「で。なーんでぴょこるんとここに来たのかなぁ?」
「だって。だって…!」

イェスパーの双子の弟、ベルドリトの部屋で、ユースは猫のように膝を抱えて丸くなっていた。
ベルドリトは危なっかしい手付きで、砂糖とミルクたっぷりの紅茶を煎れ、ユースの側に置くが、部屋に来た時からユースは身動き1つしていなかった。

うーんと困った顔を浮かべながら、ベルドリトはユースの側に座る。

「兄貴が鈍感なのはユースちゃんもばっちしわかってたじゃん」
「面と向かって言われると…辛いんだもん」
「ズキューと辛いのはわかるけど……。あのヨーカーンさんをポメポメっと捲けるぐらいに逃げて来たのは凄いよ?」
「異貌のものどもから、逃げ延びてる私だもん。自慢にならないけど」

そう言って大賢者を捲いてきた少女はぐすぐすと泣いていた。

ユースと同じように膝を抱えて座ったベルドリトが、顔を埋めたままのユースを窺う。

「ほら。もげもげ、もう泣いてないよね? 顔上げて」

コクンと頷くユースだが、顔を上げる気配は見せない。ベルドリトはどう慰めていいものか分からずに、ユースの側でずっと座っていた。

暫く無言が続く。
おしゃべりなベルドリトも言葉を閉ざし、ずっと2人は並んで部屋の隅で座っていた。

「ベルくん……私…なんでイェスパーの事好きになったのかなぁ?」

ある時、ユースがいきなり話し出した。ベルドリトはユースの方を見ながら呟く。

「ユースちゃんは兄貴の事、どう思ってくれてるの?」
「……イェスパーはね。とってもとっても、怖いの。
 怖いし、目付き悪いし、傷だらけだし、眼帯してるし、普通に軍服だし、不器用だし、鈍感だし」
「うん。いいとこないね」

ユースのあまりのイェスパーの評価にベルドリトが苦笑を零す。
自らの双子の兄の事なので、ユースよりも知っているからかも知れない。

ユースはそこで少しだけ顔を上げてベルドリトを見て微笑んだ。優しげな表情で、照れながら。

「でもね。すっごく優しいの。
 意外と面倒見いいし、目付きは悪いけど時々笑うの。怪我してるのも猊下様を守ってるからだし、不器用なくせに私の事、一生懸命慰めてくれるの」

ベルドリトは微笑む。ただ1言だけ、言葉を返した。

「兄貴、好き?」
「好き」

ユースも微笑んだ。ただ1言だけ、返した。

ベルドリトはその言葉に満足そうに笑い、イェスパーがするようにユースの頭をわしわしと撫でた。

「僕はモギュンとユースちゃんがそう思ってくれてるのが嬉しーんだよ。
 兄貴はほら、本当にりるりるって不器用だから女の子の扱いとか全然わかってなくって、ユースちゃんの事いーっぱい泣かしちゃうかもしれないけど…。
 でもでも、兄貴の事は嫌いにならないであげてね」

ユースはわしわしと撫でられたまま、ベルドリトに笑みを返す。
そしてその後、にこにこと何時ものように笑った。

「ベルくんって本当にイェスパーに似てないね」
「色んな人にいわれるよん」
「でも、すっごい似てるかも」

「それ、矛盾してない?」と首を傾げるベルドリト。
ユースはぎゅうとベルドリトに抱きついてケラケラと笑った。

「私、ベルくんも好きになった」
「えぇ!?」

不意に放たれた言葉にベルドリトの頬が我知らずに染まる。ユースは困惑するベルドリトに抱きつきながら、楽しげに笑っていた。
2人は仲良さげに会話を続ける。
ユースは本当に楽しそうに、ベルドリトはまだ微かに頬が赤いまま。

「1番はイェスパーだけどね。大賢者様はランク付けなんか出来ないくらいだけど」
「え。う、うん」
「だけど2番目はベルくん」
「2番目って…」
「1番が良かった?」
「モギュンって良いも悪いもないよ」
「イェスパーに愛想尽かしたら、ベルくんに告白するかも」
「だ、だからびゅばびゅはっと兄貴の事好きでいてあげてって。あ、あとそゆことは本人に言わないの」
「ベルくん、顔あかーい」
「ユースちゃんの気のせい!」

