私は洞窟の中に足を踏み入れます。洞窟は薄暗く、人の気配などはもちろんありません。

足元を忙しなく這っていたフェインですが、少しすると岩に登って首を左右に振っていました。

「ありがとうございます、フェイン」

少し憂い顔をしているフェインの頭を撫でて、彼の身体を抱えて肩に乗せます。
私は手に持っていた籠を今までフェインが乗っていた場所へと下ろしました。

ここに置いておけば、いずれ『彼』の役に立つでしょう。

他の野生の生き物が悪戯をしないように少しだけ魔法をかけて、私はフェインを連れて洞窟からホグワーツ城へと足を向けました。


†††


先生になっても申請書類等はいっぱいあります。今年度初めて学会に論文を提出することになった私は、あまり来るのことのない職員室に入り、スネイプ先生に教えられつつも、小難しい書き方をされている書類に悪戦苦闘していました。

珍しく珈琲を飲みながら私の作業を眺めているスネイプ先生。私は書類を眺めながら、顔を顰めます。
周りには私の書いた論文や参考資料のためにある他の方の論文や、そして新しく購入した英和辞書が置かれていました。
英和辞書に視線を向けたスネイプ先生がぽつりと声をかけます。

「……翻訳薬を飲むのを止めたらどうだね」
「……うぅ」

私はもう何年もこの国にいるというのに、未だに日本語しかわかりません。

今までずっと翻訳薬で楽をしている私ですが、どうやら薬だけでは誤訳も少しはあるようでした。
普段の生活では全く問題ないのですが、学会用の論文等を読み解くには中々に不便で、翻訳薬の弊害でとっても読みづらくなってしまっている英和辞書が、それでも手放せなくなっていました。

ただ、今から本格的に英語の勉強をするのは、とっても面倒です。それならば。

「……強力で正確性のある翻訳薬を開発します」
「…語学の勉強の方が簡単なのでは?」

呆れた顔をするスネイプ先生ですが、私は至って真面目顔です。
私はどちらかと言うと勉強よりも調合の方が得意で簡単なのです!

わりと真剣に翻訳薬の新開発を進めようと計画する中、職員室の扉が開き、リーマスさんと一緒に沢山のグリフィンドール寮生が中に入ってきました。
よく見るとハリー達の学年だと気が付き、そして同時に部屋の隅にあった衣装箪笥のことを思い出しました。

今日は、グリフィンドール3年生の初めてのDADAの日だったのです。

私は書きかけの資料を片付け始めます。論文の提出は今すぐにするわけでもありませんし、授業が優先です。
またあとでやろうと、私は立ち上がって最後に入ってきたリーマスさんににこりと笑いかけました。

リーマスさんが扉を閉めようとすると、意地悪そうな顔をしているスネイプ先生が立ち上がって声をかけます。

「開けておいてくれ。できれば見たくないのでね」
「えー。私は息抜きに見ていきたいです。
 …そんなに睨んでも怖くありませんよー」

私をぎろりと睨むスネイプ先生の前に人差し指を向け、私はむーと口を尖らせます。スネイプ先生は酷く不満げに顔を背けました。
苦笑を零しながら、ぽんぽんと2回ほど彼の肩を叩いて短く笑いました。

「先に戻っていてください。資料は私が持って帰りますから」

そう言ったにも関わらず、スネイプ先生は半分以上の書類を持ってそそくさと職員室から出て行きました。
彼の不器用な優しさを垣間見て、それを見つめて苦笑を零します。リーマスさんが感心したかのように私達を見ていました。

「セブルスの扱いを心得ているみたいだね」
「彼の意地悪にはなれちゃいました。
 では、私は後ろの方にいるのでお気になさらずに、どうぞ」
「ありがとう。
 それじゃ。さぁ、こちらにおいで」

リーマスさんは生徒達を先程の古い洋箪笥の前へと呼びました。
私も生徒達の後ろに立ちながら洋箪笥を眺めます。リーマスさんが隣に立った瞬間、洋箪笥がまた大きな音を立てて揺れ始めました。
大きな音に肩を震わせた生徒達がざわめきます。リーマスさんは静かに言います。

「心配しなくていい。
 中にまね妖怪ボガートが入ってるんだ」

またガタガタと震える洋箪笥を遠巻きに見つめながら、リーマスさんはいくつか質問を投げかけ、彼の授業が始まりました。

記憶に懐かしい授業を、私も後ろに立って眺めます。『2度目』のリーマスさんの授業ですが、やっぱりわかりやすく、好奇心とやる気が沸いて出てきます。
ボガードの習性についての説明後、ボガードに対抗する呪文を確認したあと、ロングボトムくんを洋箪笥の前へと呼びました。

がだがたと震える洋箪笥に負けじと、ロングボトムくんもがたがたと震えています。
そんな彼に、リーマスさんは安心させるように微笑みました。

「よーし、ネビル。君が世界一怖いものはなんだい?」

問いかけに、ロングボトムくんは一瞬だけちらりと私を見ました。きょとんと瞬きをする私。
ロングボトムくんは蚊の鳴くような小さな声で、ぽつりと呟きました。

「スネイプ先生」

クラスの殆ど全員が笑いました。私もこれから先の展開を思い出して、思わず苦笑を浮かべてしまいます。
こればかりは意地悪なことをする彼がいけないのですから。本当にスネイプ先生は、グリフィンドール生には特にあたりが強すぎます。

リーマスさんはその中で少し考えるようにしていました。

「スネイプ先生か…。ネビル、君はおばあさんと暮らしているね?」
「え、はい。…でも、僕、ボガートがばあちゃんに変身するのもいやです」

おずおずと答えるロングボトムくんにリーマスさんはにっこりと笑います。その笑顔は私には少し悪戯げにも見えました。

「いやいや、そう言う意味じゃないんだ。
 おばあさんはいつも、どんな服を着ている?」

話の流れが読みきれないロングボトムくんはきょとんとした様子でしたが、やがてたどたどしく答えていきます。

てっぺんにハゲタカの剥製のついた帽子。長い緑色のドレス。狐の毛皮の襟巻きに、大きくて赤いハンドバックを持って。

「よし、それじゃ、その服装をはっきり思い浮かべることができるかな?」
「はい」

ロングボトムくんの自身のなさそうな声。リーマスさんの指示は続きます。

「ネビル。ボガートが洋箪笥から出てきて、君を見る。そうすると、スネイプ先生の姿に変身するんだ。
 そしたら君は杖をあげて『リディクラス(ばかばかしい)』!と叫ぶ。そして君のおばあさんの服装に精神を集中させる。
 うまくいけば、ボガート・スネイプ先生はハゲタカのついた帽子をかぶって、緑のドレスを着て、赤いハンドバックを持った姿になってしまう」

みんな大爆笑でした。私もくすくすと口元隠しながら笑います。
リーマスさんは洋箪笥の前を譲るように職員室の端に寄ります。私も邪魔にならないようにそちらの方へと移動しました。


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