そしてイェスパー・リヴェ・ラキは柄にもなく、緊張していた。

見た目はただの無表情であり、いつもと変わりなく見えるが、彼は彼なりに緊張していた。

彼は今日。日頃から好意を寄せてくれているユースに、自分の想いを打ち明けようとしていたのだ。
今、弟のベルドリトがユースを呼びに行っている。

伝えればユースはきっと喜んでくれるだろう。

想い始めたのは今年のユースの誕生日の時から。
『愛しい』と感覚的に思い、ユースを守っていきたいと考えるようになった。

それを伝える。やっと、ユースに。

「兄貴、たっだいまー♪」
「お邪魔しまーす。わ、中も素敵。
 あ、イェスパー! 久しぶり!」

自身の顔を見ると満面の笑みを浮かべたユースに、イェスパーは小さく微笑んだ。


†††


久しぶりに見たイェスパーはなんでか少し緊張していた。変なの。
ベルくんは始終ニヤニヤとしているし。変なの!

リンツホテルはどこも素敵で、さすがラキ家。とか訳のわからない感想を思いつつも、私はいつものように、イェスパーの隣を座った。
紅茶を3人分いれてから、私は紅茶に口をつける。うん、高いところのは美味しいよ。

私はやっぱり、イェスパーのこと嫌いにはなれないなぁ。
側にいて楽しいし、ドキドキする。
お父様の仇を捜すなんてドロドロとした感情なんか掻き消してくれる。

紅茶の甘さと暖かさに頬を緩めながら、隣にいるイェスパーの存在を感じていた。

「あ、僕、ちょっと出てくるね!」
「? いってらっしゃい、ベルくん」
「ユースちゃん!」

ベルくんが私に声をかけるとニコニコ笑いながら私の手をぎゅっと握った。
なんだかとっても嬉しそうだった。隣のイェスパーが少し苦い顔をする。

そのままベルくんは何も言わないで私達に手を振って部屋を出ていった。

やっぱり変なの。どうしたんだろう?

「ユース」

イェスパーが私を呼んだ。私は隣を見る。

真剣なイェスパーの単眼が私を見ていた。

イェスパーは私を呼んだきりまた無言になった。
イェスパーの寡黙さには慣れているけれど、今日はいつもよりも長い。気がする。

私は首を小さく傾げてイェスパーの言葉を待っていた。

「……ユース」
「うん」

また私の名前を言って止まる。なんだか笑えてきた。ニコニコしながらイェスパーの言葉を待ち続ける。
ぐっと顔を上げたイェスパーが私の手をとった。

ベルくんよりも大きくて無骨な手。
その手にときめくまだまだ幼い小さな手。

イェスパーが口を開いた。

「ユース、好きだ」


―――な、に…?

え…? どういうこと…?

イェスパーが誰を? 何を? 私を? 好意として?

「……ユースは、否か、応か?」

待っ…て、待ってよ、待って!!

「…………なんで」
「ユース?」

イェスパーの不安そうな不思議そうな顔で私を除き込む。
私の顔をいつもの距離で凄く近くで私を妹みたいだと言ってそして今私を好きだといったイェスパーが!

バチンと大きめの音が鳴った。

私がイェスパーの顔を叩いて、イェスパーから一気に距離を空けたのだ。
イェスパーが私を見て目を丸くする。

「ユース、?」
「…………嫌」

前までは渇望していたイェスパーからの好意。

でもそれが向けられた瞬間。今この時、私の中から出てきたのは疑心と、嫌悪感だった。
喉が張り裂けそうなくらいに私は叫んだ。

「……嫌よ…!! 私は、私はエレネーゼさんの変わりにはならない!!」

いきなり口から出た言葉はどうしようもなく子供っぽくて、凄く、くだらなかった。

でも止まらない。

「私、ずっと…、ずっと貴方が好きだと言ってた! でも貴方はずっと断ってきたじゃない。妹みたいだと言ったじゃない! なんで今更…!?」
「ユース、俺は…!」
「私に貴方を諦めさせたのは貴方なのに、どうしてそんなこというの?
 エレネーゼさんと別れたから!? 私はエレネーゼさんみたいに任務の事を言わないから?
 ねぇ、なんで? なんで!?

