そして、私の父親ではなくなってしまった目の前のリーマスさんが私に問いかけました。

「幸せ?」
「とっても」

彼を見つめてにっこりと笑って答えると、リーマスさんも優しげに微笑んでくださいました。
少しだけすっきりとした表情をするリーマスさんに、私の胸あたりもじんと幸福感で満ちていきます。

私はあの頃、リーマスさんと一緒にいられることが幸せでたまりませんでした。
リーマスさんも、私といる時、嬉しそうな顔をしてくださっていました。

昔と同じように、は望み過ぎだとしても、それでも私は彼に幸せになって欲しいのです。
いつまでもいつまでも。私を娘だとは呼ばない彼だとしても。

リーマスさんはにこりと笑いました。

「今度、薬のお礼にチョコレートでも届けにいくよ」
「ふふ。ありがとうございます。私も美味しい紅茶を用意しておきますね」

私はにこにこと笑顔で返すと、そこでちょうど廊下の奥からスネイプ先生がやってきました。

リーマスさんは現れたスネイプ先生を見て、何故か浮かべていた笑みを若干固くさせていました。そして小さな独り言のような言葉を零します。

「悪いことをしてしまったかな」
「え?」

その意味の真意がわからなくて私はリーマスさんを見上げます。
リーマスさんは私に小さく苦笑を零してからスネイプ先生に軽く手をあげました。

「こんにちは。セブルス。
 リクには薬を届けてもらったところだよ」
「だとしたら何か?」
「少し散歩をしていただけってこと」

その言葉の意味をやっぱり理解出来なかった私はきょとんとしたままスネイプ先生のお隣に並びます。
彼を見上げて微笑みを浮かべるとスネイプ先生はいつものように特に反応すること無く歩きだします。
私はリーマスさんに振り返って手を振りました。リーマスさんの笑顔。

「じゃあまたね」
「はい。また明日」

彼の笑顔に私も嬉しくなってにこにこと笑みを返します。やっぱりリーマスさんと一緒にいられるのはとっても幸せな気持ちになります。
スネイプ先生と一緒に地下牢教室に帰ったあとも、薬草棚を整理しつつ、緩んだ頬を抑えていると、不意に横からの視線が気になって、私は薬草の小瓶を持ったままスネイプ先生を見上げます。彼はなんだか不機嫌そうな顔をしていました。

「どうかしました?」

じっと私を見ているスネイプ先生に、私も小首を傾げて問いかけます。
スネイプ先生は不機嫌そうな顔をしたままぽつりと話出しました。

「ルーピンはブラックの旧友だ。ブラックを手引きする可能性がある」
「彼はそんなことしませんよ。
 ……そんなに彼が嫌いなんです?」

相も変わらずリーマスさんが大嫌いなスネイプ先生に、私もはぁと小さな溜め息が零れてしまいます。
私のその溜息がまたカンに触ってしまったようで、スネイプ先生はふんと短く鼻を鳴らして、吐き捨てるように言葉を続けました。

「………。未来を知っているとは便利ですな。
 何を信じればいいのか理解しているようで」

スネイプ先生の言葉とともに私に頭痛が走ります。チクリとした痛みに思わず頭を抑えた途端に、ガシャンと音を立てて瓶が落ちていきました。
痛みが収まるまで軽く頭を押さえていると、思ったよりも近くから声が聞こえてきました。

「……どうした」

私のすぐ横にたったスネイプ先生が、私の顔を覗き込むように少し身を屈ませていました。
顔が思ったよりも近くにあって、私の頬がサッと赤く染まります。
そのことに気が付かれたくなくて、混乱を悟られないうちにしゃがみこんで地面に広がってしまったガラスに向かって杖を向けました。

「すみません。手が滑ってしまって」

『レパロ(直れ)』を唱えて、少しだけ彼を見上げて乾いた苦笑を返します。
しゃがんだ私が見上げる彼は、よく見慣れたはずの、愛しい人でした。

その顔に一瞬見とれてしまった私は、ぱちくりと瞬きをします。きゅうと心臓が締め付けられます。

「また、熱でも?」

ぼんやりとしていた私が不思議だったのでしょう。伸ばされたスネイプ先生の手は私の額に触れようとしていました。
フラッシュバックのように『彼』のことが思い出されて、気が付いたら私はスネイプ先生の手を拒むように弾いていました。

バチン。と思ったよりも大きな音を立てた手。
一気に青ざめる私と、いつもの無表情に驚きを追加させるスネイプ先生。

私は誤魔化すように口早に言葉を紡いで立ち上がりました。

「す、すみません。驚いてしまって。
 体調が悪いわけではありませんのでご心配なく。
 部屋に戻ってますね」

逃げるようにして私は自室へと駆け込みます。ぱたんと扉を閉めて、私はいつもよりも早く鼓動している胸元を抑えます。

「び、っくりしました」

私の知っている『スネイプ先生』はもうどこにもいません。彼と『彼』は全く違う別人なのです。

でも愚かな私は、きっと彼に触れられたらその手のぬくもりを離すことが出来なくなってしまうのでしょう。
それが恐ろしくて、甘美な誘惑に負けそうで、私は目を閉じたまま深い呼吸を繰り返していました。

「もっと、ちゃんと謝れば良かったです」

逃げるように部屋に戻ってきてしまったことを後悔しつつ、謝るタイミングを逃した私はぱたりとベッドに倒れ込みました。


prev  next

- 48 / 60 -
back