴたりと凍ります。

「何が?」
「君は世界一偉大な魔法使いじゃない。世界一偉大な魔法使いはアルバス・ダンブルドアだ」

ハリーがそう宣言したと同時に。私の記憶と同じように、どこからともなく歌が聞こえてきました。


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