あたりはだんだんと夜へと近付いていて、薄暗くなっていきます。そんな中視界の端でふと何かが動きました。視線を向けると、そこに居たのは暗闇に紛れるような黒い大きな犬でした。

「リクか?」
「はい」

黒い犬は私のすぐ横で立ち上がり、シリウスの姿となります。彼は手配書で見るかのような怒りを浮かばせていました。

「さっきピーターを見た。今度こそ、今度こそ捕まえる」

殺気立つシリウスに私は少しだけ顔を顰めます。どこでピーター・ペディグリューを見たかを問うと、シリウスは真っ直ぐにハグリッドさんの小屋を指さしました。
それを見て私は杖をするりと引き抜きます。ぴりりと痛む頭には確かに気が付いてはいましたが、それを無視して再びハグリッドさんの小屋の方へ向かおうとします。ですが、シリウスが私のことを遮りました。

「中で待っていてくれ。連れてくる」
「中?」

隣のシリウスがいつの間にか再び黒い犬の姿になっていました。駆け出した黒い犬を追いかけると、すぐに暴れ柳が見えてきました。
太枝を振り回す暴れ柳の手前で立ち止まっていると、黒い犬が暴れまわる枝の隙間を抜けて木の根元にある節を押しました。途端、暴れ柳の動きがぴたりと止まります。

急いで木の根元へと駆け寄ると、先に黒い犬が木の根元にある隙間に滑り降りていきました。
慌てて追いかけると、少し先で黒い犬は人の姿へと戻っていました。

「この先は『叫びの屋敷』に続いている。そこにピーターを連れて行く」
「私もそちらを手伝います」
「いや。俺が連れてくる」
「………私の杖を持って行ってください」

あっさりと杖を渡すと、シリウスはぱちくりと瞬きをしたあと、短くお礼を言い、すぐにまた黒い犬の姿となりました。

今来た道を戻って行くシリウスを見送って、ずっと先まで続いている薄暗い道を歩いていきます。
この道は久しぶりに通ります。暫く歩いていくと、ぼんやりとした明かりが見えてきて、やがて木製の扉が見えてきました。

中に入り、埃っぽい部屋を見渡します。壁紙は色あせ、剥がれかけていて、全ての窓には板が打ち付けられ、転がった家具は何処かしら破壊されていました。
壁の一部に大きく抉れた傷を見つけ、それを指先で軽く撫でます。傷はそのまま2階に続いており、傷をなぞりながら私も今にも崩れそうな階段からゆっくりと2階へあがっていきます。

そして真正面に見えた、埃を被っている天蓋付きベッドに、私は静かに腰をおろします。

ここはリーマスさんが毎月、狼人間になる度に来る度に来ている場所です。

部屋を傷つけたのはリーマスさんですし、その度に苦しんでいるのもリーマスさんです。
天蓋ベッドの柱にこてりと頭を寄せて、はぁと重たい溜息をつきます。この部屋は、好きではありません。

10分程待っていると、不意にロンの呻き声が聞こえました。思わずバッと立ち上がると、ボロボロの床がぎしりと音を立てます。
その音を聞きつけたのか、階下から聞こえてきた物音が、階段を上がって近づいてきました。

扉を開けると黒い犬がロンを咥えて引きずってきていました。見るとロンの片足が妙な方向に曲がっています。
ほいとロンをベッドに放った黒い犬に向かって、私は口を尖らせます。何も足を折ってまで無理矢理連れてこなくても…。

「……やりすぎです」
「仕方がなかった」

黒い犬が立ち上がり、シリウスが腹立たしげに息を吐きました。キーキーと鳴いているネズミを抱えたまま、ロンが叫び声をあげます。彼はシリウスと初めて会うのです。

「シリウス・ブラック!!」
「あとからハリーも来る。きっとあの子なら先生の助けを求めたりしない」

シリウスはロンの叫び声もものともせずに、淡々と私の杖を返してくれます。彼はいつの間にかロンの杖を手にしており、開けっ放しだった扉をまた閉じました。
ぎらぎらとロンが持っているネズミを睨みつけているシリウスに、私は長く息をつきました。ロンの傍に近づいて、彼の足の状態を見ようとすると、ロンは絶望的な顔をして私を見上げていました。

「どうして、リク先生が」
「彼にも事情があるのです。…終わったらマダム・ポンプリーに見てもらないといけませんね。
 …そのネズミを手放してはいけませんよ」

そう言ってロンの足に向かって杖を振るい、応急処置をします。歩くことは難しいでしょうが、少しは痛みを軽減させられたはずです。

そして少しすると再び階下から物音が聞こえてきました。じっと黙り込んで待っていたシリウスが顔をあげます。
扉を開けた後の死角に隠れるシリウスと、ベッドに腰をかけたままの私も、指先で軽く杖を握ります。

