あぁ、そうです。薬も自分で作らなくてはいけませんね。
戻ってきたあと、荷物をひとまず地下牢教室に置かせていただき、うんと背伸びをしたところで、私はふと自分が飲用している薬のことを思い出しました。
翻訳薬もここには持ってきていませんし、呪文ではいざという時に急に話せなくなる可能性があります。
「場所、お借りします」
見えた範囲にあった手頃な大鍋を用意して、必要な材料を持ち出してきます。
記憶を辿って、甘い方の翻訳薬の材料を並べていると、私達が買って来た荷物を置いてきたスネイプ先生が、興味深そうに私が並べた魔法薬を見ていました。
「何を?」
「翻訳薬を作ろうと思って。
実は私、英語を全然話せなくて。この薬に頼っているんです。
少し魔法薬を使わせてください。あとでちゃんと補充しておきますから」
スネイプ先生は私の言葉に無言を返します。了承を得たのだと思って、不機嫌そうなスネイプ先生に私はにっこりと笑みを向けました。
薬草棚で残りの必要な薬草を探しているうちに、何も入っていない、とても見覚えのある瓶が目に入りました。
私は蓋が緑色の瓶を、思わず手に取っていました。これも…、暫くお借りしましょう。
自分で翻訳薬を作るのは酷く久しぶりです。甘い翻訳薬の作り方は教わっていました。
ですが、私が教師になってからもずっと、我が儘を言っていつも作って貰っていたのでした。
面倒そうにしながらも、毎回作ってくださる『彼』に、私は甘えてばかりでした。
並べた魔法薬に、新しく手に入れた杖をかざします。大鍋に火をかけながら、必要なものを刻んで順番に煮詰めていきます。
じぃと私の手付きを見ていたスネイプ先生が不意に言葉を零しました。
「………この方法をどこで?」
「え?」
あなたにおしえてもらったんですよ。
思わず声に出しそうになった言葉を抑えて、私は作業を再開させながら、微笑み返しました。くるりと鍋をかき混ぜます。
「…、私に魔法薬学を教えてくださった人が、私のために。
毎日飲むにしては美味しくないじゃないですか、この薬。
なので我が儘を言って改良していただいたんです」
かき混ぜ続けていた液体に、やがて小さな粒が生まれます。その小さな粒を潰してしまわないように続けていると、液体がすぅと消えていって金平糖型の薬だけが残っていました。
「魔法薬の腕は確かなようですな」
感心したかのような言葉を零すスネイプ先生に私の頬が緩みます。
ついつい自慢したくなって、私は教師になってから本格的に研究を始めた脱狼薬のことについて話しだしていました。
「ちなみに今は脱狼薬を主に研究しています。
今は苦味を抑えた脱狼薬と、効能を強くして1度の飲用を少なくすることを目標に研究を進めています」
「…何故、学会に発表していない?」
どうやら話しすぎてしまったようです。『前』も学会には発表していないということもあり、ただ苦笑が溢れます。
「……それほど無名だったんですよ。そして私自身もまだまだ未熟者ですから。
それに…、悲しいことですけれども、脱狼薬自体もそれほど重要視されてませんからね」
瓶の中にカラコロと綺麗な音をたてて翻訳薬を入れていきます。傾けると約1ヶ月分の翻訳薬が狭い瓶の中を転がります。
「自分で作っておいてなんですけれど、これは本当に綺麗ですねぇ」
スネイプ先生は尚も興味深そうに翻訳薬を見ていました。
私はふふと微笑みを零しながら、先生に笑みを向けます。
「食べてみます?」
作った金平糖型の翻訳薬を1つ取り出して、スネイプ先生に向かって差し出しました。鼻で笑うスネイプ先生。
「遠慮しておこう」
「そうですか」
彼が甘いものを好まないことを知っている私は、特に気にすることもなく、取り出した1粒をそのまま自分の口に運びます。
口に広がる本物の金平糖のような甘さに私の頬が緩みます。
「うん。我ながらいい出来です」
自画自賛して翻訳薬に蓋をします。
綺麗な輝きに、蓋をします。
†††
遅めの昼食を取ったあと、私はスネイプ先生の隣を歩きつつ、ホグワーツの中を案内してもらっていました。
珍しく城内には生徒の姿が少なく、すれ違うことがありません。外には寒そうな雪がしとしとと降り注がれていました。
「今はクリスマス休暇中なんですね」
「正式な発表は休暇後ということになる」
「了解です」
主要な教室を案内してもらいつつ、動く階段に気をつけていると、スネイプ先生が階段を上りながら私に声をかけました。
「場所がわからなくなれば近くの生徒にでも聞きたまえ」
「ひとまずは大丈夫ですよー。道を覚えるのはまだ得意な方なんで」
少なくとも7年以上ホグワーツで暮らしていたのですから、全てをわかっていなくとも主要の教室はわかっています。
スネイプ先生の横に並んで案内を続けてもらっていると、時折すれ違う生徒に興味の目を向けられます。
にこりと微笑んで手を振ると、目があった生徒達は照れくさそうに手を振り返してくれました。
「編入生だと思われているのでは?」
軽く鼻で笑いながら告げられたそれに私は苦笑を零します。残念ながら自信を持って反論することができなかったのです。
「まぁ、私もここの上級生と数年しか年が違いませんからねぇ」
早く教師になりたかった私は、卒業した後もホグワーツに残り、勉学を続けながらすぐに教師へとなりました。
生徒とあまり年齢の変わらない私は、よく生徒と一緒にお茶会を開いたりしていました。
「教師としての威厳がないようであれば困るのだが?」
「貴方の傍にいるならば心配するほどのことではないでしょう?
