家につきユースは鍵を取り出すが、イェスパーは構わず扉を開けた。
鍵はかかっていない。
「えっ? 私、鍵かけないで出たっけ?」
「いいから早くおいで」
いつになく優しいイェスパーの様子にユースは戸惑いつつも、彼から伸ばされた手を取る。
「ユース、おめでとう」
「?」
首を傾げると、リビングから賑やかな声が聞こえてきた。
「ユースちゃーん!」
「ベルくん!?」
突然、ベルドリトがリビングから飛び出し、ユースの身体に抱き着いた。
「『HAPPY BIRTHDAY!!』ユースちゃん♪」
向けられる祝杯の言葉にユースは戸惑い、止まる。
「え? え?」
「お誕生日でしょ、ユースちゃん?」
「うん。お誕生日だけど…なんで?」
「なんでって何?」
疑問が疑問を巻き起こし、2人は抱き着いたまま首を傾げる。
後ろからふわふわと大賢者ヨーカーンが現れた。ヨーカーンの姿にユースは顔を輝かせ、抱きついて彼の頬に唇を当てる。
「大賢者様!」
「私とキュラソーくんもいるよ」
「猊下様! キュラちゃん!
みんなどうして?」
「お誕生日おめでとう」
ヨーカーンがユースの頭を撫でる。ユースは不思議そうにだが、幸せそうに微笑む。
「そういえば、ユースは昔から誕生日というものには慣れなかったな。
誕生日は祝われるものなのだぞ」
「?」
首を傾げ続けるユースをヨーカーンは抱きしめる。
愛しげに抱きしめたあと、ヨーカーンはユースをイェスパーに預けた。
「とにかく。祝われる事に慣れなさい、ユース。
お誕生日おめでとう」
「ユースちゃん、もげもげおめでとう♪」
「おめでとうございます」
「その服も似合っているようでよかった」
「………モルディーンか。ユースにこのような趣味丸出しの服を送りつけたのは」
「ヨーカーン君、背景が黒いよ?」
がやがやと騒ぐ回りに、ユースを抱き上げたままのイェスパーがユースの髪に顔を埋める。
「ユース、昔の事は知らん。
だが、誕生日というものが楽しいということは刻み付けてやる」
「い、イェスパー…」
ユースの頬が赤く染まる。
だがイェスパーはいつの間にかいつもの無表情に戻っており、ユースはむうと頬を膨らませる。
「もうちょっと甘いイェスパーでよかった…」
「? 何の話だ?」
「ユースちゃんが兄貴にえっちーことされたかったって」
「ベルドリト…?(笑顔)」
「わっ!? ヨーカーンさん、怖い!」
飛び込んで来たベルドリトが更に後ろからヨーカーンに素敵笑顔を向けられる。
イェスパーはユースの頭を撫でながらユースを部屋に入れる。
そこには豪華な料理達と正月に出るようなおせち。そして何故か漬物があった。
「わぁ…」
「キュラソーが用意したようだ。
ユースのために用意した。好きなだけ食べればいい」
「キュラちゃん、お料理上手!!
