夜の見回りに出かけます。順々に回っていき、最後に玄関あたりまで来ると、私が見て回ってきた方向とは反対側からスネイプ先生が現れました。
いつものように合流した私達は次に玄関を抜けて、ホグワーツ城の周りを並んで歩きます。禁じられた森周辺も、念入りに。
見回りながらのんびりと会話をする私達。不意にある事を思い出した私は隣のスネイプ先生を見上げて、少し意地悪に笑いかけます。
「ふふ。ここまでの見回りはホントは要らないらしいですね」
それはこの前、他の先生方に聞いたこと。ホグワーツ城の周りは見回るけれども、禁じられた森付近までは見回っていないということ。
そして気付いたのは、私達の見回りだけは、少し長めに行われているということでした。禁じられた森付近を回る、その少しの間だけ。
「生徒が抜け出して禁じられた森に行くかもしれない」
「そーゆーことにします」
照れを隠すためにむすとした表情をするスネイプ先生の隣で幸福感に満ちている私は微笑みを浮かべます。
昼間の校内は、どうしても生徒達の目線を気にしてしまって、並んで歩くことは出来ても、手を繋ぐことは出来ませんし、お話の内容も気をつけなくてはいけません。
でもここには、私達ふたりしかいません。星空も三日月も、夜の静けさだって私達を邪魔したりなどしないのです。
折角なので手を繋いでもらうため片手を伸ばそうとした時に、ちらりと私を見たスネイプ先生が先に片手を上げていました。
「Ms.が転ぶといけない。手を」
どうやら、スネイプ先生も私と同じことを考えてくださっていたようです。適当な口実も今は嬉しくなります。
にこにこと笑った私は差し出された彼の手を握って、それから彼に寄り添って、ふたりして歩調を落として、のんびりと歩き出すのです。
玄関の階段を踏み外しそうになった私は、とたとたと一瞬だけふらついたあと、転ぶこと無く体制を立て直しました。あぶない、あぶない。
その私の様子を少し先で歩いていたスネイプ先生が振り返って呆れた顔をして見ていました。
「気をつけたまえ」
「はーい」
呑気に返事をして残りの階段を降りて行きます。そこから遠くに見えるのは門の位置で待機する吸魂鬼達でした。
「流石に見える場所に吸魂鬼が居るのはいい気分はしませんね」
ほんの数日前。アズカバンにて収監されていたシリウス・ブラックが、看守である吸魂鬼達の目を潜り抜け、脱獄を果たしました。
難攻不落とまで謳われていたアズカバンからの脱獄者に、魔法界は大いに驚き、そしてかつて無いほどの警戒をしていました。
このホグワーツも例外ではなく、魔法省の方針等もあり、ダンブルドア校長も渋々と吸魂鬼達を見張りとして置くことを決定したのです。
吸魂鬼達はホグワーツ城そのものに近付くことは決して許されてはいません。
それでも、これだけ離れた距離でも、見える位置にいる『恐怖そのもの』にはいい気分はしませんでした。
スネイプ先生の視線が遠くの吸魂鬼に向けられ、すぐに私へと返ってきました。再び歩き出そうとする私を止める声。
「その先は森だ。見回りは必要ない」
「……。はい」
数瞬遅れた後に返事をする私。
この先の見回りも必要だと言ったのは『貴方』なのに。
一瞬だけ不満げに思った私でしたが、次には置いて行かれないようにと、足早に彼の背中を追いかけていました。
†††
魔法界が脱獄者にざわつく中、夏休み終わりと同時に新しい闇の魔術に対する防衛術の先生が訪れました。
生徒達と一緒にホグワーツ特急に乗って、やって来た『彼』は、到着して早々忙しそうに校長室へと駆けていきました。
それもそうで、ホグワーツ特急が途中で吸魂鬼に襲われ、生徒達がとても怖い思いをしたというのです。
前もってふくろうが運んできた手紙で話を聞いていた教師陣の表情が険しくなります。
吸魂鬼達には校長先生自ら命令を出している筈ですが、彼らとの意思疎通は酷く難しく、完全に制御することは出来ないのです。