杖の必要は、きっとありません。でもまずハリー達にも話を聞いてもらわないといけません。

私達は黙って音が近づいてくるのを待っていました。そして突如、扉が蹴り開けられました。ハリーです。

「『エクスペリアームス(武器よ去れ)』!」

私とシリウスの声が重なります。中に入ってきたハリーと、そしてその後ろについてきていたハーマイオニーの杖が吹き飛び、私とシリウスの手の中に収まります。
部屋に踏み入って一瞬で無防備となってしまった『1度目』のハリーとハーマイオニー。

シリウスの言ったとおり、彼らは他の先生を連れてくることはありませんでした。他の先生がいるとシリウスのことを説明するのに今以上に時間がかかってしまいます。

彼らは私達を驚きの表情で見ながらも、それでも足の折れたロンの元へと駆け寄っていきました。

「シリウス・ブラック!」
「リク先生が、どうして!」

疑問の声を一心に受けながらも、私はベッドから立ち上がり、シリウスの隣に並びます。

シリウスを睨みつけるハリーの緑の眼は爛々と輝いていて、その時、ようやく、ハリーはまだシリウスがジェームズさん達を裏切ったのだと思い込んでいることを思い出します。
そしてハリーがシリウスに殴りかかろうと身を乗り出したところで、ハリーの左右にいるロンとハーマイオニーがハリーを掴んで引き戻そうとします。私も咄嗟にハリーを遮るようにシリウスの前に立っていました。

「ハリー、ダメ!」

泣き出しそうなハーマイオニーの声。シリウスはそんな3人をじっと見て、そして、足を怪我しているロンに静かに声をかけます。

「座っていろ、足の怪我が余計に酷くなるぞ」

夢中でロンを連れてきて、そして足を折ってしまったことを気に病んでいるのでしょう。静かに諭すようにそう言うシリウスですが、ロンはキッとシリウスを睨んだままでした。

2人に抑えられているハリーですが、変わらず爛々とシリウスを睨みつけています。何度も止めようとするハーマイオニーに、ついにハリーは大声を上げました。

「こいつが僕の父さんと母さんを殺したんだ!」

抑えていたロンとハーマイオニーを振り切りハリーは、前にいた私を押しのけ、シリウスに向かって殴りかかりました。
一瞬だけ杖をあげようとしたシリウスでしたが、悲痛な顔を浮かべた彼は、反撃をやめて、真正面からハリーに殴られます。2人は仰向けに倒れて壁に勢い良くぶつかりました。

ハーマイオニーの悲鳴が上がり、ロンの呻き声が聞こえます。ハリーを助けようと駆け出すハーマイオニーを、私は手で遮ります。ハーマイオニーはぐっと私を見上げて抗議の視線を向けていました。

そして数瞬の静寂のあと、下の階で何か足音が聞こえました。さっとハーマイオニーに視線を向けた私ですが、彼女は既に大きな声を上げていました。

「ここよ! 私達上にいるわ! シリウス・ブラックが!」

慌てた顔を浮かべるシリウスが咄嗟に私の前に立ちますが、私は扉の方を見つめるに留めます。私は次に誰が入ってくるのかは知っているのですから。
ドアが勢い良く開き、部屋の中に入ってきたのはいつも以上に蒼白な顔をしたリーマスさんでした。リーマスさんは部屋の中にいる私達を見たあと、杖をハリーの方へと向けました。ハリーはいつの間にかシリウスから杖を奪い取っていました。

「『エクスペリアームス(武器よ去れ)』!」

リーマスさんの素早い呪文でハリーの手から杖が飛んでいきます。呆然とするハリーの前で、リーマスさんは震える声でシリウスに静かに尋ねました。

「シリウス、あいつはどこだ?」

無表情のシリウスは深く黙ったまま、静かにロンの方を指さしました。
そこにはロンが握っているスキャバース――ピーター・ペティグリューがいました。ですが、事情がわかっていないハリー達は困惑の表情を見せるだけです。

青ざめた表情を浮かべるリーマスさんが呆然と呟いています。長年抱いていた認識を今この場で書き換えているのです。

「何故、今まで正体をあらわさなかったんだ…? もしかしたら…、あいつがそうだったのか…」

じっとリーマスさんを見つめていたシリウスが静かに頷きました。リーマスさんははっと息を吐いて、次にはシリウスを兄弟のようにぎゅうと抱きしめました。


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