怖い。彼がわからなくて、怖い。

彼の好意を今、もし受け取ってそれが嘘だったら? 違ったら? 誰かの変わりだったら?
嫌だよ、そんなの。そんなの、すぐに壊れちゃう。

セロテープで補強してまたごなごなに砕けて、壊れて、死んでしまう!

「ユース、俺は本当に…」

イェスパーの言葉が途中で止まる。
いつの間にか私は涙を流しながらイェスパーを睨んでいた。

掻き消して。お願い、掻き消して下さい。
私、不安なの。貴方からの『好き』が偽物だったときの痛みを考えてしまって、痛い。
だから、お願い。私の全ての言葉を否定して、それでも好きだと言って…!

暫くの沈黙。本当なら数秒の沈黙何だろうけども、私達には痛いくらい長い沈黙だった。

やがて長い息を吐いたイェスパーが私を見たあと、小さく優しく微笑んだ。

珍しく、困ったように。珍しく、少し泣きそうな顔で。

「……………ユースが嫌なら、俺は」

私は全てを聞く前に部屋から飛び出した。

大きめの音がなり、扉が乱暴に閉まり、オートロックの音が聞こえた。

私の目からは大きな涙が溢れて零れてぼたぼたと落ちた。

『ユースが嫌なら、俺は』

俺は。何だったのだろう。

その先に続くのは嫌な言葉しか思いつかない。
『私が嫌なら』? 最初に私を拒んだのはイェスパーなのに…!!

いつの間にか私は何も考えずにリンツから飛び出していた。
リンツの職員が泣いたままの私を驚いた表情で見て声をかけたけど、止まらずに私は外に出た。


†††


イェスパーはソファに横たわっていた。

今までは隣にいた少女がいなくなったのを感じながら、横たわっていた。

今は、何も考えてはいない。
今は何が起きたのかを、はっきりとは理解していない。

(…………俺は、ユースを失ったのか…)

やっと思考が少しだけ回復し、そしてすぐに回復することを否定した。
まだ思考を始めたくない。今、思考を開始すれば、その過ちに気づいてしまえば。

きっと今までにないほどの後悔をする。

(ユースは…)

笑顔を向けるユース。はにかむユース。
拗ねたように怒り、泣いて。子供のようなユース。

好きだと言ってくれた少女を、いつも曖昧にかわしていたのは確かに自身で。
妹のようだと言って泣かしてしまったのも自身。

(………図々しかったのか。俺は)

ユースの好意は永遠のものだと、ユースは喜んで答えを出してくれるのだろう、と。

「ユースを無くしたのか…、俺は」

言葉にして、身を苛む痛みを改めて感じとって、イェスパーはたったひとつの目を閉じた。

イェスパーの目の前に黒が広がる。



†††


外はもう暗かった。

車のライトに照らされながらも未だに泣いたままの私が歩く。
すれ違う人は私を見てもすぐに興味を無くしていく。

どうして、私…。

素直に。素直にイェスパーからの好意が嬉しいと言えば。
イェスパーと両想いになれて幸せだと言えばよかったのに。

なのに、どうして。

蝉が煩く鳴く夏の夜に、私は身体を包む寒さに自分の肩を抱いて、道の隅にしゃがみ込んだ。

ごめんなさい。貴方を信じる事が出来なくて。
貴方の言葉を疑ってしまって、本当にごめんなさい。

不安に臆病な私が拒んでしまった愛情は、きっと、もう、手には、入らない。
何年も、それだけを求めてきたはずだったのに。

(せっかくの言葉を受け取れなくてごめんなさい。本当は嬉しかったのに、疑ってしまってごめんなさい)
(ごめんなさい)

(許して。愛して)


(それは手に入ったのに)


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