『雨が晴れるまで』(3年目)

スモーカーが出て行ったあと。残されたアスヒは1人で食事を続けていてた。

自分よりも仕事を優先させたスモーカーを怒る気はない。むしろ漫画で見たスモーカーそのものだ。と頼もしさすら感じていた。
今はただ、注文通りに運ばれてきた2人分…もしくはそれ以上ある食事達をどうすればいいのかわからないというだけで。

(流石に多いなぁ)

苦笑を零しながらも、折角の食事を残すのも申し訳なくてゆっくりと手を進める。

と、その時店に入ってきた人物に店内の空気が一瞬にして変化した。

ざわつく店内を気にしないようにしていたアスヒだったが、視界の端に見覚えがありすぎる英雄の姿が見えて、思わず手が止まった。
彼が偶然この店に入ったとは思えないし、思わない。この時初めて窓側の席に座ったことを後悔した。

そして案の定、慌てて出てきた店主を軽くあしらい、クロコダイルは真っ直ぐにアスヒの所まで移動し、今までスモーカーが座っていた対面の席に腰を下ろした。
内心驚きで満ちるアスヒだが、それを感じとられないようにそのまま食事を続ける。

「…。食事を済ませたら帰りますわ」

今は折角頂いた休暇の時。ここまで来て理解不能の行動をするクロコダイルを気遣うつもりのないアスヒは視線を逸らしたまま小さくそう言う。

「それとも、一緒に帰ります?」
「狂犬スモーカーと随分仲良くなったみてぇじゃねぇか」

言葉は被せるように紡がれた。渾身の冗句を無視されたアスヒは内心面食らいつつ、彼が不機嫌になりそうな現場を見られていたことに溜め息が溢れる。

「仲良くもなにも2回程しかお会いしてませんけれどね。
 彼、私の名前も知らないと思います」
「そうかよ」

案の定、心底不機嫌そうに言葉を零すクロコダイル。

自分の所有物であるアスヒが敵対している海軍と話していたのが不服なのかなんなのか。
なんにせよ、今のクロコダイルの機嫌は希に見るほどに悪いものであって、殺気の漂う彼のお陰で店内は酷く冷え切っていた。

不機嫌なクロコダイルの対面に座っているアスヒは、気分を重くしつつも食事を続ける。

クロコダイルの視線がアスヒの手に向かった。

彼の視線がアスヒの嵌めている赤い指輪に映る。
視線に気がついたアスヒは、宝石部分を軽く撫でながら言葉を零した。

「たまにはと思って手入れをしてきたんです」
「別に聞いてねぇ」
「そうですか」

軽く返したアスヒだったが、先程まで酷く悪かったクロコダイルの機嫌が少しは良くなっていることに気がつき、口元に笑みを浮かぶ。
すぐに機嫌の悪くなるクロコダイルだが、それでも一緒に過ごせるのはこうやってちょっとしたことでもすぐ機嫌が良くなるからだろう。

少しだけ機嫌が良くなったクロコダイルが不意に言葉を発した。

「明日の朝、飯を持って来い」
「…。それはメイド長のお仕事なのでは?」

朝食を運ぶのは、長年メイド長が行ってきた仕事だ。食後の珈琲を持っていくことはあっても、朝食そのものを持っていくことはしたことがなかった。
訝しげに眉をひそめるアスヒに、クロコダイルは何のことでもないとでも言うように言葉を続けた。

「そういうこと、だ」
「え」

理解が追いつかないアスヒは疑問の声を上げる。
だが、クロコダイルはそれ以上何も言葉を向けないまま、一瞬だけにやりと意地悪そうに笑みを零しただけだった。

「え?」

疑問の声をもう1つ上げるアスヒの目の前。アスヒが食べていた料理を、クロコダイルが奪っていった。
放けていたアスヒはクロコダイルの行動に苦笑を浮かべながら、そして咎めるような口ぶりで奪われた料理を目で追った。

「そっちから食べてくださいよ」
「うるせぇ」


(雨が晴れるまで)

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