エリダナは綺麗だ。
ユースが考えるよりも綺麗で残酷だった。


それはある日のユース。

ユースはいつものように予備校の帰りに氷菓子を食べていた。公園のベンチに腰掛け足を振り、彼女はご機嫌だった。

「あの…お嬢さん…。いいですか?」
「ん?」

ユースが顔を上げるときょどきょどとした小男がユースを見ていた。
周りに人影は全くなく、最近は不審者も少なくない。

そう考えたユースは警戒しながらも、まず氷菓子を食べ切り、それから返事をした。

「……なんですか?」
「た、頼みたい事があるんです」
「………ですから、なんですか」

聞くだけなら大丈夫と、もう1度聞き返すユース。男は未だきょどきょどしている。
ユースは内心の警戒とは別に、人当たりの良さそうな笑みを浮かべていた。

「い、一緒に……っ」
「一緒に?」

男のきょどきょどしていた顔が突然膨張。ユースが悲鳴を堪えながらばっとその場から離れた。

「な、なにっ?」

男が変形し、徐々に何かを象った『異貌のものども』へと変わる。ユースはやっと理解したようにソレから離れた。

「っ…禍つ式になった!?
自分の身体を媒介にッ?」

ユースはぴょんぴょんと禍つ式から逃げるが一筋縄には行けないだろう。
禍つ式から出来るだけ離れ、遠目に睨みつけていた。

緑色の内蔵を見せる大きな禍つ式へと変形した男が、身体中に出来た触手を振り回し、だだだだとユースを追いはじめた。ユースの悲鳴。

「きゃぁぁぁ!? 気持ち悪い!!
禍つ式にまで追われるとか、最悪…ッ!」

ユースは叫び、走るスピードを上げる。

公園に人影はない。怪我人を出す心配がまだないと同時に、助けてくれる人もいない。
ユースが走るその間も、禍つ式はまっすぐにユースを追ってくる。

走りながら携帯で情報屋のヴィネルを呼び出そうとするユース。
だが、禍つ式の妙な動きにユースは指を止めた。

禍つ式は先程までの荒々しい態度を突然止め、ユースの側をうろうろと伺うように回っている。

「……まさか…」

それに気が付いたユースは息を止め、一歩も動かず、ただただ静かに禍つ式を見つめていた。

爆音。爆風。そして紅。

「っえ?」

突然の爆発にユースは禍つ式から視線を外した。禍つ式がまた暴れ出すが、すぐに紅に踏み潰された。

「なんじゃ? 禍つ式の癖に子供1つも襲えないとは、つまらぬのぉ」

ユースが見て紅としか感想が出せなかった。

乱れた着物に浮かび上がる牡丹の美しい華。そして紅い髪の女。
紅い傘で顔を隠してはいたが、白い肌は隠し切れず美しさが滲み出ていた。

だが禍つ式を燃やしていく様はまさに狂気。

「…っふぁっ」

ユースはまっすぐにその女に見つめていた。いや、見とれていた。

舞うような殺し方に、飛び散る紅に。ただひたすらに求むように。

「パンハイマ様! 町が破壊されます!」

気付けば周りは灼熱に包まれていた。公園のベンチは焼け落ち灰となり、ブランコや滑り台は灼熱に溶かされ、液状化している。

いつそうなったのかは、もうユースにはわからない。

近くにいた秘書風の男マラキヤが、女―――パンハイマに声をかけた。
禍つ式はすでに白い灰へと変わっていた。パンハイマはつまらなそうに、男に振り返った。

「つまらぬ」

パンハイマが振り返ると目に入るのはユースの姿。

魔女の顔に笑みが走る。

「マラキヤ。あの女は確か指名手配を受けていたな?」
「え。は、はいッ。そうですパンハイマ様!」

もちろんユースにはそんなの身に覚えがない。
そんなものは魔女の暴動に過ぎないし、パンハイマにはただの暇つぶし程度でしかなかった。