笑いながら。ユースの気が晴れたのか、やっとベルドリトから離れて、部屋の扉へ向かった。

「イェスパーに謝って来る。さすがに言い過ぎたから」
「みょっるんといってらっしゃい」

パタパタと駆けだすユース。ベルドリトはその頭に揺れている向日葵を見届けてから、うーと天井を見上げた。

「ちょっとー。何で僕、顔、紅いんだろー」

1人言は幸い誰も聞いていなくて。ベルドリトは額に手を置きながら暫く顔を染めたままでいた。


†††


「ユース! 何処に行ってたんだ!?」

部屋を出て、庭を走っていると後ろからイェスパーが追いかけてきた。
ユースは振り返り、息の上がっているイェスパーに向き直った。

「ベルくんのお部屋にいた」
「ベルドリトの? あいつの部屋には行ったぞ?」
「隠れてたの。ベルくんにも協力して貰ったから」
「………ベルドリトは後でゲンコツ」
「ベルくんを苛めないでね」

いつものような会話。
だが、イェスパーはユースを気遣うように視線を反らしていたし、ユースも向き直りはしたが、1度もイェスパーと目を合わせたりはしない。
そこで、長い息を吐いたイェスパーがユースを真っ直ぐと見た。

「すまん」

普段、ユースといる間以外は無口に近い彼にはその1言が精一杯で。

「いいよ」

ユースはそれがわかっているからあえて彼女もあっさりと答えてみた。
だが、イェスパーにはそれで充分だったらしく、軽く俯いたまま小さな笑みを浮かべた。

「すまん。礼を言う」
「謝ってお礼を言うのってなんか変だね」
「そ、そうか?」
「うん。だってごめんなさい。ありがとうってなんか真逆のイメージ」
「俺はユースがいいと言ってくれた事に礼を言ったつもりなのだが…」
「私、やっぱりイェスパーが好きなの」

突然言われた言葉にイェスパーはどう対処していかわからずに言葉を無くした。

彼はユースが嫌いなわけではない。

だが、やはり妹のように接しているのもあり、恋愛感情までは感じていないのだ。
それでも。はっきりと断り、ユースを傷つける事も出来ない。
だからいつも流すような言葉だけを返し、ユースの事を妹だと思い続けた。

自身の優柔不断な態度に苛立ちすら感じつつも、ユースとの関係が断たれるのが何故か無性に嫌だった。

何かを言おうとするが言葉は浮かばない。何度か話し出しては口を閉ざす。
ユースはそんなイェスパーを見てから、泣きだす寸前の顔を無理矢理隠し、にこりと笑った。

「イェスパー。好きー」

もう1度そう言う。さっきと同じように。だが、今はただただ無邪気な『子供』を演じてイェスパーの腕にしがみ付いた。
子供のように。兄にじゃれる妹のように。イェスパーの迷いをかき消すように。

「ね。イェスパー! 大賢者様、何処に行ったか知らない?
 私のこと、追いかけて来てくれたのに捲いちゃった」
「ま、捲いた!? 十二翼将、第2位を!?」
「うん。捲けちゃった。逃げ足だけは速いの私」
「逃げ足速いというだけで十二翼将を捲くな。ユースは一般人なのだから」
「でも出来ちゃったんだもーん」

彼女はにこにこと笑い、イェスパーの機嫌を窺っているままだった。

「さっき見た時はまだ探しているようだったが…」
「じゃあ、まだお庭にいるかなぁ?」
「たぶんな」
「そっかー。じゃぁ私、大賢者様の所行くね」
「ユースっ ちょっと待て!」

