がたんごとん。がたんごとん。

彼女は列車に揺られながら、1人、窓際に座っていた。
景色は流れるように変わってゆき、彼女はその景色を、遠い空を見つめていた。

「ユース? 何か面白いものでも見えるのか?」

ユースに声をかけるのは彼女が大好きなイェスパーだった。
何時もの無愛想な彼の表情にユースは満面の笑みを向ける。

「空。真っ青。結構、綺麗だよ」
「……何時もと変わらない気がするが?」
「何時もより綺麗だよ」

ニコニコと微笑みながら空を見つめるユース。頭に飾られた大きな向日葵も日差しを受け、嬉しそうに揺れていた。
無邪気に喜ぶ彼女が笑いながら呟く。

「久しぶりに大賢者様に会えるね」
「………そうだな」

イェスパーは何故か微かに悔しそうに呟き返した。

イェスパーが枢機卿長であるモルディーンに強く忠誠を誓うように、ユースは大賢者ヨーカーンに酷く懐いていた。
ヨーカーンもユースを溺愛しているのか、普段ならば見る事の出来ない表情をユースにだけ見せることも多々あった。

ユースはヨーカーンに拾われた。イェスパーはそれぐらいしかユースとヨーカーンの関係については知らない。
本当の父と子のように仲の良い2人。だが、血が繋がっているわけではないようだ。

ユースに何があったのかをイェスパーは聞かないし、ユースも話さない。

ユースを妹のように感じているイェスパーには歯がゆい気持ちも少しはあったのだ。

「大賢者様、元気かなぁ?」
「俺はあまり話さない」
「何でー? 大賢者様、すっごく優しいよー?」

にこりと笑うユースにイェスパーは溜め息を返す。
ユースはテンションの高いまま、イェスパーに話し続ける。

「それにほら、猊下様にも会えるし。キュラちゃんにも会いたいなぁ」
「……キュラちゃん……」
「キュラソーちゃんって良い辛いんだもん。
 あ。イェスパーの師匠さんには会えるかなぁ? この前少し見かけただけだったし」

にこにことはしゃいでいるユース。
やはり迎えにはベルドリトを行かせた方が良かったか。と思いつつも、イェスパーはユースを見ていた。

そこで。列車のアナウンスが鳴る。早くも終着駅に着いたようだ。

「ほら。降りるぞ」
「うんっ」

イェスパーが頭上の荷台から荷物を下ろし、ユースはパタパタと座席で食べていた弁当などを片付ける。

予備校も休みの2日間。ユースは皇都に泊まる事になっていた。
はしゃぐユースを押さえるように。イェスパーはユースの手を引いていった。


†††


「お久しぶりです! 大賢者様!!」

モルディーンの館内に入ると、既に大賢者ヨーカーンが庭でユースを待っていた。

子犬のようにヨーカーンに飛びつくユースに何時もの微笑を浮かべながら、ヨーカーンの瞳が楽しげにコロコロと変わってゆく。
ヨーカーンの周りを飛び回っている宝珠も心なしか嬉しそうだった。

「ユース。列車は疲れなかったか?」
「はい! 全然大丈夫です!! 大賢者様もお元気そうで何よりです!」

テンションMAXのユースを遠くから見つつ、イェスパーは荷物をユースの部屋へ運ぼうとする。
と、ユースがヨーカーンから離れ、慌ててイェスパーの背を追いかける。

「あっ イェスパー! 待って待って」
「どうした?」
「私のお部屋、どうなってるかわかんないから、まだイェスパーは入んないでーっ
 大賢者様、また後で会いに行きますね!」

バタバタとキャリーケースを押すユース。
することの無くなったイェスパーはふとヨーカーンに視線がいった。

不思議の1言が似合うような、神出鬼没のヨーカーン。
イェスパーにとっては何時、モルディーンを襲うかわからない危険人物だ。
あまり関わりたくはないし、正直ユースを関わらせたくもない。

視線を感じたのかヨーカーンがイェスパーを紅い瞳で見る。
すると、ヨーカーンが微かに微笑んでイェスパーに寄ってきた。

「イェスパー。ユースはどうだ?」
「……どうとは何でしょう?」
「ユースはイェスパーを好いている。
 我はユースの気持ちを配慮したい」
「ユースの好きは友達の好きでしょう」

何でヨーカーンとユースについての恋の話をしなければならないのだ。と、内心思いながらも、イェスパーはヨーカーンを見る。
ヨーカーンの瞳が極寒の蒼へと変わっていった。

