拾陸

 

「このたび、光柱を拝命いたしました、煉獄名前でございます。未熟ものではございますが、どうかご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます」

光柱への就任式は柱達を招集した上で、産屋敷邸にて執り行われた。
錚々たる顔ぶれを前に、私の緊張は頂点に達していた。目の前にいらっしゃる方々と私の実力に雲泥の差があることは歴然である。これからは市民を守るだけでなく、隊士たちも守りながら鬼と対峙していかなければならない。
本当に私のような若輩者に光柱が務まるのだろうかとあまりの重責に不安が過る。
息が詰まる思いで深々と頭を垂れる私への視線が痛い。まるで見定めるかのようなその鋭い視線を一身に受け、丁寧に揃えた指先が震えた。

「名前、顔を上げなさい。なにも不安に思うことはないよ。名前の光柱への就任はここにいる皆の満場一致で決まったことなのだから」

「え…。それは一体どういうことでしょうか」

戸惑いを隠せずに親方様のほうを仰ぐと親方様はにっこりと微笑まれた。まるで理解ができない。ますます深まる疑問に困り果てていると親方様に代わって、岩柱である悲鳴嶼様が続けられる。

「親方様の仰った通りのこと…。我らが君を柱へ推薦したまでのことだ」

「名前さんの実力はここにいる全員が認めているのですよ。お兄さんの件は残念でしたが、こうして名前さんが光柱を引き受けてくださったことを嬉しく思っています」

共に頑張りましょうと胡蝶様はやわらかい微笑みを浮かべられた。胡蝶様の笑顔を皮切りに張り詰めていた緊張感がプツンと切れ、和やかな空気が流れだす。先ほどとは打って変わって厳しい表情を崩される皆さまを前に呆気にとられていると音柱である宇随様が彼の隣に座っておられた杏寿郎さんを揶揄うように肘で突かれた。

「しっかし夫婦揃って柱とはねえ。炎の呼吸か光の呼吸か。煉獄家の跡継ぎが今から楽しみだぜ」

「宇随さん無粋な話は慎んでください。煉獄さんと名前さんのお二人ならまだしも、なぜか富岡さんまで動揺なさってるじゃありませんか」

「よもや!子供のことはまだ考えていなかったが、そう言われるとそうだな!炎の呼吸と光の呼吸、どちらの呼吸を使う子になるのか俺も楽しみだ!」

とても就任式で交わされる会話とは思えないそれに返す言葉が見つからない。皆さまの前で一体なにを仰るつもりなのか。恥ずかしすぎて穴があったら入ってしまいたい心境である。顔を真っ赤に染め、ダバダバと汗を流す私はあまりの気まずさにまともに皆さまを見ることができない。そして何故富岡様が私と同じほど照れていらっしゃるのかもわからない。
尚も宇随様と杏寿郎さんは跡継ぎの話で華を咲かせていらっしゃる。誰かこのお二人を止めて頂けないだろうかと思っていると業を煮やした不死川様が二人の会話をぶった切られたところで漸くその話は終わりを迎えた。不死川様には最大限の感謝の気持ちをお送りする共に、杏寿郎さんには邸に帰ったらみっちりと言って聞かせよう。

「ふふ。仲良くやっていけそうで安心したよ。名前のことをよろしく頼むよ、私のかわいい子どもたち」

こうして就任式は滞りなく幕を閉じた。

親方様が退出されると柱達もそれぞれ庭先へ下り、他愛ない会話を交わす。甘露寺様と胡蝶様の気遣いもあり、自然にその輪に入ることができた私は改めて自己紹介をすませ、柱としての心構えや最近の鬼の出没情報等を伺う。なんでも柱は担当地区というものを振り分けられるらしく、普段はその地区を中心に見回りを行うのだそうだ。未だ柱としての実戦経験がない私は暫く杏寿郎さんが担当なさっている地区を一緒に見回るとのことだった。

熱心に聞き入っていると「そういえば」と思い出したように甘露寺様が呟かれた。

「名前ちゃんのお兄さんの仇を討ったのも煉獄さんだったわよね!そう思うとやっぱり煉獄様と名前ちゃんは運命の相手だったのかしらね!ロマンチックねえ!」

甘露寺様が発せられた思いがけない一言に衝撃を受ける。まるで雷で打たれたかのような凄まじい衝撃にすぐにその言葉の意味を理解することができなかった。
兄を死に追いやった鬼が柱の手によって討伐されたことは以前から知っていた。そのお方が誰であるのか、いつか杏寿郎さんに伺おうと思っていたのだ。

その人物が、まさか、杏寿郎さんだったなんて。

どうしてこれまでそのことを話してくれなかったのだろうか。話す機会なら幾らでもあったはずだ。

少し離れたところで蛇柱である伊黒様と話されている杏寿郎さんには気付かれぬようちらりと彼を見やる。当然私と杏寿郎さんの視線が交わることはない。

思いがけない甘露寺様の告白に何処か杏寿郎さんを遠くに感じてしまい、ちくりと胸が痛んだ。







「堂々たる見事な姿だったぞ、名前!」

杏寿郎さんと肩を並べて邸までの帰路を歩く。いつもならば杏寿郎さんの隣を歩けることに心から幸せを感じていたはずだが、今日は違う。ぐるぐると消化できない気持ちが私の中を支配していた。
歩んでいた足を止め、その場に立ち止まる。突然隣から消えた私にすぐに気がついた杏寿郎さんは不思議そうに私のほうを振り返った。