まっすぐに剛速でユースへの間合いを詰める。だが、ユースは放心したまま、パンハイマを見つめていた。

そして一言。

「―――綺麗……」

恐怖心はなく、被虐でも暴言でもなく、ただゆっくりとユースはパンハイマへと見とれていた。

パンハイマの動きが止まる。少しだけ面白そうに、ユースの前で立ち止まっていた。

「我が綺麗か小娘」
「……うん。私、紅は好き。私自身には似合わないんだけども」

ユースは魔女の瞳をまっすぐに見つめこみ優しく微笑んでいた。

「紅は好き」

ユースは放心したかのようにもう一度呟く。

パンハイマはただ面白そうにユースに手を伸ばした。彼女は逃げずにパンハイマを見ていた。

「我を恐れないのか?」
「どうして? 怖くないよ。綺麗だもの」
「我はパンハイマ。紅蓮の魔女じゃぞ」
「……えぇ。話は聞いてる。エリダナの4大攻性咒式士。
 ラルゴンキンさんの宿敵」
「それでは足りぬ。気高きパンハイマ事務所の話を聞いたことないわけはないじゃろうに」
「血は慣れてる。攻性咒式士にも。異貌のものどもにも」

ユースはあっさりと答えた。

パンハイマは面白いものを見つけたようで、ユースの頬を撫でていた。

「お前…我の、友人になる気はないか?」
「本当っ?」

魔女の悪鬼の笑み。ユースはそれを理解しながら笑い返した。

「マラキヤの携帯番号を教える。我に用があるときはかけろ。
 瞬時に駆け付けてやろうぞ」
「ありがとう。私はユース。
 好きに呼んでいいよ」
「では、ユース。――我の友人よ」
「じゃあ、私もパンハイマって呼ぶね」

マラキヤは女2人の話を聞きながら、冷や汗を流していた。

紅蓮の魔女であるパンハイマを呼び捨てにし、頬に触れられても一切の恐怖を覚えないユース。
パンハイマの側にいるだけで、いつ死んでもおかしくはないというのに。

「パンハイマ、じゃあ私帰るね。
 あとで電話しても平気?」
「あぁ。待っているぞ」

そしてユースが家に帰っていく。

パンハイマが微笑んでいた。マラキヤが近付く。

「パンハイマ様…どうなさるのですか?」
「遊ぶ」

一言返し、パンハイマもその場をさった。

周りは灼熱だった。


†††


「……綺麗だったなぁ…」

ユースは自室で呟いていた。

純粋にユースはパンハイマを美しいと思っていた。いつの間にかあの紅に魅了されていた。

「イェスパーにも見せてあげたいなぁ」

綺麗だったんだよ。
凄く強かったんだよ。
私と友達になってくれたんだよ。

ぎゅうとぬいぐるみを抱え、ふと思いついたようにそのぬいぐるみに真っ赤なリボンを巻き付けてみた。

頭で蝶々結びをして満足したように笑う。

「大好き」

呟いていた彼女は優しくぬいぐるみを抱き寄せていた。

そこでユースの携帯が鳴り響いた。

「もしもしー? 誰?」
『かわいーかわいーパンハイマじゃよ』

魔女からだった。

他の人間とは違って、ユースが嬉しそうに笑う。

「私からかけようと思ったのに!」
『ふふふ。待ちきれなかったのじゃ。今は空いているしな』
「えへへー。なんか照れますねー。
 私、友達多くないから…」

ユースはぬいぐるみを抱きしめたまま優しく話す。
まるで片想い中であるイェスパーと話す時のように、彼女は楽しげだった。

『なぁ、ユース。
 明日空いているか?』
「? 空いてるよ」
『…我と西の工場に来てくれ。遊ぼうか』

電話の奥のその笑みは魔女の笑み。

だがユースは知ってか知らずか嬉しそうに笑った。

「本当っ? 絶対行くよ」
『そうか。では約束じゃぞ』

そして約束は交わされた。


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