イェスパーの腕から離れ、数歩駆けだしたユースをイェスパーが止める。
顔だけ振りむいたユースが優しげに、柔らかい笑みでイェスパーを見た。

「イェスパー。さっき私が言った事。忘れていいから」

それだけを言い残し走るユース。イェスパーは黙ってユースを見ている事しか出来なかった。


†††


それから数分後。外はすでに夜になっていた。
ユースの部屋の中で、電気すらつけずに2人はいた。

「……ごめんなさい。大賢者様」

ヨーカーンの胸に顔を埋めたままユースは呟いた。
彼女の肩が震えている。ヨーカーンは黙ってユースの肩を支えている。

「だって。イェスパー、酷い。でもイェスパー、悪くないの。悪いの…私なの。でも、酷いの」

混乱の収まらないユースはヨーカーンにしがみ付きながら泣きじゃくる。

片思いの彼女は、自分を拾った義父の胸の中で暫く泣いていた。

彼女にはまだ、失恋に耐えられるだけの経験がなかったのだから。


†††


同じ時間帯。窓の外は同じように暗い。
イェスパーの部屋の中で、電気をつけて2人はいた。

「兄貴。ユースちゃんに謝った?」
「………あぁ」
「ユースちゃん、凄く兄貴の事考えてるんだよ?
 なのにもげもげ、兄貴がユースちゃんの事考えないから」
「………そうだな」

呆けた返事しかしないイェスパーにベルドリトがぷぅと頬を膨らませて、イェスパーを顔を覗きこんだ。

「ぎゅるんっと聞いてる? 兄貴!」

ぼんやりと虚空を見つめているイェスパーの頭の中はユースの事ばかり。

彼女を泣かせてはいけないとわかっているのに、彼女はまた泣いていたのだから。


†††


泣きじゃくっていたユースがふと顔を上げた。黙って髪を撫でていたヨーカーンがユースを見る。

「どうした? ユース」
「………なんでもない、です。大賢者様…」

ヨーカーンにしがみ付いたままユースはぼんやりと呟く。

「私、昔は絶対に恋とか、こういうの無いと思ってたのに…
すっごいイェスパーの事…好きになっちゃってるなぁって思いまして…」
「……良い変化だな」

ユースは困ったように、それでも笑う。

「なんだか不思議です。不思議なのに、凄く嬉しいです。
 嬉しいけど、悲しいんです」

ヨーカーンの胸に抱きつき、ユースは嬉しそうに笑っていた。

「これからも私はイェスパーの事好きでいていいんですか?」
「ユースが好きに、したいようにすればいい」
「……はい」

ユースはただ少女の笑みを浮かべた。気が済んだのか済まなかったのか、ユースはヨーカーンから離れ、窓辺から身を出して空を見上げた。

空に浮かんだ満月はキラキラと輝いている。
ユースはその明りを浴びながら、窓際に座った。

「なんだか少し、落ち着きました。
 ありがとうございました。大賢者様」
「我に礼はいい。モルディーンの奴も気にかけていたようだから後で顔を出しておくようにな」
「はい」

可愛らしく微笑み、ずれた頭の向日葵の飾りを整える。お気に入りのそれを大事そうに触った。
ヨーカーンはユースを見ながら微笑んでいる。

「本当にイェスパーが大好きなんだな」
「…はい」
「全く。本当に何故イェスパーに寄りついたのか……。
 我の側に置いておかったのにエリダナに行ってしまったし」

瞳を緑色に輝かせながら軽く頬を膨らませているヨーカーン。

「えへへ。ごめんなさい」
「……む。可愛い奴め」

何かの親馬鹿スイッチが入ったのかユースにすり寄るヨーカーン。
ユースは笑いながらまたヨーカーンに抱きついた。

ユースは大賢者に抱きつきながらもイェスパーの事を考える。

でも、今までとは少し違って、どうすれば両想いになれるかではなくて、どうすればイェスパーを困らせないか。と。

健気な少女の胸の内。
ヨーカーンに顔を埋めて笑みだけを口元に張り付ける。

このままでいようと、それでもいいのだと。

「イェスパー。私、妹でもいいかも。ずっと側に入れればいいよ」

悩む事を忘れたように、ユースはヨーカーンを抱き締め続けた。
ずっと、ずっと。全てを忘れたくて抱き締めていた。


(夏の間の短い休み)


prev  next

- 4 / 20 -
back