「どうした、名前。どこか痛むのか?」

杏寿郎さんはいつもと変わらない表情を浮かべて私に手を伸ばされる。しかしその手から逃げるように半歩下がると、杏寿郎さんのお顔がみるみるうちに陰りをみせた。

「どうして教えてくださらなかったのですか」

「なんのことだ」

「私の兄の仇を討ってくださったのが杏寿郎さんであると、どうして黙っておられたのですか」

決して視線を逸らさない私とは相反して杏寿郎さんの瞳は明らかに動揺で揺れていた。この様子からやはり甘露寺様の言葉は本当だったようだ。
杏寿郎さんが兄の仇を討ってくださっていたことが不服なわけではない。
ただまるで隠すように今日まで私に話してくださらなかったことがひどく悲しかった。心も体も通わせたものだと思っていたのは私だけだったのだろうか。

「どうして何も仰らないのですか。私に知られては不味いことだったのですか」

「ちがう!決してそういうつもりではなかった!」

「では何故ですか!私が兄の死をどれほどまでに悲しんでいたか、杏寿郎さんならご存知だったはずです!」

責めるような口調で杏寿郎さんへ詰め寄ると彼の胸元を掴む。決して夫である方に許される行為ではないとはわかっていたがぶつけようのない気持ちがこのような蛮行へ拍車をかけた。昂る気持ちを抑えられずに涙を滲ませる私を前にしても杏寿郎さんは罰が悪そうな顔を浮かべられるばかりで、弁解しようともなさらない。
その姿に強く心が痛んだ。

「っ、もういいです!今日は邸へは帰りません…!」

「待て!名前!」

「いや!私に触らないで下さいっ!」

杏寿郎さんに背を向けて駆け出そうとするも彼に手首を捉まれ、それは阻まれる。それでも彼から逃げたくて手を振り解こうとするも決してその手が離されることはなかった。

「離してください!今は貴方の顔を見たくありません!私のことは放ってお…んっ!」

抵抗を続ける私の唇に杏寿郎さんは強引に自分のものを重ね合わせた。顔を背けて逃げようとするも頭の後ろへ手を回されてしまい、それは叶わない。こじ開けるように無理矢理差し入れられた舌が乱暴に、だけどやさしく私の舌と絡み合わせられる。ここ数日で杏寿郎さんによってすっかり開発されてしまった私の体はその口づけにどんどん力が抜けていってしまう。あまりの激しい口づけに上手く呼吸ができない。
私の唇が解放されたのは酸欠で頭に霧がかかりはじめた頃だった。一人で立つことすらも困難なほど蕩けさせられてしまった私を杏寿郎さんの逞しい腕が抱き留める。
そしてまるで懺悔するかのように謝罪を始めた。

「すまなかった。誤解を招くようなことをしてしまい、名前を不安にさせてしまった」

「誤解…?」

「そうだ。信じてもらえないかもしれないが、本当は見合いの日に君へ伝えようと思っていたんだ」

鼓膜を揺らす声は不安の色が濃く混じったものであった。言葉を選ぶように慎重に続けられるそれに黙って耳を傾ける。

「しかし、いざ君を目の前にして、とてもじゃないが伝えられなかった。名前があまりに辛そうに笑うものだったからな」

「そんな…」

「名前が兄上の死を受け止められずにいることはすぐに理解できた。それから夫婦になった後もいつか君に話さなければいけないと思ってはいたのだが、今度は俺自身が伝えることに迷いが生じたのだ」

杏寿郎さんの声がだんだんと小さくなっていくのとは反対に抱きしめられる力は強くなっていく。苦しいと声を上げてしまいそうなほど強く抱きしめられ、思わず息を詰める。

「兄の仇を討ったのは俺であると伝えたならば、名前は俺のことを恩人としてみるようになり、愛してくれなくなるのではないかと不安になったのだ」

杏寿郎さんは苦しい胸の内を吐き出すように自身の思いを私へ伝えられた。

彼は怖かったのだ。

兄の仇を討った本人が自分であると私に告げたその時から、自分自身が私にとって恩人だけの存在になってしまうことが。杏寿郎さんのことを夫ではなく、恩人として慕い、私が一生を寄り添うことを恐れていたのだ。

きっと真っ直ぐで優しい杏寿郎さんのことだ。今日までその心を痛めてこられたに違いない。

きつく私を抱きしめる腕を解くように杏寿郎さんへ伝える。彼はおずおずとその腕を解き、ようやくその不安でいっぱいのお顔を私に見せてくれた。不安を隠し切れない様子で眉を垂れさせるお顔はまるで彼らしくないものであった。

今度は私が杏寿郎さんの頭に腕を回すとその額を自分の額へと引き寄せる。こつんとぶつかった額がまるで不器用な私たちのようでおかしかった。

「ありがとうございました、杏寿郎さん。貴方のおかげで私も、そして兄も浮かばれました」

心からお慕いしております。そう告げると杏寿郎さんの額へ唇を寄せた。