「イェスパーが気付いていないならそれでいい。
 が、ユースになにかあれば」
「大賢者様ー! イェスパー!」

ヨーカーンが見あげると館の2階部分のある一室から、ユースが楽しそうに2人へと手を振っている。

「あのねー! キュラちゃんがお部屋のお掃除しててくれたの! とっても綺麗なのー! 2人とも早く来てー!」

館内には庭師などもいたが、ユースの微笑ましいともいえる光景に笑みを零している。

「今行く。ユース」

ヨーカーンが瞳の色をコロコロと変えながら館内へと入ってゆく。
その後ろでイェスパーは安堵するような、長い長い息をついた。

「………ユースへの嫉妬心を俺に向けられても困るのだが……」

大陸2位の眼力を思い出すと同時に、イェスパーは重い溜め息をついた。


†††


少女の足が振られる。寝台の端に腰を掛けて、彼女はお気に入りの縫いぐるみ(イェスパーからの贈り物)を抱えながら、エリダナでの話を語っていた。

「――それでね。その予備校の先生は……どうしたの? イェスパー」
「ん? あぁ、いや。続けてくれ。何でもない」

部屋の中には、ヨーカーンとイェスパー。そして暇だからと遊びに来たモルディーン枢機卿長が揃って、それぞれに自由な場所に座っている。

そして今は、どうやら話を聞いていないイェスパーをユースが頬を膨らましつつも、話を止め、不安そうに見つめている。
それもそうだ。ここにはイェスパーとユース、それに大賢者と枢機卿長という…、イェスパーにとっては決してくつろげるとは言えない状況だった。

そんな中モルディーンは、じぃとイェスパーを見つめているユースを面白そうに見つめていた。

「そうだ。ユースちゃん。エリダナでの話も興味深いけれど……エリダナで『彼氏』とかは出来たのかい?」
「えっ?」

モルディーンの突然の話題提供。

向日葵を飾った少女は真紅に頬を染めながらも、ちらりとイェスパーを見て、大賢者は瞳を真紅に染めてじろりとモルディーンを見て。
そして、ユースの視線を受ける眼帯の男は少しだけ興味を持ったようで、ユースを見ていた。

誰もが誰かを見ながら、きょろきょろと視線を彷徨い…。
モルディーンだけがユースへの微笑みを浮かべたままであった。

「ほら。ヨーカーンくんが連れてきたとはいえ、何カ月かは一緒にいた仲だ。
 君の事は娘に近いものだと思っているし、気になるんだよ」
「え。あ。う。でも……」

チラリとまたイェスパーを見るユース。と、今度は視線がばったりとあった。
ユースは慌てて俯き、耳まで赤くした状態で黙った。イェスパーが不思議そうに話かける。

「ユース。猊下もこう言っているし………それに、その事は俺も気になるな」
「ええっ?」

イェスパーの言葉にユースは顔を上げ、モルディーンは笑みを深くし、ヨーカーンは先程より増して視線が強くなる。

「俺もユースの事は気になるし……。エリダナに行っている間は俺も何も出来ないからな」
「い、イェスパーは、何もしなくても、いいんだよ」

ユースは頬を染めながら嬉しそうにイェスパーを見つめた。

「イェスパーは………時々私に会いに来てくれるし…いっぱい心配もしてくれてるから………」
「………まぁ、心配ではあるな。大事だからな」

困ったようにほんの僅かな微笑を浮かべるイェスパー。
ユースは縫いぐるみを抱き締め、顔を埋めながらイェスパーを上目づかいで見ていた。

イェスパーはくすと彼にとっては珍しい笑いを零す。

そして彼は爆弾に引火していった。

「あぁ。ユースの事は『妹』のように大事にしているつもりだ」

空気が凍る。凍る。凍る。

1つだけ動いたもの。それはユースの可愛らしい瞳から流れ出した。

「な、何故、泣く!?」

まわりの中年の男2人が息を止め、イェスパーが慌ててユースの肩に触れる。
困ったような顔をしながらも心配げにユースを気遣うイェスパー。

「ユース。どうした? 何処か痛いとこでも?」
「…………………わかっ、てた、もん………」
「な、なにがだ?」

どきまぎとしながらイェスパーは返答する。ユースは俯きながらぽたぽたと涙を零し続ける。

「わかってたん、だもん…イェスパー、が……私の、事…子供だ、と思っ、てるの」
「い、いや。子供扱いなどしていた訳ではなく……」
「でも、でも、面と向かっ、て、妹って、言われ、ると……傷付く、な…」

涙を流しながらもユースは彼女らしくにこりと笑う。その優しい笑みにイェスパーは少しだけ安堵を抱くが…。

ユースがキッと目端を吊り上げ、イェスパーの胸元を思いっ切り殴る。
が、攻性咒式士の彼にそんな拳などきく訳もなく、ユースの手が赤くはれただけだった。
それを見てまたイェスパーの心配が増える。

「ユース、大丈夫か?」
「馬鹿!! 死んぢゃえ! 鈍感!!」
「え。あ? ユース?」
「ちょっとぐらい私にも気付けバーカ!!」

ユースが出来る精一杯の罵詈雑言を残し、イェスパーには目もくれずに部屋から飛び出していった。

「ユース、待て」

ヨーカーンが立ちあがり、ユースの小さな背を追い、部屋から飛び出る。
残ったのはイェスパーとモルディーン。

「………げ、猊下…。どうしたらいいんでしょうか。この場合」
「イェスパーくん。お約束過ぎるね」

モルディーンが困ったように、だがクスクスと笑いながら、打ちのめされているイェスパーを見ていた。


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