生徒達と共に彼がホグワーツに到着した後も、お話するタイミングもなく、あれよあれよという間に大広間での新入生の組み分けの儀式が始まってしまいました。
「やぁ。久しぶりだね。セブルス」
そうして、校長先生のお話も終わり、沢山のお料理が現れた時、スネイプ先生のお隣に座っているリーマスさんが朗らかにスネイプ先生に話しかけました。彼らは同級生なのです。
スネイプ先生は隠そうともせずに心底嫌そうな顔をしています。
苦笑を零した私は、思わずスネイプ先生の腕にぽんと触れて声を掛けてしまいます。
「ご友人は大切にしないといけませんよ?」
「誰が」
とっても不愉快そうな声音による即答に私の苦笑が重なります。
そしてリーマスさんの視線が私に向き、それに気付いた私は、彼と待望のご挨拶をします。
「初めまして。私はリーマス・ルーピン」
「初めまして。リクと申します」
にこりと微笑むリーマスさんとの『初めまして』に私も頬が緩みます。
今はただ一方的ではありますが、私はリーマスさんが大好きなのですから。
「驚いたよ。セブルスの助手を?」
「ふふ。まだまだ未熟者ですけれどね」
私はそう返して、にこりとスネイプ先生に笑いかけます。スネイプ先生は何も反応してはくれませんが、それはいつもと同じなので私も対して気にしません。
リーマスさんはそんな私達の様子を見て、苦笑を浮かべていました。
「セブルス、女性には優しくしないといけないよ」
「女性…?」
「素直に怒りますよ」
ようやっとこのタイミングで私に視線を向けたスネイプ先生に、私はぷくりと頬を膨らまします。
ちょこっとムカついたので、そっぽを向いていると、テーブルの上の料理がいつの間にかデザートになっていました。
それにはたと気が付いて手を伸ばそうとすると、隣から差し出されるデザートの乗ったお皿。
その皿を差し出したスネイプ先生をちらりと見ると、彼は意地悪そうな顔を浮かべています。
「どうぞ」
「わぁ、ありがとうございます!」
意地悪のつもりなのでしょうが、素直にお礼を言うとスネイプ先生は見るからに不機嫌そうになりました。ふふ。珍しく私の一勝です。
勝ち誇ったように笑っているとスネイプ先生からの厳しい視線。隣でリーマスさんが短く笑っていました。
†††
「案外すぐに懐いたようで」
歓迎式が終わり、地下牢教室に戻ってきた時、不意にスネイプ先生がそう言いました。
「…。そんな風に見えました?」
おどけた声を返す私ですが、スネイプ先生の言葉は事実でしょう。私はリーマスさんに会う前からリーマスさんのことが大好きなのですから。
確かに今、彼は私のお父さんではなくなってしまいました。でも、それでも、とっても、とっても大切な人には変わりないのです。
私はからかうようにスネイプ先生を見上げました。
「あれ。もしかして嫉妬してくださってます?」
「脱狼薬は君の専門分野だ。君が調合したまえ」
話は逸らされたかのように思えました。ふふと笑った私はいつものように使用済みの試験管類を洗い始めました。
使ったら最後に洗ってしまえばいいのに、その試験管達は幾分多めに積み重ねられていました。
スネイプ先生も、私がこうやって洗うようになってからますます彼自身は洗い物をしなくなったような気がします。
大量の試験管達に順序よく『スコージファイ(清めよ)』をかけながら会話を続けます。
「言われずともそのつもりですよ。
ですが、貴方の助けも借りようと思っていますから」
脱狼薬は私が今まで研究してきたものではあります。何度も繰り返し、改良を重ねつつ調合をしています。
それでも、魔法薬の調合自体はやっぱりスネイプ先生の方が上手なのです。
不服げにふんと鼻を鳴らすスネイプ先生に私は苦笑。
私は思わず囁くように声をかけていました。
「………彼とも仲良くしてくださいね。同僚さんなんですし」
好きな人と好きな人が仲良くしているのは、とっても幸せなことです。
ですが、見るからに嫌そうな顔をするスネイプ先生を見るに、それはとっても難しいことのようでした。