ありがとう♪」
ユースの笑顔にキュラソーは笑顔を返す。彼女達は楽しそうに話し込んでいる。
そのままぐだぐだと食事を始めるようだ。
「猊下様、こんな所までお忍びでいいの?」
「ジェノン君が頑張ってくれるからね」
「…………いいの? キュラちゃん」
「……今日だけですよ?」
「そうだね」
「猊下様、キュラちゃんのためにも約束ね?」
「よせ、ユース。モルディーンがそんな言葉では止まらない」
「約束したから大丈夫」
ユースの笑顔とキュラソーのジト目にたじたじのモルディーン。
仲のよいユース達。楽しそうに料理に手を伸ばした。
イェスパーはユースから離れ、ソファに座った。
ふぅと肩を降ろしながら、賑やかな主達を見ながら、ネクタイを緩めた。
「ねぇ、兄貴♪
ユースちゃんとのデート、どうだった?」
「……………」
黙ったイェスパー。ベルドリトは楽しそうにイェスパーの隣に飛んで座った。
「楽しかった?」
「………まぁな」
「ふふっ♪ 兄貴、きゅるきゅる乙女心がわかったっ?」
「いや、全く」
「即答するとはいい気合いだね、兄貴!」
ベルドリトはイェスパーの頬に指を突く。イェスパーは嫌そうにベルドリトを引き離す。
イェスパーの視線はふとユースに向いた。楽しそうなユースにイェスパーも小さな笑みが浮かぶ。
「兄貴、ユースちゃんに惚れたんだ?」
「…………」
肯定も否定もしないイェスパー。
頬を赤らめもしないイェスパーにベルドリトは不機嫌そうだ。
「もちっと、ユースちゃんに興味を持てばー?」
「……興味はある」
「あるんだ!? ユースちゃんに言っていい!?」
「だが。
興味を持つのはユースの過去だ」
イェスパーの言葉にベルドリトは大人しくなった。
「何故ヨーカーン殿にあそこまで懐くのか。
何故誕生日というものを理解せず、祝われる事に慣れていないか。
何故異貌のものどもに狙われるか。
気になる事は沢山ある」
イェスパーは目があったユースに静かに手を振る。ユースは幸せそうにぶんぶん手を振り返した。
「だが。聞くことは無粋」
「………兄貴…?」
とその時。玄関の呼び鈴がなった。
ユースが首を傾げながら窓を見ると、さぁと顔を青く染めた。
「どうしたんだい、ユースちゃ」
「猊下様は絶対に顔をお出しにならないでくださいね?」
ぎぎぎとモルディーンの肩を掴み座らせるユース。ヨーカーンは面白そうに窓を見ていた。
「お客は誰だい?」
「モルディーン。
たしか春先に面白い子がいたな」
「もしかして、今来たのってガユスにギギナ?」
ベルドリトの言葉にユースが固まる。モルディーンは面白そうに玄関へと立ち上がろうとする。
「それは久しぶりに会ってきたいものだ」
「ダメダメダメダメ!!!
ギギナさんに暴れられたら大変!
待っていて下さい!」
「ちょっとだけ」
「ダメです!!」
ユースは強く言い切ると、すたすたと玄関に向かって戸を開けた。
そこには赤毛と銀髪。
「どうしたんですか? ガユス先生にギギナさん」
「………今しがた大きな音が聞こえた気がするが…?」
「気の性です」
ユースはつんとガユス達の前で胸を張る。ガユスは小さく溜め息を零したあと、ギギナを前にだした。
「俺に用はないんだが、ギギナがな」
「ギギナさん?」
きょとんとユースはギギナを見上げる。彼は手の紙袋を突き出した。
「焼き菓子だ。この前の礼だ」
「え? あ、よかったのに…。
ありがとうございます」
「あ、あの、ギギナが礼だと!? ユースはどんな寛大なる行為を!?」
「大袈裟ですよー。
椅子が好きという話を聞いていたので、家にあった椅子をあげたんです」
「美しい…ヒルルカの友人にピッタリの優しい椅子だった」
なんだか熱弁するギギナ。ユースはニコニコと焼き菓子を抱えていた。
「……ユース。早く戻れ」
その時、痺れを切らしたようなイェスパーがユースをリビングから呼んだ。
ギギナとガユスが首を傾げる。
「なんだ、男が来ていたのか?
彼氏?」
「ちが、違うもん!! 友達で!」
「必死すぎて逆に怪しい」
ガユスに突っ込まれ、ユースは黙る。
ギギナはどこか不機嫌になりつつも「帰る」と言って振り返った。
「あ、また家具市にご一緒させて下さい!
