炎を調節して、大鍋の中を覗き込んで。魔法薬を少しずつ混ぜて。淡い青が濃い群青色になるまで。煮詰めて。掻き混ぜて。一瞬だけ香った薬草の合図で、残りの薬草を入れて。
「いつまで調合している」
突然聞こえた低い声に驚き、持っていた杖からぱちりと一瞬だけ光が散りました。
驚いた私が声のした方へ振り返ると、彼の自室の入口に立っているスネイプ先生が私をじとりと見つめていました。
はたと時計を見ると、いつの間にか生徒達の就寝時間を大きく過ぎています。私はぱちくりと目を瞬かせました。
「あれ。もうこんな時間でしたか。
調合をしているとどうにも時間を忘れてしまっていけませんね」
教師となった私に就寝時間はあまり関係ありません。が、それでも長いこと調合に夢中になっていたことに気がつきます。
扉の所で腕を組みながら立っているスネイプ先生をちらりと見たあと、中途半端な調合に再び視線を落としました。
「先に休んでいてください。
私はもう少しで区切りのいいところまで進めたいので」
「教室は閉めるが?」
「私が戸締りしておきます。鍵も明日、必ずお届けしますから」
後ろの机に置いてある鍵をちらりと見つめてから、作業を続けているとスネイプ先生の声がさらに続けられました。
「……昨日も明かりがつき続けていたようだが?」
言葉に作業が1度止まります。そして気がついてしまった私は、彼へと振り返って苦笑を零し、静かに問いかけました。
「もしかしなくても貴方の研究室から見えてます?」
「隣ですからな」
さらりと返された答え。これは申し訳ないことをしてしまったようです。
大鍋に視線を落とし、顔をしかめながら私は小さく言葉を紡ぎます。
「…明かりを絞らなくてはいけませんね」
「自室に戻って休みたまえ」
声は思ったよりも近くで聞こえて私は再び後ろを振り返ります。
すぐ後ろにいたスネイプ先生に驚きつつ、私は数瞬遅れてから、微笑みを彼へと向けました。
「……えーっと、あの、明るくしませんから調合しててもいいですか?」
「2度は言わない」
その言葉の端に怒りが見えて、私の手が一瞬震えます。
彼の、本当の怒りが伝わってきて、息が詰まります。浮かべていた微笑みすら消えて、私は軽く俯きました。
「……。はい…。わかりました。戻ります」
杖を振るうと中途半端な調合がされた魔法薬が、それぞれ適切な保存状態にされていきます。
明日の朝にでも時間を作って仕上げてしまえばいいでしょう。
全ての片付けが終わっても、スネイプ先生は未だに私が部屋に向かうのを待っていました。
彼から溢れる怒りはもう見えません。そこでふと私は、彼がただ心配してくださったのかもしれないということに気が付きました。
「ご心配をおかけしたようで、すみません」
そう声をかけると、彼は表情に不機嫌さを加えました。どうやらあたっていたようです。彼は不器用ではあるけれども、優しい人なのです。
私はくすくすと微笑み、小さく小首を傾げてスネイプ先生を見上げます。
「違いましたか」
「…。授業に差し支えがあっては面倒だ」
スネイプ先生の手にはいつの間にか杖が握られていました。杖は明かりに向けられていて、振るうとすぐに火が消えてしまいます。
真っ暗になってしまった教室をとても不快に感じて、私はすぐに自室の明かりを灯します。遠くについた明かりに目を向けて、短く呼吸を繰り返しました。
「夜は、嫌ですねぇ」
部屋に向かう途中の私が不意に零した言葉を、彼は振り返って聞いていました。
†††
「リク先生はスネイプ先生とお付き合いしているんですか!?」
授業後、生徒達から提出された羊皮紙を纏めていると、2人の女生徒が教卓の前に集まって私にそう問いかけていました。
もちろん今ここにスネイプ先生の姿はありません。彼がいたらこの子達もそんなお話は出来ないでしょう。彼はいつだって怖い先生です。
キラキラと目を輝かす彼女達から視線を逸らしつつ、私は手元の羊皮紙を揃えます。
「…ええと、どういう会話の流れでそうなったのか聞いてもいいですか?」
苦笑を零しつつ問い返すと、2人の女生徒が溢れ出すように一気に話しだしました。
「だってずっと2人でいるみたいだし」
「そうそう、廊下ですれ違う時とか、夕食の時とか、見るたびいつも一緒にいるもの」
「あのスネイプ先生とずっと一緒にいる人なんて今まで見たことないし」
「リク先生が学期の途中で来たのもスネイプ先生と付き合い始めたからかなぁって」
顔を見合わせて楽しそうに意見を言い合う女生徒達を、私は微笑みながら眺めます。
青春してますねぇ。微笑む私は完全に他人事でした。
ですが、彼女達が次に言った言葉に私の表情が凍りました。
「それにリク先生、スネイプ先生とお話している時すっごく楽しそうだもん」
「ねー」
一瞬だけ凍った表情の変化を悟られぬうちに、私は彼女達ににっこりと笑みを向けました。
「彼と一緒にいるのが多いのは、きっと、同じ授業を担当しているからですね。
お付き合いはしていません」
「本当に?」
「本当に」
純粋な瞳にもう1度微笑みを返して、次の学年の準備をしようと立ち上がりました。
「ほら、次の授業が始まっちゃいますよ」
声をかけると生徒達は「あ」と声を合わせて、私に手を振ってから駆けていきます。
地下牢教室から出て行った彼女達の背中を見送って、私は小さく溜息を零します。
「…私は…、楽しそうに見えるんですね…」
呟いた声はとても寂しげで自分で出した声にも関わらず、驚いてしまいました。
†††
私がぼんやりと日々を過ごしているうちに夏休みが始まりました。
全ての生徒達が自宅に帰り、広いホグワーツには教師とゴースト達しか残っていません。
そんな中、私はスネイプ先生の指示でとっても強力な毒薬を作成していました。
スネイプ先生は私と少し離れたところで2種類の魔法薬を同時に作成しています。
私が作る毒薬は、強力で、尚且つ無臭であれば何でもいい。とのことで、薬草棚から適当に薬草を持ち出してきて煮詰めています。
毒薬を作る機会などそうそうなく、私は実験をしているかのように色々と試していきます。たまにはこういう調合も面白いですね。
「ちなみにこの毒薬は何に使うんですか?」
蒸気まで毒性にならないようにだけ気をつけながら調合し、スネイプ先生に問いかけると、彼は作業する手を止めないまま説明をしてくださいました。
「次期、グリンゴッツの『ある物』をホグワーツに移すことになった。
守りを強固にするため、教師全員で対策をする。それに使うものだ」
なるほど。と頷いて、私は再び大鍋に視線を移します。
次の9月はハリー達が入学する時でもあります。
スネイプ先生は名前を伏せましたが、近々『賢者の石』がホグワーツへと運ばれるようです。
再び始まるであろう物語を頭の中で復習しつつ、私は毒薬の調合を進めました。