ユースが辿りついたカナレイン通りは既に壊滅状態だった。

道路は縦に9つ、さらに横に9つに刻まれて、81のサイコロと化している。
他にも鋭利な刃物で切られ、両断された跡。燃え上がる自動車。
何かの業火で焼かれ、炭と化した街灯。

ユースは不安定な足元に気をつけながらも、その影を探し路地を駆ける。

不安顔のまま、求めるように。

再度の爆発音。
今までのものとはくらべものにならない程の爆発音だ。

爆音にユースの足元が揺れる。彼女は思わず悲鳴を上げ、その場にしゃがみ込んだ。

その揺れが止むまでしばらくかかったが、揺れが収まると同時にユースは走りだした。
瓦礫に躓きつつも、ユースは崩壊のの酷い方へと向かう。

そしてやっと目的のその影を見つけた。

「イェスパー!!」

叫びながら、血まみれの彼の元へと駆け寄る。
彼女の目には摺鉢状に深くえぐれたアスファルトが目に入る。

イェスパーの隣にいたベルドリトが貧血で青い表情を驚きへと変えた。

「ユースちゃん!?」

ベルドリトの声にイェスパーが身体を起こす。
イェスパーの胸や腕から血が噴き出す。よく見ると左腕が無くなっていた。

ユースはその陰惨な光景を見つめ、蒼白な表情で涙を堪える。

「イェスパー!! ベルくんも血が…イェスパーっ」
「早く手当てをすれば死にはしない。俺よりベルドリトの方が危険だ」

そういいながら咒式を使い、ベルドリトの全身の傷を強引に塞ぐ。
その次にイェスパー自身の左腕の断面を塞いだ。

ユースは涙を溜めながらイェスパーの右腕を抱き寄せる。
血に塗れるユースを見て、イェスパーは腕を引いたが、ユースは離さず、彼を見上げる。

「今、お医者さん呼ぶから!」
「待て。先にここから離れる事が先だ」

空には黒煙が上がり、警報音が鳴っていた。

イェスパーは強引に立ち上がる。
ユースはイェスパーをぎこちなく支え、ベルドリトに手を伸ばした。

「ベルくん、大丈夫? 歩ける? 死なない?」
「だいじょーぶ。ユースちゃん、血で汚れちゃうよ…」
「いいの! だから…そんな、無理しないでよぉ…」

ユースは悲痛に震える声で2人に訴える。
ベルドリトは微かに微笑み、イェスパーは黙ってユースの頭に手を置いた。

イェスパーのその手が固まる。
彼は突然、街路の先を見つめる。イェスパーの身体に緊張が満ち、同じくベルドリトも反応した。

「何、これ!? 何が向かってきているの!?」
「え? 何? 敵?」

ユースだけがよくわからず慌てていたが、イェスパーが残った右腕でユースの身体を包み込んだ。と同時に後方に飛び、回避。

三角の影が街路を駆け、ユース達と交差する。
影の音速移動による衝撃波が周りを叩き、ガラスが割れ、飛び散った。

イェスパーと腕の中のユース、ベルドリトも空中で衝撃波を受け、地面に叩きつけられる。
が、双子はすぐに立ち上がり、体制を整えつつ車道を見つめた。

走り去って行った三角形はすでにビルの向こう側へと急降下していった。こちらに戻ってくる様子はないようだ。

イェスパーは立ち上がる時に寝かしたユースに駆け寄る。
声をかけながら彼女の様子を見る。

「ユース。ユース、大丈夫か?」
「…頭、…いたい」

薄目を開け、ぎゅうとイェスパーを掴む。見ると一筋頭から血が流れていた。
ベルドリトが不安そうにユースと兄を見つめる。

「兄貴、ユースちゃん――」
「薄く切れただけだ。脳などには害はない」

頭の傷口を咒式で防ぎ、ユースを覗き込む。

「立てるか?」
「……うん」

ユースは自身の血とイェスパーの血に汚れていたが、ふらふらとしながらも立ち上がる。

そして足早に無惨な状態のカナレイン通りから離れた。


†††


「ユースは家に帰れ」

近くの路地裏に隠れつつ、イェスパーは彼女に言い放った。
ユースは驚いたようにイェスパーの裾を掴む。

「何言ってるの! 病院にも行かなきゃいけないし、ついてくから!」
「……極秘任務で来ている。通常の病院には行けぬ。
 ベルドリト、先にユースを市立病院前に置いて来てくれ」
「………わかったよ、兄貴」

イェスパーの言葉にベルドリトが頷く。ユースが首を振る。

「私の怪我は大丈夫だもん! もう痛くもないから、だから――」
「ユース!」

イェスパーの声が響く。

ユースが固まり、イェスパーも自身が出した大声に固まる。
ユースの瞳から今まで我慢し続けた涙が零れる。困惑の表情を浮かべるイェスパー。

だが、そのままユースは悔しそうな表情をしたあと、バッと立ち上がり、この場から走り去っていってしまった。

イェスパーが思わず伸ばした手にユースは捕まる事はなく、彼女は路地裏から消えて行った。

空を切った手をゆっくりと降ろすイェスパー。
ベルドリトが責めるようにイェスパーを見つめていた。


†††


寝台に飛び乗り、そのまま顔を埋め、音もないまま泣きじゃくる。

「ばかーっイェスパーばかばかっ」

言葉の連鎖を続けながら、彼女は寝台の上のぬいぐるみを抱き寄せる。

肩を震わせ、泣いているうちに涙も出なくなってきた。
ユースはゆっくりと身体を起こし、暗くなりはじめている外を見つめた。

「そんなに頼りないかなぁ…」

声は震えながら。ぬいぐるみに顔を埋めて、それでも彼を想う。

イェスパーは極秘任務だと言った。

なら、向かう病院は限られる。
身元を探らず、最高の治療をする医者。

「………わかんない!」

あくまで一般人であるユースにはそんな医者のいる病院など思いつかない。

手は携帯に伸びていた。浮かび上がるのは嫌そうな雰囲気を醸し出した夜会の仮面。


†††


「で、わざわざ、あたしの所を情報屋に探させてまで、男を待ってるの?」
「だってなんかムカつくんです。多分、ここに来てくれるはずなんです」

次の日。
ユースがいたのはツザン診療所だった。そして彼女は闇医者という職業を初めて知った。
そこの医者である藍色の髪をした女医のツザンはユースに諭すように言い聞かせる。