新しい本棚を1つ欲しくて…。いつ開催されるかよくわからないので」
「…わかった」
ギギナは1度だけユースを見た後に歩きだす。ガユスもギギナを追った。
「バイバーイでーす」
「おー。彼氏によろしくなー」
「か、彼氏違います!!」
「はいはい」
ガユスは背中を見せたままふらふらと手を振る。ユースは微笑みかけた後、リビングに戻る。
と、そこには不機嫌そうなイェスパーがいた。その横にはベルドリトの姿。
ベルドリトはからかうようにイェスパーの周りを跳ね回っていた。
「兄貴、兄貴、彼氏に間違われた! でも、んきゅんきゅ満更でもないでしょっ!?」
「煩い、ベルドリト」
「ユース、こっちにおいで。料理が冷めてしまう」
「あ、ヨーカーンくんの親バカスイッチが入った」
「モルディーン、黙るか」
「お館様に手出しは無用!」
ユースがふぅと溜め息をついてからイェスパーの胸元に飛び込んで幸せそうに笑った。
「ふふ。だーいすき!」
お姫様の声に幸せの苦笑が零れるのみ。
†††
イェスパーはユースを連れ、ソファに座らせていた。
料理はあらかた片付いており、キュラソーが食器をしまっていた。
ユースは幸せそうに貰ったプレゼント達を開けている。
彼女の膝の上には可愛らしい洋服や首飾りに指輪。香水。と物が溢れていた。イェスパーは苦笑を零す。
「そのほとんどはヨーカーン殿からか?」
「うんっ、凄く嬉しい。
でもイェスパーからのが1番嬉しい」
そしてユースは掌に小さなストラップを載せる。可愛らしい兎がユースの掌で転がる。
「いや、だがそんなもの…」
「イェスパーから貰ったものだもん。私は嬉しいの。
ありがとうね」
ユースは笑顔を浮かべ、プレゼント達を丁寧に梱包しなおしている。
終わった後、ユースはイェスパーの隣にぴったりくっついた。
「幸せだよ、イェスパー」
呟くユースの声に、イェスパーは微かに微笑んだ。彼の手が自然とユースの頭や髪を撫でる。
そうしているといつの間にかユースから寝息が零れてきた。
イェスパーは優しくユースの寝顔を見つめる。
「………ベルドリト。ユースに掛けるものを持ってきてくれ」
「うん。わかった」
近くにいたベルドリトに言うと、彼はすぅっと天井を透過し、部屋から掛布を持ってきた。
それをユースに優しく掛ける。
イェスパーはユースによしかかられたまま動けずにいた。
が、不快感は全くないようでユースを起こさないようにただユースを見ていた。
「ベルドリト」
「何? 兄貴」
ベルドリトがイェスパーの隣に、ユースとは逆隣りにひょいと座った。
イェスパーはユースを優しく撫でていた。
小さく微かに囁くように呟く。
「………「愛しい」、ユースが」
囁きにベルドリトは驚いた顔を見せた後、にっこりと笑った。
「そんな告白はユースちゃんに言わなきゃ」
「そのうちな」
イェスパーは言った後、いつもの無表情に変え、ユースの肩を抱き寄せた。ベルドリトはぎゅうとイェスパーに詰め寄る。
「ユースちゃんが起きたらすぐに。だよ」
「……今度な」
「何今更恥ずかしがってるのさ」
溜め息1つ。イェスパーは困ったような苦笑を返した。
「………わからぬ。
恥ずかしさなど、無い。ユースは喜んでくれるだろう。
だが、いつまで喜ばせてやれるか。
俺はまたエレネーゼの時のようにユースを捨ててしまいそうで怖い」
何よりもモルディーンを優先するであろう自身がいるから。
その時ユースは呆れて彼から離れるのではないかと。
今更ながら、長年悩ませておいて、イェスパーは長く息を吐いた。
「……俺は強欲だな」
「うん」
否定しないベルドリト。
その時、ユースが意味の無い寝言を呟く。
イェスパーもベルドリトも黙り込み、ユースがまた再び深い眠りに戻るまで静かにしていた。
「………ま、俺はもきゅもきゅ兄貴とユースちゃんがくっつけばいーと思ってたもん。
ユースちゃんが義姉さんか。なんかいいね」
「気が早すぎるぞ」
「でも兄貴は告白する気なんでしょ?
ユースちゃん、好き?」
「…………………あぁ」
いまいち実感は無い。というのもあるが、イェスパーはユースが愛しかった。
「……いつか、ユースを守れるように。
俺の知らないユースの過去も背負えるように」
イェスパーは1人誓いをたて、ユースの体をもう1度強く抱きしめた。
姫君はまだ眠りの中。幸せそうに夢の中。
†††
だが、姫が目覚めた後にイェスパーがすぐに想いを伝えられる訳はなく。
ベルドリトばかりが溜め息を零し、焦れったさに少し不機嫌になっていたのだった。
(幸せの日)