その日は久しぶりに皇都からベルドリトが遊びに来て、ユースは予備校をサボリ、ベルドリトと昼食を取っていた。

ユースはそのまま遊ぼうと思っていたのだが、突然、ベルドリトが任務で呼ばれてしまい、現在、ユースは不機嫌そうに歩いていた。
彼女に合わせたかのように頭に飾った桜の髪飾りすらも不機嫌そうに揺れる。

忙しいのはわかってはいるが、こうも急に暇になってしまうと不機嫌にもなる。

ふと、ユースは予備校の先生の背を見つけた。丁度暇をしていたわけだし、彼が飛び切り不運だということをユースは知っていた。
彼女はニコと笑みを浮かべてから、何か面白い事はないかとその背を呼びとめた。

「ガユス先生ーっ!」
「ユース?」

綺麗な赤毛に眼鏡。蒼い瞳。何時も不機嫌そうな顔。彼の名前はガユス・レヴィナ・ソレルだ。
攻性咒式士で事務所を開いているらしいが、予備校の先生もしている。あと不運。というぐらいしかユースは知らない。

更に春先に彼女の友達であるベルドリトと大好きなイェスパーとひと悶着あったという話を聞いていたが、彼女はあまり信じていなかった。

(だって、絶対イェスパーの方が強いもん)

ユースはそう思いながらガユスを見上げて、ニコニコと笑う。
ガユスの隣にはドラッケン族のギギナ・ジャーディ・ドルク・メレイオス・アシュレイ・ブフが立っていた。白銀の髪と瞳が風に揺れる。目元の刺青が白い肌に良く映えていた。ユースはギギナの顔を覗く。

「えっと。ギギナさん? ですか?」
「……何故私の名を知っている?」

ギギナはユースを見下ろし、尋ねる。ユースは笑いながら眼帯の彼を思い浮かべる。

「いえ……知り合いの功成咒式士がギギナさんの事を話していたので」
「まあ、エリダナの攻性咒式士の中でギギナを知らない奴は少ないからな」

ガユスが納得したように答えたが、ユースはとりあえず笑っておく。話していたイェスパーはエリダナの功成咒式士ではないのだが。

ガユスは思い出したようにユースを見た。

「そういえばユース、今日は予備校に来なかったな。 ズル休みか?」
「ズルじゃないですっ! べる……友達が来ていたので一緒にご飯食べていたんです」
「何だ、男と遊んでいたのか」
「何で、男の子って限定するんですか。……まぁ男の子ですけど」

女の子みたいな時もあるけど。という考えを振り払い、ユースは頬を膨らませる。

「ユースぐらいの女は彼氏の1人や2人、いてもおかしくないからな」
「あ。結構、単純な理由…」

ユースはクスクス笑いながら、ぼんやりと彼氏になって欲しいイェスパーを想う。
頭を過ぎった思考に頬を染めながら、ガユスの隣に立った。

「まぁ、何でもいいんで、ガユス先生! ここで会ったのも縁という事で、常に金欠な学生に何か奢ってくださいー。甘いものだと嬉しいです」
「残念ながら俺達はユースよりも深刻に、万年金欠状態だ。そりゃあもうどうやって今まで事務所を経営していたのかわからないぐらいにな。それもこれも何処かの誰かのせいでな」

ガユスはギギナを睨みながら言った。だが当のギギナは涼しい顔をしている。ユースは楽しそうに笑っていた。

「えー。なんだー。ガユス先生、つまんなーい」
「本当につまらん。せめてもの償いに首を飛ばして私を楽しませろ」
「何で学生と混ざっているんだよ。お前が右耳と左耳の間のものをどっかに捨ててこい。早急に」

いきなり口喧嘩を始めた2人にユースはまた楽しそうな笑い声を上げる。
暇をしていた時にこの2人を見つけられたのは幸いだった。

そこでいきなり、爆音が轟いた。

素早くガユスがユースの前に立ち、吹き抜けた爆風からユースを庇う。
ギギナは背中の刃と柄を組み合わせ、屠竜刀ネレトーを手に握った。

音源である方向の路上を見ると、何十体ものの異貌のものどもが現れていた。
ガユスは知覚眼鏡を指で上げ、苦い顔をする。

「地下迷宮から出てきた異貌のものどもか」
「個々の力は弱いが、あの数は面倒だな」

街の攻性咒式士も騒ぎに気付いたようで、猟犬となって現れ始める。
その中でユースの顔は青ざめていた。気付いたガユスがユースを見る。

「大丈夫か?」
「だ、大丈夫だといいな。
 先生、私、怖いんでさっさと逃げます。頑張って倒してくださいね。じゃっ!」

ユースはガユスに返事をさせる暇も与えずに言い去る。ガユスが怪訝そうな顔をする横、それまで黙って周りを窺っていた異貌のものどもがユースの背を見つけ、突然ユースを追い掛け始めた。

「きゃーっ やっぱりこっちに来たぁ!!」

ユースは加速しながら後ろに迫る異貌のものどもから逃げる。ガユスとギギナがユースに並走し彼女の横に並んだ。

「女。何故、異貌のものどもに追われている?」
「私、何だか異貌のものどもによく追われるんです! やった! これがモテ期かしら!」

半泣き状態のユースはある意味でも慣れているのか、走る速さは平均よりは速い。
ガユスは振り向きざまに後方に、化学練成系第三階位 爆炸吼(アイニ)を放つ。
巻き起こった爆風がユースの背に吹きかかったが、ユースが転ぶ前にギギナのたくましい手が彼女を支えた。

