新聞に載るシリウスの怖い顔を撫でます。声無き絶叫を続けるシリウスの姿は苦しそうで痛々しくて、私は静かにそれを見つめます。
指先で新聞の文字をなぞると、傷だらけの手が新聞の文字を覆い隠してしまいました。
顔を上げると目の前には寂しそうな顔をしたリーマスさん。
「お茶がはいったよ」
静かにそう言ったリーマスさんに私は小さく微笑みを返しました。
ここはリーマスさんのお部屋です。脱狼薬を届けに来たついでにお茶会へと誘っていただいたのです。
2つのカップに入った赤色の紅茶と、チョコレートとクッキーの乗ったお皿をテーブルに並べます。チョコレートを選んで口にするリーマスさんを見て、私もチョコレートに手を伸ばします。
「…シリウスは」
リーマスさんがぽつりと呟きます。リーマスさんの視線は閉じられた新聞に向けられていました。
「シリウスと私は同級生だったんだ。親友だった」
「今は?」
私は静かに問いかけます。リーマスさんはシリウスに裏切られたと思っています。シリウスが裏切って、ジェームズさんやリリーさんを受け渡して、ピーター・ペティグリューを殺したと思っています。
そして、ハリーを殺すためにホグワーツに何度も侵入を試みているのだと思っています。
リーマスさんは私の問いに怯えたように視線を上げました。真っ直ぐに私を見て、なんて答えようか迷っているようでした。
「今? 今は…」
考えるように深く黙り込むリーマスさんに私も視線を下げてしまいます。
「ごめんなさい」
小さく謝罪を告げると、リーマスさんは諦めるようににこりと笑って、微かに首を振りました。
「謝らなくてもいいんだよ。早くこの騒ぎが落ち着くといいね」
「………はい」
リーマスさんは再びにこりと笑って、私の手のひらにチョコレートを乗せました。
「これも美味しいよ」
「ありがとうございます」
笑い返して、貰ったチョコレートを口にします。口の中に広がる甘味に頬が緩みました。
「ルーピン! 話がある!!」
その時、突然暖炉からスネイプ先生の声が聞こえてきました。びっくりして肩を震わせた私と、暖炉に振り返るリーマスさん。
スネイプ先生がリーマスさんを呼ぶだなんてよっぽどです。私の表情に陰りが生まれます。リーマスさんはそんな私をちらりと見たあと、なんのことでもないというふうに朗らかに言いました。
「ちょっと行ってみるよ」
「私も戻ります」
私も立ち上がり、暖炉のそばに置いてある暖炉飛行粉をお借りして、リーマスさんのあとから地下牢教室へと帰ります。
「セブルス、呼んだかい?」
「いかにも」
地下牢教室に戻ると中にはスネイプ先生とハリーがいました。スネイプ先生はリーマスさんと一緒に現れた私を一瞥しただけで特に何かをいうことはなく、苛々とした様子で鼻を鳴らしました。
ハリーの前にある机にはホグズミードでしか買えないはずのゾンコ店の悪戯グッズやハニーデュークスのお菓子等がばらばらと置かれていました。
「どうしたんです?」
彼らに近寄った私はハリーの前に置かれている商品達を徐に手にします。ハリーは確かホグワーツの全ての抜け穴が書かれた『忍びの地図』を持っています。それを使ってホグズミードへ行っていたみたいですが、よりにもよって、スネイプ先生にみつかってしまったようです。
スネイプ先生はちらりと私を見たあとに、机に置かれた羊皮紙を指差してリーマスさんに声をかけます。
「今しがたポッターにポケットの中身を出すように言ったところ、こんなものを持っていた」
指さされた羊皮紙を眺めると、そこにはムーニー、ワームテール、パッドフット、プロングスの4人の名前が書かれています。忍びの地図です。
地図には、きっと無理矢理読もうとしたであろうスネイプ先生を侮辱する言葉が並んでいます。むすと頬を膨らます私ですが、特には何も言わず、ちらりとスネイプ先生を見上げました。
「それで?」
スネイプ先生は短くそう言いました。
「この羊皮紙にはまさに『闇の魔術』が詰め込まれている。ルーピン、君の専門分野だと拝察するが。
ポッターがどこでこんなものを手に入れたと思うかね」
「『闇の魔術』が詰まっている?」
リーマスさんは静かにそう繰り返しました。リーマスさんはこれが地図であることを知っているのです。
「セブルス、本当にそう思うのかい? 私が見るところ、無理に読もうとするものを侮辱するだけの羊皮紙に過ぎないように見えるよ。
子供だましだが、決して危険じゃないだろう? 悪戯専門店で手に入れたのだと思うよ」
「そうかね? これはむしろ直接に製作者から入手した可能性が高いとは思わんのか?」
スネイプ先生の言葉にリーマスさんも、私も彼を見ます。どういう意味でしょう? 先生はこの地図が誰が作ったのか知っているのでしょうか。
「Mr.ワームテールとか、この連中の誰かからという意味?
ハリー、この中に誰か知っている人はいるかい?」
「いいえ」
「セブルス、聞いただろう? 私はゾンコの商品のように見えるがね」
その時、ちょうどのタイミングでロンが地下牢教室に飛び込んできました。
息を切らした彼は、リーマスさんから話を聞いたあとに、必死に訴えかけてきました。
「それ、僕がハリーにあげたんです! 随分前に、それを、買いました」
「ほら」
リーマスさんはロンの言葉を聞いて朗らかに微笑みました。
「どうやらこれではっきりした。セブルス、これは私が引き取ろう。いいね?
ハリー、ロン、おいで。吸血鬼のレポートについて話があるんだ。セブルス、失礼するよ」
有無を言わさぬ口ぶりで地図を引き取り、リーマスさんはハリーとロンを連れて地下牢教室から出て行きました。
私もリーマスさん達に声をかけてお見送りしてから、スネイプ先生に振り返ると、想像通り彼は心底腹立たしそうにリーマスさん達が出て行った扉を睨んでいました。
私は相変わらずのスネイプ先生に苦笑を浮かべて、奥の部屋から紅茶セットを呼び寄せました。苛々している彼には紅茶が1番です。
生徒用の椅子を引き寄せて座る彼の前に座って、お湯を沸かし始めます。私はリーマスさんのところでも頂いてきたので、今回はスネイプ先生のおひとりぶんだけです。
「あれはなんだと思う?」
「うーん、私にもただの悪戯グッズのように見えましたけれども…」
今回のことに関しては私も苦笑を零しながら、そう誤魔化します。そしてふと彼に問いかけます。
「でも、製作者から手に入れた可能性、ってなんです?」
「……我輩達が学生の時、この4名の名前を聞いた」
スネイプ先生の言葉に私は目をぱちくりとさせます。まさか、あの地図をリーマスさんが書いたことに気がついているのでしょうか。ティーポットに茶葉を入れながら静かに彼に問いかけます。
「お会いしたことがあるんですか?」
問いかけるとスネイプ先生は一瞬深く黙り込んでしまいます。何かを考えているみたいで、私も彼の邪魔にならないように少し口を閉じています。
答えを待っていた私ですが、スネイプ先生はちらりと視線をあげて、小さく溜息をついていました。
「確証が持てない」
心底忌々しそうに吐き捨てるスネイプ先生。私は内心少し安堵してから、何度かめの苦笑を零すのです。