「リク。部屋の外で待っていてくれるかのぅ。少しハリーと話したい」
「はい。わかりました」

私は大人しく返事をして、校長室の前に出ます。2体のガーゴイルの、片方の足元に座って時が流れるのを待ちます。2体のガーゴイルも石像よろしく私に話しかけてくることはありませんでした。

少しすると、広い廊下に響く靴の音が聞こえてきました。廊下の先を見つめていると、どこか苛立った様子のルシウスさんが後ろに屋敷しもべ妖精のドビーを引き連れて、足早に歩いてきました。
私は立ち上がって、ルシウスさんに小さく頭を下げました。

「初めまして」
「君に用はない」

ルシウスさんは冷たくそういうと、校長室の中に入っていきました。私は再び座ることはせずにずっと立ったまま待っていました。

するとすぐに、入っていった時以上に苛々としているルシウスさんが荒々しく校長室から出てきました。
そしてそれを追うように飛び出してくるハリーの姿。

「マルフォイさん! 僕、貴方に差し上げるものがあります」

そう声をかけるハリーの手には穴の空いた黒い日記。ルシウスさんは怪訝そうな顔をしつつ、ハリーから押し付けられるように渡された黒い日記を手にしました。
黒い日記には何故か泥々に汚れた靴下が挟まれていました。それを見つけたルシウスさんの怒りに満ちた顔。

「君もそのうち親と同じに不幸な目に遭うぞ。ハリー・ポッター」

口調だけは酷く柔らかに、ルシウスさんは中に入っていた靴下を投げ捨てて、踵を返しました。

「ドビー、来い。…来いと言ってるのが聞こえんか!」

命令を下されたドビー。ですがドビーはその場から動く気配を見せませんでした。
ドビーは先程の汚い靴下を、それがとっても大切なもののように握り締めています。彼は呆然と呟き始めました。

「ご主人様がドビーめにソックスを片方くださった…。
 ご主人様が投げてよこした。ドビーが受け取った。だからドビーは…自由だ!」

屋敷しもべ要請は、主から衣服を渡された瞬間に契約が切れて、自由の身となるのです。
ルシウスさんが放り投げた靴下が、そのままドビーの手に渡ったのでしょう。

その瞬間、ドビーはルシウスさんの契約から解かれたのです。状況を理解したルシウスさんがさらなる怒りを見せます。

「よくも私の召使を!」

目の前のハリーに飛びかかろうとしたルシウスさん。ですが、その瞬間にドビーがその細い指先をルシウスさんに向けて叫びました。

「ハリー・ポッターに手を出すな!!」

途端大きな音がして、ルシウスさんの身体が吹き飛びます。
つい、杖を抜いてしまっていた私ですが、どうやら出番はないようです。

厳しい顔をしながらも、それ以上何も言わずに踵を返したルシウスさん。私は静かに杖をしまってドビーと何かお話ししているハリーを少し離れた所で見ていました。
やがてドビーがぱちんと指を鳴らして、姿くらましをします。屋敷しもべ妖精だけは、姿くらましが出来ないとされている場所でも、姿くらましが出来るのです。

ドビーに合わせて片膝をついていたハリーが立ち上がります。私はハリーに近づいて、そして地面に落ちていた穴の空いた黒い日記を拾い上げてから、彼に声をかけました。

「皆さん、そろそろ大広間に集まりはじめていると思いますよ」

ハリーは私をじっと見つめ返していました。

「先生は?」
「私はこれをダンブルドア校長先生へ」

私は大きく穴の空いた日記を軽く掲げます。もう1度日記に視線を落として表紙を撫でました。
選んで、そして見捨ててしまった、私の友達。

「どうしてリドルと一緒にいたんですか?」

ハリーはじっと私を見て問いかけていました。彼は疑うように私を見つめています。私はにこりと微笑みかけました。

「彼を、助けられたらと、思っていました」

黒い日記の、大きな穴は、まるで私にも開けられたかのように。

「でも、それも昔のことです」

私はそう呟いて、ハリーに杖を向けました。一瞬警戒したような視線を向けるハリーに、私は得意の『スコージファイ(清めよ)』をかけて、泥に塗れていた彼の顔や衣類を綺麗に整えます。
流石に疲労までを綺麗にしてあげることはできませんが、宴会に出れば楽しくなって疲労も少しは忘れられるでしょう。

「宴会を楽しんで来てくださいね」

ひらひらと手を振ると、ハリーは再び私をじっと見つめたあと、律儀に頭を下げてから大広間へとかけていきました。

昔の友達の背中を見送って、私は黒い日記を持って校長室の扉を開きました。


†††


「ダンブルドア校長先生」

声をかけると、ダンブルドア校長先生は半月型の眼鏡の奥で、いつものように優しげに微笑んでいました。
彼が示すように対面の椅子に腰を下ろすと、彼はゆっくりと話し出します。

「リドルと面識が?」
「彼とはお友達だったので」

私は簡潔にそう答えて、膝の上に載せた黒い日記を優しく撫でます。ダンブルドア校長先生はじっと私を見つめていました。

「……リドルを助けようとは思わなんだね?」
「薄情だと思います?」

ずるい私は質問に質問で問い返しました。

私は、結局は彼を止めることができなかったのですから。
あんなにも助けてもらっていたのに。あんなにも、私を大切にしてくれていたのに。

「………昔はもっと多くを…。それこそヴォルデモートさんですら救いたいと思っていたんですけれどね」
「愛じゃの」

ダンブルドア校長先生は優しげな瞳をしてそう言いました。私はその視線から逃れるように目を逸らします。

「………そんな言葉で表せられる感情じゃないです」

拒絶するかのようにきっぱりと告げて、私は黒い日記を抱きしめます。
私も確かに彼が大好きでした。でも、私は選んでしまったのですから。

「闇の魔術に対する防衛術の教師をまた探さなければのぉ」

急に変わった話題に、私は静かな瞬きを繰り返してから、にこりと笑みを返しました。

「そんな事を言って。実はもう決まっているのでは?」
「君は既に知って?」

ふふと笑うとダンブルドア校長先生は朗らかに微笑み返して下さりました。私はいずれ会えるであろう大切な人を思います。
来年、やっとリーマスさんに会えるのです。

「彼は私を知らないでしょうけれど、それでも私は会えるのを楽しみにしてます。とても、とても」

今はもう父親ではなくなってしまったのだけれども。私にとって彼は大切な人なのですから。

「ならば話は早い。君とセブルスに脱狼薬の調合をお願いしたい」
「任せてください。私の研究分野なんですから」

にこりと微笑んで、私はようやく黒い日記を手放して、ダンブルドア校長先生の前に置きます。
内心でお別れを告げていると、ダンブルドア校長先生が小さく首を振って、黒い日記を私の方へと押し戻しました。
きょとんとしていると、ダンブルドア校長先生はにこりと微笑みを浮かべていました。

「これは君が持っているといい。リドルはそう望んだのじゃろう?」

言葉に瞬きを繰り返します。私は何かを言うことも出来ず、ただ寂しげに笑みを返す事しか出来ませんでした。

抱きしめた黒い日記は、穴の空いたまま。


(秘密の部屋)


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