「ギギナ! 先にユースを逃がしてやれ! 何故だか全く知らないが、異貌のものどもはユースだけを追っている!」

ガユスの言葉道理に異貌のものどもは面白いくらいにユースだけを追い掛けてくる。他の通行人達は見えていないかのように全く追わない。

ギギナはユースの身体を軽々と片手で抱え、先程とは比べられない速さで疾走をした。
異貌のものどもから離れ、路地に入っていく。

ある程度中に入った所、喧騒が少し遠ざかった場所でギギナはユースを下ろした。

「後は逃げろ」
「はい。ありがとうございました」

律儀に頭を下げ、ユースは路地裏を走り抜ける。
後ろの方で爆音と異貌のものどもの声が聞こえる事からガユスとギギナが応戦しているようだった。

「ガユス先生達が怪我しませんよーにー」

ユースは本当に慣れているのかあまり怖がっている様子はない。ただ、驚きはするのか困ったように走っていた。

「ユース!」
「んー?」

きょとんと聞こえてきた方向に顔を向けるとユースは思わず足を止めた。

「どうしたの! 『イェスパー』!?」

彼女の目の前には皇都にいるはずのイェスパーの姿があった。
ユースが驚きながらイェスパーに駆け寄ると、微かに不安そうな顔をしたイェスパーがユースの頭をわしわしと撫でた。

「わわわっ 髪ぐしゃぐしゃーっ」
「ベルドリトから連絡があった。任務が入ってユースを1人にしたから代わりに来い。と。
 そうしたら異貌のものどもが人を追い掛けていると聞いてな。ユース以外にはめったにいないと思ってな」

軽く説明をしつつ、ユースの髪をぐしゃぐしゃにしたイェスパーは手を離し、彼女の顔を覗きこんだ。

「走ってきた所を見ると、やはり追われていたんだな?」
「うん。 でも助けてもらった。……えっと予備校の先生に。本業が攻性咒式士なの」

あえてガユスとは出さずにユースはイェスパーを見る。
イェスパーはユースを頭を置いたまま、小さく口元に弧を描いた。

「まぁ…怪我もないようだし良かったな」
「…………うん」

頬を染めながらイェスパーを見上げ、ユースは笑った。
イェスパーはユースの腕を引き、ユースの家の方へと歩き出す。

「今日は明日も休みだから遊んでやれる」
「本当? やった。
 ………あ、ちょっと待っててね。予備校の先生、いたからお礼言ってくる」

不自然に見られない程度に、見かけた赤毛をイェスパーから隠し、ユースは苦笑しながらイェスパーを待たせ、走る。

「先生!」
「ユース。逃げてなかったのか?」
「ううん。思いっ切り逃げました。今、たまたま見かけたので」

あっさりと言い切ったユースにガユスは苦笑を零す。近くにいた頬に異貌のものどもの血を付けたギギナにユースは頭を下げる。

「ギギナさん。改めて。ありがとうございました」

ギギナは無言でユースを見る。ユースは笑いながらガユスとギギナに手を振る。

「じゃあ、さっき言ってた攻性咒式士さんが来てくれたので。
 ガユス先生はまた明日。明日はちゃんと予備校に行きますからー」
「はいはい」

適当に手を振り返したガユスを見てから、ユースは待たせていたイェスパーの元に走る。

「お待たせー」
「ユース。何処に行く?」
「氷菓子、食べたい」
「また甘いものか。太るぞ」
「怒るよ」
「………」

あえて口を閉ざしたイェスパーにユースはメラメラとした怒り気味の瞳を向ける。
その後、クスと声を零した。イェスパーもつられ、微かに笑う。

「凄く暇だったし、異貌のものどもに追われて吃驚した後だし、すごーい良いタイミングに来てくれたよ。ありがとーね」
「……そうか」

ベルドリトと遊んで。予備校の先生に会い。異貌のものどもに追われ。イェスパーとその後を過ごして。
これが彼女の日常。驚きに満ちた楽しげな日常。

そこで思い出したかのようにイェスパーがユースの頬に触れた。ユースの顔が染まる。

「な、何?!」
「驚きすぎた。さっき、髪飾りを買った。もうその桜の髪飾りも飽きただろう」
「飽きてはないよ。イェスパーがくれた奴だもん」
「気にいっているなら、嬉しいが……」

桜の髪飾りを外し、代わりに向日葵の髪飾りを付けた。

「今度は向日葵だ」

何処か誇らしげに言ったイェスパーにユースは無感動に答える。

「……夏だもんね」
「あぁ。暖かくなってきたしな」
「好きだね。季節の花シリーズの髪飾り。桜の前は季節の果物シリーズだったけど」

大好きなイェスパーから貰った髪飾り。だが素直に喜べないのは照れもあるからだ。と思いこむ事にしたユース。
イェスパーは1人満足そうにユースの頭を撫でる。

「これで何処にいてもユースを見つけやすいな。目立つからな。この向日葵」
「あ。そんな理由なの?」
「あぁ」

満足そうに答えるイェスパーの腕を取り、ぷぅーと頬を膨らませたユース。

「…すぐに助けにも行ける」
「なんか言ったー?」
「言ってない」
「ん? ほら。行こうー。
 近くに美味しい氷菓子の店があるんだよ。甘くないものあるからイェスパーも食べよーよ」

騒いでも驚いても、彼女にはそれでもいつもと変わらない幸せな日常。


(幸せな日常)


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