「確かにこれから匿名の予約も入ってはいるが、あなた、その男から悪い影響を受けてるんじゃないのか?」
「………い、いいんですッ」
「ユース?」

そこでユースを呼ぶ声がした。見知った声にバッと振り返るが、ユースは表情を曇らす。

「ガユス先生…」
「や。そんな嫌そうな顔をしないでくれ。俺が何をした」
「あ。ご、ごめんなさい。そういうつもりじゃ…」

そこには今、治療を終えたと思わしきガユスの姿があった。ツザンが微かに興味深そうにガユスを見る。

「なんだ。患者4970701号の知り合いか?」
「予備校の教え子だ。そして俺を識別番号で呼ぶな。
 ユース。どうしてここに? ここは細菌という名のツザンがうようよしてるから早く帰りなさい」
「あたしに喧嘩売っているのか?」
「うっさい。今、学生に授業中だ」

ユースはガユスとツザンを見比べながら愛想笑いを向ける。
ガユスの後ろからギギナの姿も見え、ユースは頭を下げた。

本気で不思議そうなガユスにユースは答える。

「私はただ人を待ってるだけです。今日、ここに来るはずだから…」
「闇医者の所で待ち合わせも凄いな。
 いいか? ツザンに何言われても無視するように。あと、解剖されそうになったら逃げるように」
「か、解剖?」

ユースは首を傾げる。不安を覚えたガユスはツザンを睨んでおく。

「ユースには変な事吹き込むなよ」
「嫌よ。お姉さんが夜の秘密をたっぷり教えてあげるわ」
「絶対教えるなよ。ユースで遊ぼうとするなッ!
 俺達は帰るけど、本当に気をつけろよ?」

真剣顔のガユスにユースは笑いかける。

出口に向かった3人の背を見送り、ユースは休憩所で大人しく待つ。

少し時間が過ぎた。

昨日、心配しすぎてあまり睡眠をとっていないユースがうとうととソファに身体を預ける。
と、その隣にボスッと青年が座った。ユースは驚き、笑う。

「ベルくん!」
「ユースちゃん、はっけーん♪」

屈託なく笑うベルドリトにユースが抱き着く。
ベルドリトはニコニコと笑いながらユースを見た。

「ユースちゃん、よく僕達の場所がわかったね。どうしたの?」
「なんかいろんな事に詳しい人に聞いたの」

彼女のヴィネルの評価はその程度らしい。
ユースはベルドリトに抱き着いたまま探すように周りを見る。

「ね、イェスパーは?」
「兄貴は今、ピュヒュッと治療中だよ。
 ユースちゃんも一緒に待ってよ?」

ベルドリトは笑いながらユースの頭を撫でる。ユースは嬉しそうに大人しく撫でられていた。

ユースの表情は安堵しているようで、優しげな表情だった。

「ありがとう、ベルくん。
 でも、私、帰るかな」
「えっ? なんで? 兄貴の治療もちょっと時間かかるかもしれないけど、にょるって終わるよ?」
「ううん。帰るよ。
 2人とも怪我は治して貰ったんだよね?」

ユースはベルドリトの肩や腕に触れながら、微笑む。ベルドリトは不安そうにユースを覗き込んだ。

「ユースちゃん、兄貴の事、嫌いになっちゃった…?」

彼女はベルドリトの問いに笑みを返しながら答えた。

「嫌いなれたら楽なのにね」

ユースはそのままベルドリトに手を振り歩き出す。

再会して、また彼を困らせてしまうのは、嫌だったのだ。


†††


新聞やテレビでは毎日争い事が絶えない。

エリダナではさらに<古き巨人>の姿が見えているらしく、ラルゴンキン事務所や他の事務所にも被害が出た。
エリダナ勇騎士団という過激派が同盟への反対運動を叫び、暴徒の行進が街を歩く。

ユースはテレビを消し、寝台に放ったままの携帯に手を伸ばした。
文書画面を呼び出し、ベルドリトに文書を書き連ねる。

送ったあと、しばらくして返信が来た。


<ごめんね。今いる場所は教えられないんだ。
 兄貴も俺も怪我してないよ。ユースちゃんも気をつけてね。
 マズカリー王の記念日には一緒にご飯食べよーね>


軽く返信をしたあと、またユースは携帯を寝台へと放った。
そのまま自分も寝台へと倒れる。携帯が1度跳ね、戻った。

何故かやる気が起きない。

ユースは体中にけだるさを感じながら、天井を見上げる。

彼女はイェスパーに会いたくて仕方がなかった。
彼はエリダナにいる。なのに彼とは会えず、最後は泣いて別れてしまった。

謝りたい。何に謝るのかわからないが謝罪を言いたかった。

最近は泣いてばかりだ。
イェスパーに会いたく。だが会えば泣いてしまう自分が憎くて。

ユースは寝台に倒れたまま、眠りについた。


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