朝。まだホグワーツ全体が静かに眠っている中、私はホグワーツ城を抜けて禁じられた森へと向かっていました。
昨晩も雪が降っていたため、森までの長い雪道の上にはまだ足跡ひとつついていません。そこをさくりさくりと踏みしめて、真新しい足跡をつけていきます。

目当ての洞窟まで向かうと、私が近づいてきたのを感じ取ったのか、中にいた真っ黒い大きな犬がむくりと身体を起こしました。
フェインも私が手袋を詰めた暖かいポケットの中から顔を出して、真っ黒い犬に短く挨拶をしていました。

「おはようございます」

私もフェインと揃って挨拶をして、持っていた鞄から少し大きめの入れ物を取り出します。
その頃には黒い犬は私のすぐ隣でちょこんと座って舌を出して大人しく待っていました。

「今日は少し大きめのチキンを頂いてきましたよ」

にこりと微笑んで入れ物の中身を見せると、黒い犬は嬉しそうに、でもあまり大きな声は出さずに短く吠えました。
よしよしとその黒い犬を何度も撫でて、私は昨日置いていったお弁当の空箱を鞄に戻します。

初めて会った時から毎朝、私は誰にも見つからないようにしてここに食べ物を運んでいました。
最初出会った時は痩せこけていた黒い犬も、今では少しだけ肉が戻ってきたみたいで私もようやく安心することができます。

黒い犬をまたぎゅうと抱きしめてから、立ち上がります。名残惜しいですが、長い時間ここにいるわけにもいきません。

「貴方はどうします?」

フェインに問いかけると、彼は私を見上げたあと短く鳴いて、ポケットから滑り落ちるようにして抜け出していきます。
どうやら今日は黒い犬と一緒に居てくれるようです。

冬眠しているところを見たことはありませんが、それでもフェインが凍えて冬眠してしまわないように、私はポケットの中の手袋を出して、近くに応急用の巣を作っておいて、ついでに巻いていたマフラーも黒い犬へとお貸しします。
また来ますね、と声をかけて手を振ると、黒い犬はまた小さめに短く吠えて返事をしてくださいました。ふふと笑って、私は自分でつけてきた真新しい足跡をなぞるように歩いていきます。洞窟までの足取りがわかってしまわないように、途中で杖を振るって風を起こし、私自身の足跡を埋めていきます。

ホグワーツ城近くまで戻ると、ちょうどプレゼント箱を抱えたフクロウがグリフィンドール寮に向かっていくのが見えました。

今日はクリスマスです。もう少ししたらクリスマス休暇中に残った数少ない生徒達も起き出してくるでしょう。
きっとまだスネイプ先生は眠っているでしょうし、彼が起きる前に地下牢教室の暖炉に火を灯しておくのもいいかもしれません。
午前中は脱狼薬の仕上げをしてリーマスさんにお届けしなくてはいけません。

白い息を吐きながら、今日の予定をたてつつ、私はホグワーツ城の中へと入って行きました。


†††


「体調はいかがです?」

夏休み時期ぐらい生徒の気配のないホグワーツで、私はリーマスさんと一緒に少しだけお散歩をしていました。
先程脱狼薬を飲んでいた彼の顔をちらりと見上げます。顔色は決して良いとは言えないものの、頬に刻まれた傷は私が覚えている限りでは、増えてはいないように思えました。
リーマスさんは朗らかな笑みを浮かべます。

「今までよりかは悪くないよ。薬が効いてるみたい」
「ふふ。良かったです。
 今回はあまり苦くしないようにしたので、効果が気になっていたんです」

脱狼薬の味は決していいものとはいえません。リーマスさんは甘党ですし、まだまだ毎回飲まないといけないものですし、もっと飲みやすいものを調合しなくてはいけません。

そこまで考えてからはたと気が付いて慌ててリーマスさんに向かってぱたぱたと両手を振ります。

「って、すみません。貴方で実験しているつもりはないんですけれど…」
「ううん。どんどん良いものが作れるというのなら私も協力するよ。
 実際あの苦さはどうにかして欲しいからねぇ…」

リーマスさんはどこか寂しげに微笑んでいました。彼は今まで何年間も狼人間というものに苦しめられてきているのです。
そんな顔を見たくはなくて、私は思わず彼に声をかけてしまっていました。

「私の父親も貴方と同じなんです」

そう口にするとリーマスさんは大きく目を開いていました。恐る恐るといった風に彼は言葉を続けます。

「え? でも、君には遺伝して…?」

狼人間の子供は例え片方の親が狼人間でなかったとしても、多かれ少なかれ狼人間の性質が遺伝されていきます。大きく影響すれば満月の夜には狼人間となりますし、あまり影響がなければ肉を好む程度だったりもします。振り幅がとても大きいのです。
ですが、私にはそれらの性質は全く出ていません。リーマスさんはそれで不思議に思ったのでしょう。私はにこりと笑います。

「義理の父親だったので。
 ですが彼は、私を本当の娘のように愛してくださっていました」

私は軽く目を伏せて、リーマスさんとの日々を思い返します。
言葉も何もわからずにいた私を助けてくれて、娘にしていただいて。とってもとっても大好きで、そして彼も私を好きになってくれて。
確かに血の繋がりはありません。でも、私達は本当の親子でした。本当の親子だったのです。

「彼も悩んでいました。いつか私を噛んでしまうんじゃないか、取り返しのつかない事になるんじゃないか、って。ずっと悩んでいました。
 でも、それ以上に私と一緒にいることを選んでくださったのです。
 彼は心から私を愛してくれたのです」

例え闇の陣営に行ったとしても、彼は無条件で私を愛し続けてくれました。
私を、娘と呼び続けてくれました。どんな時でも彼は私の父親だったのです。


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