白鳥ほども大きな、炎のように真っ赤な鳥がその足に組み分け帽子を持っていました。ダンブルドア校長先生の飼っている不死鳥、
「フォークス」
不死鳥の名前を囁く私。早く、なんとか、どうにかしないと、このままでは。
「僕は選びましたよ、リク先生。貴女も早く選んでください」
焦り始める私に、リドルくんは至極優しげな声をかけました。
私の頭上をフォークスが飛び回っていました。それはなんだか私を監視しているかのようで、なんだか砂を噛んだかのような不快感が身体を包みます。
警戒した顔を浮かべるハリーが、遠くで何か黒いものが動き出したのを見て、私達から離れて駆け出します。
フォークスがハリーを守護するかのように彼のあとを追いかけていきます。視界の端でバジリスクが現れるのを感じ取ります。
そんな中でも、私とリドルくんの間だけ、まだ動きがありませんでした。
「……リドルくん」
小さく、彼の名前を呼びました。リドルくんはこの名前を嫌っていたけれど、私は1度も彼を『ヴォルデモートさん』とは呼びませんでした。
私にとって『ヴォルデモートさん』は別の人なのです。そのことをリドルくんも理解していて、彼は決して私に名前の強要はしませんでした。
リドルくんとそう呼べば、いつでも私にその赤い瞳を向けてくれました。いつでも私を助けてくれました。いつでも私の味方でいてくれました。
なのに。
「私は、私は自ら望んで、教師になったんです」
私は今回も、選んでしまうのです。
「だから、私は…、教師は、生徒を守らなくては」
昔と、同じように。
「………そう」
一言だけ答えたリドルくんは彼は今までに見せたことがない程に、とても寂しそうな顔をしていました。
私の肩に乗っていたフェインは今までじっと黙っていましたが、私が心を決めた瞬間、肩から滑り降りてフォークスと同じようにハリーの元へと這っていきました。
小さな身体で何百倍もあるバジリスクに向かって、威嚇の声を上げています。
私とリドルくんは黙って見つめ合っていました。動き出したのは私の方が先でした。
泣き出しそうになりつつも、決して泣くわけには行かず、私は固く目を閉じているハリーとバジリスクの間へと立ちはだかります。顔色の真っ青に変えたのはリドルくんでした。
「リク!」
リドルくんの声が響く中、真っ直ぐに金色の爬虫類の丸い瞳を捉えます。バジリスクと直接目を合わせたものは死んでしまいます。ですが、『昔』と同じように私の鼓動は止まることなく動き続けていました。
確証はないながらもそれを『知っていた』私はバジリスクに怯えることなく、杖先に炎を灯します。そして唱えた『インセンディオ(燃えよ)』の呪文。バジリスクは炎を嫌がるようにじりじりと後ろへと下がっていきました。その瞬間、バジリスクの悲鳴。炎に怯えていた隙に、フォークスがバジリスクの両の目を貫いていたのです。
「もう目を開けても大丈夫ですよ」
私は声をかけて、尻餅をついてしまった様子のハリーの腕を引きます。
恐る恐るといった風に目を開けたハリーの手には、しっかりとフォークスが持ってきていた組み分け帽子が握られていました。
「その帽子を手放さないでください」
「先生は」
「きっと、貴方なら出来ます」
困惑と恐怖を浮かべるハリーの問いかけに、私は答えになっていない言葉を返します。
だって私は知っているのですから。例えこの空間に私がいなくとも、彼は『出来てしまう』ことを。
私は不安げなハリーを置いて、両目からだらだらと血を流す痛々しいバジリスクに向かって駆け出します。
確かに私は戦うことは不得手です。ですが、だからといって、戦えない訳ではないのです。
「『インセンディオ(燃えよ)』!」
炎を巻き起こし、バジリスクを遠ざけていきます。ですが、致命傷には至らずに、殺意を増していくバジリスクが私を攻撃するスキをずっと伺っていました。
「リク先生!」
バジリスクの牙が私のすぐ傍を掠めた時、ハリーの声が響きました。私は若干よろけそうになった瞬間に、私のすぐ横から抜けていくハリー。私が驚きに目を開くと、ハリーの手にはいつの間にか銀色に輝く剣が抜かれていました。グリフィンドールの剣です。
はっと息をのんだ瞬間、ハリーは剣をバジリスクの口内へと突き立てました。一気に溢れ出すどす黒い血がハリーを染めていきます。
慌ててハリーの近くへと駆け寄ると、動かなくなったバジリスクの大きな頭を避けて、ハリーが下から出てきました。
そしてその次の瞬間、不死鳥フォークスがハリーの頭上を飛び、這い出てきたハリーの膝の上に、黒い日記をぽとりと落としました。
ハリーのすぐ傍にはバジリスクの折れた牙。恐ろしい記憶が蘇るのと同時に私の杖先が咄嗟に牙へと向かいます。
ですが、私よりも先に、ハリーはバジリスクの牙を黒い日記に突き立てていました。
耳をつんざく悲鳴。日記からは真っ黒いインクが激流のように溢れ出していきます。床に真っ黒いインクが広がっていました。
そして、悲鳴が霞むように小さくなっていき、リドルくんは、消えていってしまいました。
私は呆然と、彼の『3回目の死』を見つめていました。リドルくんの消えていった場所を静かに見つめ続けます。
浅い呼吸を繰り返しながらじわじわと襲い来る胸の痛みに耐えていました。こうなることは、知っていたというのに。こうなることは、わかっていたはずなのに。
「…あの、リク先生…?」
現実に戻ってきたのは、ハリーがおずおずと声をかけた時でした。ハリーの肩には毛づくろいをするフォークスの姿。彼の手にはインクで染まった黒い日記。そして私の足元にはいつのまにかフェインが心配そうに私を見上げていました。
はたと私はハリーに振り返って、小さく微笑みを浮かべました。少し屈んでフェインの頭を撫でてから持ち上げて、私の肩に乗せます。
「お怪我はありませんか?」
「…はい。大きな傷はフォークスが治してくれたんです」
「不死鳥の涙には癒しの力がありましたもんね」
私は小さく呟きます。そこで部屋の隅で聞こえた声に視線を向けると、ジニーちゃんがゆっくりと身体を起こしていました。
私とハリーはすぐにジニーちゃんに駆け寄ります。ジニーちゃんはハリーの顔を見て、私の顔を見て、次にバジリスクの死骸を見ました。
そしてぼたぼたと涙を溢れさせます。泣きじゃくりながら謝るジニーちゃんを抱きしめ、よしよしと頭を撫でて、私は出口を見ます。