話が大分まとまってきたあたり、一行が身体を休めようと仮眠に入ろうとしていた時、突然、ホワイトの表情が険しくなった。さっとナイフの柄を握り、体制を低くする。
様子が一変したホワイトに男が怪訝な顔をするが、次に臭いを嗅いで、声を上げた。
「煙だ!」
何処からともなく煙が上がっていた。ホワイトは着ている服の襟を口元に寄せる。
異常に気が付いたスタンズ達が声を上げた。そして出口を探す途中で、ノーランドがいないことに気が付いた。
「ノーランドは?」
「………違う。これは、ノーランドが起こした火よ。
私達の荷物を狙ってる! ここから出れる!?」
見ると、これより1つ下の階でノーランドが焚火を扇いでいた。ホワイトはキッと隙間から見えるその姿を見下ろす。
入ってきた出口には重い金属板で封じられ、出ることが出来なくなっていた。
「やっぱりこうなっちまったじゃねぇか。
あれだけ止めたのに聞かねぇから、7人だぞ。7人食いぶちが増えてみろ。
お前1人でも大変なのに、どうやってあいつらと暮らす!?」
「……本当、誰と話してるんだろう。
ほらスタンズ、大丈夫? しゃがんで…」
ホワイトは静かにスタンズの横にしゃがみ込んでいる。煙を吸ってしまったのか、彼は派手に咳込んでいた。
男が口元に布を巻き、銃を構えていた。下でノーランドが訝しんでいた。
「友達に別れをいうんだな…」
「ここは俺の家だぞ、馬鹿野郎!!」
「伏せろ!」
装填音。続いて爆音。
ホワイトはしゃがみつつ、耳を塞いでいたが、その扉に穴が空くことはなかった。
スタンズが叫ぶ。
「無理だ! 開きっこねぇ!」
「開けようとしたんじゃない。部隊を呼んでる」
その言葉にホワイトがはっと顔を上げた。
「どうすりゃ出られる!? 開けろ! ふざけんじゃねぇ!」
「ニコライ、イザベル、それに貴方。弾の回収、急いで。
ハンゾーは……それ持っていく?」
キョロキョロと回りを確認するホワイトが、置いてあった日本刀を手にするハンゾーに小さく笑みを向ける。
ガンガンと扉を蹴っていたスタンズの襟首をホワイトが掴んだ。
「なんだよ!?」
「扉から離れて。きっとすぐ来る」
「なにが?」
「……私のママ…?」
にこりと冗談混じりに笑ったホワイト。スタンズが表情を青くする中、バコン! と外側から扉を叩く音が響いた。
さっとホワイトとスタンズが扉から離れる。
全員が扉を見つめていると、外側から扉を叩く音はさらに重なり、扉が少し開いたところで音は完全に止んだ。
男が静かに扉に近づいていく。ホワイトが不安そうにそれを見つめていた。
「俺達をからかってる」
男が静かに近付き、扉の隙間から赤い煙を出すスタングレネードを発射した。
反応は無い。
男が扉を蹴破り、降りていった。一員が恐る恐るそれについていき、ホワイトは最後にエドウィンと一緒にその場を降りた。
「何処かに隠れてる。…多分、1体」
「わかるの?」
「カン、だけどね」
そう呟いてから中をどんどん進んでいく。
視界はほぼ0で、ホワイトは目の前のエドウィンの姿だけをぼんやりと見て追いかけていた。
そのエドウィンが、はた、と止まる。ホワイトが顔をしかめて、エドウィンの前を見たが、その先に誰もいないことに気が付いた。
「………最悪…」
「みんな! あぁ、嘘だろ!?」
「こんな場所に1人じゃないだけマシだよ。発煙筒、持ってる?」
「…3本だけ」
「わかった。行こう、エドウィン。
ここで止まってた方が危ない」
ホワイトはそういって、エドウィンの手を引いた。ほんの少し開けた場所に出たが、出口までは遠いらしく、現在地はわからなかった。
暗い建物の中を反響して聞こえるのはプレデターの唸り声。ホワイトは冷や汗を拭いながら、ずんずんと先に進んでいた。
突然、先の割れ目から光と足音が漏れ聞こえた。
はっとエドウィンがその割れ目を覗き込む。そこには先程逸れた他のメンバーがいた。
「おーい! さっきはぐれたんだ!