ほら、また怖い顔をしてますよ」
ちらりとスネイプ先生を見上げて笑うと、彼は私と視線を合わせないまま、ふんと鼻を鳴らしました。
「……普通だ」
「それは失礼いたしました」
†††
何日かするとクリスマス休暇が終わり、ホグワーツ特急が訪れました。、ホグワーツの中に賑やかな生徒の姿が沢山見られるようになりました。
大広間でスネイプ先生のお隣の席に座っていると、生徒達の興味津々の目が時折私を捉えていました。
「今日はみなにお知らせがある」
大広間に全ての生徒が入ったあと、校長先生が立ち上がり、いつものように短い掛け声と共に夕食が現れるかと思いきや、彼は微笑みを浮かべながら私のことを紹介してくださいました。
「数日前から気になっている生徒もいるようじゃが、今日からリク・花咲先生が、魔法薬学の准教授としてホグワーツに勤務されることとなった」
一斉に向けられた生徒達の視線に答えるように、小さく頭を下げます。
拍手の音で迎えられて頬が緩んだ私がふにゃりと微笑んでいると、隣のスネイプ先生が呆れたような顔をしていました。気づいて表情を引き締めます。
そしてダンブルドア校長先生の挨拶も終わり、今まで空だった大皿に豪勢な料理が並びます。
現れた美味しそうな食事に、それでも手を伸ばさないでいると、スネイプ先生と反対隣に座っているマクゴナガル先生が幾分心配そうな顔を私に向けていました。
「リク。緊張していますか?」
「え? えっと…、少しだけ」
「食事の手が止まっていますよ。若いんですから、沢山召し上がって」
「ふふ。ありがとうございます。でも、お腹いっぱいで」
「食べられるものだけでもお食べなさい」
「はーい」
笑顔で返事をしてみたものの、『この世界』に来てから依然食欲が湧いてきません。
未だに自分の置かれている状況に混乱しているのだろうと、自己分析を進めても…解決策は一向に見えてくる気配はありませんでした。
気分を落ち着かせるためにも私は小さく息を吐いてかぼちゃジュースに口をつけます。
そして生徒を眺めていると時折見覚えのある姿が見えて懐かしさに目を細めてしまいました。
中でもグリフィンドールの机に座っている面々はやはり見覚えが強くて、楽しそうに笑っているフレッド先輩やジョージ先輩に視線が移ります。
ハッフルパフのテーブルには今は6年生のトンクスさんの姿も見えて、私は頬を緩ませます。
トンクスさんは夕食を食べながら髪の色を変化させて、周りの友人達を楽しませていました。
将来、私のお母さんになる筈の人が、私よりも若いだなんて。不思議な感覚がしてしまいます。
……あれ? でも、今の私は、リーマスさんの娘でもないんですっけ。
「なくなりますぞ」
不意に声をかけられて、私は目の前の皿がいつの間にかデザートに変わっていることに気がつきます。
ちらりとスネイプ先生を見ると、彼は一切デザートの皿には手を伸ばそうとはせず、ただゆっくりとスープを口に運んでいました。
「甘味は好きなのでは?」
「え、あ、はい。大好きです」
「何か胃に入れておきたまえ」
きっと彼も私が殆ど何も口にしていないのに気が付いているのでしょう。
やっぱり心配症な彼に苦笑を浮かべながら、私は現れた生クリームたっぷりのケーキに手を伸ばしました。