『大切なので』(4年目)


「…今日は1人足りねぇな」

不意にぽつりと零したクロコダイルに、彼と同室で手紙の仕分けをしていたアスヒの視線がちらりと主へと向いた。
クロコダイルは何かと言葉が足りないことが多い。だが、アスヒは彼の言う『1人』に心当たりがあった。

今日はアスヒの部下でもあるメイドが休暇に出ているのだ。

アスヒはクロコダイルの言葉に一瞬だけムッとしたあと、次にはなんでもないかのように取り繕って軽く目を伏せながら静かに答えた。

「今日はお休みを与えております。彼女に用でも?」
「休暇の届けは見てねぇ」

彼女達の主はクロコダイルだ。いくら管理しているのがメイド長のアスヒであるからと言って、休暇の申請等はクロコダイルの目にも触れるはずだった。
アスヒにメイド達の運営は殆ど任せているにも関わらず、好き勝手されると少しは不服なのだろう。
問いかけるクロコダイルにアスヒはきっぱりと言葉を続けた。

「私から与えました。アルバーナにあるご実家が砂嵐の直撃を受けてしまったらしく、母親の手伝いをしに行っています」
「……。何怒ってやがる」
「いいえ、特には」

そこまであからさまではないが、固い声といい、口調といい、確実に怒っている様子のアスヒ。
珍しい彼女の様子に、クロコダイルは先程の言葉を脳内で反復させてから、あることに気付き、言葉を返した。彼にも確かに心当たりがある。

「砂嵐は自然発生したものだな。俺はアルバーナには飛ばしてねぇ」

クロコダイルの静かな声を聞いてアスヒはぱちくりと瞬きをする。
そして、不服そうに口を尖らせてから、クロコダイルに対して頭を下げた。

「……早とちりしたみたいですわ」

砂嵐はこのアラバスタでは珍しいものではない。雨が減ってからは殊更のことである。
そして、アスヒは知っている。砂嵐はやけにクロコダイルと敵対する組織がある地域を襲うことを。スナスナの実を食べたクロコダイルが砂嵐を発生させることなど動作もないことを。

アスヒはそんな砂嵐のひとつが、彼女の大切な部下の家を襲ったのだと思っていたのだ。
深々と頭を下げるアスヒを見ながら、クロコダイルはぽつりと言葉を続ける。

「砂嵐が多発してんのは、雨が極端に降らなくなったからでもあるがな」

じっと様子を見張るようにアスヒを見ているクロコダイルだが、当のアスヒは少し考えるようにしてから小さく微笑みを浮かべただけだった。

「…別にそれはいいんです」
「へぇ」

短く返事をしたクロコダイルはアスヒは話しつつも自分の考えを纏めるかのようにどこか辿たどしくゆっくりと言葉を続ける。

「私の思考はどこか矛盾しているんです。
 別に人が死のうが国が滅ぼうが全く構いやしませんが、部下達が困っているのは見たくないのです。
 私の可愛い部下達ですもの。あとコック」

きっと人が死に、国が滅べば、彼女の部下達は途方に暮れるだろうに。
クロコダイルが直接手を下した訳ではないのであれば、例え元はクロコダイルが原因だとしても、きっとアスヒはクロコダイルを許してしまうだろう。
にこりと微笑むアスヒはどことなく幸せそうだった。

「でも、それ以外は知りません」

そうやって言葉を続けるアスヒに、クロコダイルはクハハと短く笑って満足そうにする。
アスヒにとっては、クロコダイルが1番で、部下達が2番で。それ以外はどうだっていい、ということなのだろう。

「面倒臭い女だな」
「傷つきましたわ」
「嫌な女だ」
「その方がいいです」

クロコダイルには面倒臭い女と嫌な女という言葉の違いはわからないのだが、アスヒには大きな問題らしい。

はぁと溜息をついたクロコダイルはふと思い至って机の中からひとつ小袋を取り出した。じゃりと金属特有の音をたてたその袋にはどうやら金貨が入れられているようだった。

「それは?」

きょとんとしたアスヒは問いかける。クロコダイルはそんなアスヒに小袋をそっくりそのまま渡して言葉を続けた。

「エリマキライダーズに運ばせろ。資金源にはなるだろう」
「えっ、ありがとうございます!」

アスヒの心からの嬉しそうな声は珍しいものでもあった。両手で小袋を抱えているアスヒはにこにこと嬉しそうに笑う。

「てめぇの機嫌を損ねると厄介だからな」
「私からの手紙も一緒に持たせますわ」

話を聞いているのか聞いていないのか、上機嫌に返答したアスヒ。彼女は自然と緩んでいる頬を隠すことなく、途中だった仕事を手際よく終わらせ席を立ち上がる。

「………餓鬼か」

ご機嫌な様子で部屋を出て行ったアスヒを見送って、頬杖をついたクロコダイルが呆れたように葉巻に火をつけた。


(大切なので)

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