頼む…ここから出してくれ…。頼む…頼む…」
割れ目からはニコライの表情だけが見えた。懇願するエドウィンに、ホワイトは静かに俯く。
男の静かな声がホワイトまで聞こえた。
「…行くぞ」
そして走り去っていく音。絶望するエドウィン。ホワイトは自分の口元を片手で覆いながら、強くナイフを握っていた。
「みんな自分の命は惜しいもの。ほら、早く彼らに追いつかない、と……」
大きな物音。
はっとホワイトはエドウィンと同じ方向を見つめた。ちらりとエドウィンを見上げるホワイト。
「発煙筒、ある?」
ホワイトの言葉と共に発煙筒に火をつけるエドウィン。
照らされた空間には何もいない。
が、エドウィンがその先に発煙筒を投げた瞬間、発煙筒が「何か」に当たり、そこだけ人型が浮かび上がった。
恐怖に顔を引き攣らせるエドウィン。そのエドウィンの前でホワイトがナイフを構えて腰を落とした。
「………ハンドラー…」
発煙筒を跨いでゆっくりと近寄るハンドラーに、ホワイトはナイフを向ける。
エドウィンは後ずさりながらも、逃げる場所が無いのかそこで立ち止まっていた。
汗で滑るナイフをホワイトが握り直し、バッと飛び掛かろうとした瞬間。
ガッとホワイトの身体を誰かの腕が掴み上げ、合わせて銃弾がハンドラーに叩き込まれた。駆け出しつつもホワイトが顔を上げる。
「ニコライ! どうして」
「こっちだ。早く逃げろ」
ニコライの指示通りに走るホワイトにエドウィン。
ある程度開けた場所に出た時、後ろから青白い炎を纏った高圧弾が放たれ、ニコライの足元が吹っ飛んだ。走っていたエドウィンとホワイトが一気に振り返る。
這うニコライの後ろから、バチバチと火花を立てて現れるハンドラー。
ホワイトがニコライに駆け寄る間に、エドウィンは既に出口に向かって走っていた。
這って逃げようとするニコライを庇うように、ホワイトがナイフを構える。
ハンドラーがホワイトに、プレデターの唸り声で何かを話しかける。
ホワイトは困ったように表情を変えたが、ナイフは構えたままだった。
「……ハンドラーの意地悪」
答えた瞬間、ホワイトが足のバネを利用するようにハンドラーに切り掛かる。
ハンドラーはそんなホワイトの攻撃を右腕のブレイドで弾き飛ばす。ナイフで受けた攻撃で飛ばされたホワイトは、一瞬壁に着地し、掛け声と共に再びハンドラーへとナイフを振り下ろした。
「――きゃっ」
だが、力では流石にホワイトは勝てないようで、片手で飛ばされたホワイトは受け身を取る間もなく、壁に叩き付けられた。
ずるずると落ちて身体を抑えるホワイトを横目で見てから、ハンドラーは足元に転がるニコライにブレイドを突き刺した。ニコライの悲鳴。
ハンドラーはそのままぐっとニコライを持ち上げ、壁に叩きつける。
絶命寸前のニコライが血まみれの手で、ハンドラーのブレイドを掴んだ。ハンドラーの疑問が浮かぶ前に、既にニコライの手にはピンの抜かれた手榴弾が握られていた。
「Ну и рожа у тебя!」
爆発。
手榴弾の爆発はこの狭い空間一体に広がり、炎は先にいっていたメンバーや、エドウィンの抜けた穴から火炎放射機のように舞い上がった。
炎は数秒舞い上がったあと、静かに鎮火して、元の真っ暗な空間へと戻していった。
ぱちり。暗闇の中でホワイトの瞳が開かれた。
「………。…生きてる」
あの爆発に巻き込まれて生きていた。
ホワイトは自分の負傷度合いを確認するべく手を動かした。
そこで、目の前でホワイトを覆っていた何かが横に倒れてしまうのに気付いた。
音を立てて倒れたそれにホワイトはゆっくり視線を向け、呆然としていた表情を悲しみに歪ませた。
「ハンドラー!!」
爆発に飲まれても生き残った理由。
それは『何か』大きく丈夫なものに身体を包まれたからに決まっていた。
ホワイトは倒れたハンドラーの、焼け焦げた背中を涙ながらに見つめる。少女は軽い火傷ですんでいた。
「………ありがとう…」
小さく呟くホワイト。ハンドラーの仮面を静かに撫でたあと、乱暴に自分の目元を拭って立ち上がった。
†††
1人になってしまったホワイトが建物の外に這い出ると、空はまだまだ暗く、月が上っていた。
回りにイザベル達の姿は見えず、ホワイトは目をこらす。歩きだそうとした瞬間、足元に落ちるものを見て、絶句した。
「…スタ、ン、ズ…?」
うっと漂ってきた血の臭いにホワイトは口元を抑える。
頭と胴体は引きちぎるように離れていたので、判別は難しかったが、オレンジのつなぎを見て、ホワイトは静かに瞳を1度閉じた。
よく見ると赤い血に混ざり、緑の蛍光剤のような色をしたプレデターの血も点々としており、ホワイトはその血痕の向かう先を見つめた。
「……行かなきゃ…」
駆け出したホワイトをぐっと掴む手があった。
手を見るとそれは黒い鱗で覆われた太い腕で、明らかに人間のものとは異なる。ホワイトはきゅっと身を縮めつつも、後ろを振り返った。
「ブラッ…ク…」
ホワイトを抱えていたのはリーダー各のプレデター、ブラックだった。
彼は低く唸るような声でホワイトに話しかける。
ホワイトはまた溢れてきた涙を堪えながら、首を左右に振り、ブラックの腕を掴み返した。
「…やだ。だって、まだ、終わってないよ…。今回はちゃんと逃げられるもん…。
ブラックも今回は大変なんじゃない? ハンドラーは…。それにファルコナーも怪我してるみたいだし…」
またブラックが低く唸った。ホワイトの動きが止まり、堪えていた涙がぽたぽたと溢れ出した。
「ファルコナーも、…死んじゃったの…?
…ど、どうして、!? ファルコナーも強いのに…!」
額をブラックの胸元に押し付けるホワイト。ホワイトの2倍近くもあるブラックから声が降り注いだ。
「………うん。…わかった。…わかったけど、私も行く。私もまだ、戦える…。
…私、今回、ブラックに勝ったら…地球に行くの。
地球に連れていって貰うのよ」
ホワイトがそう答えブラックを見上げると、仮面で表情を隠したブラックは、その大きな手でホワイトの顔に触れた。
はたから見れば異業のものに襲われているようにしか見えないが、ホワイトはくすぐったそうに小さな笑みを零した。
「私だって…親離れくらい…するよ。
ブラック、とっても意地悪だもん」
ホワイトはそう寂しげに微笑んで、拭われていった目元の涙を小さく見た。
さっとナイフを握り直して前を見据えるホワイト。振り返ってブラックへと声をかけた。
「まだ来ちゃ駄目だからね。10分数えてから来てね!」
そういって駆け出すホワイト。
そのホワイトの姿を立ち止まって、ブラックは見送っていた。