拾捌

 

父と母の葬儀はしめやかに営われた。
色とりどりの花に埋もれた父と母のお顔はとても穏やかなものであった。

二人の死を受け入れられず茫然と棺の前に座り込む。今にも目を開けてくれそうほど安らかに眠る二人を前に夢ならば覚めてほしいと何度願ったことだろう。
父の腕には兄の時と同様に愛用の日輪刀が抱かれ、母の真っ白な美しい手には真珠の指輪が光っていた。この指輪は父が母に贈ったものらしく、生前母がとても大切にしていたことを覚えている。

何故父と母だったのだろうか。父と母だけは何があっても守り抜こうと誓っていたはずなのに。昔からこうだ。私は肝心な時に役に立つことができない。人一倍鍛錬を積み、柱へ就任したとて、こうして大切な人を守れなければ何の意味もなさない。

結局、私は何も守れなかったのだ。

こみ上げてくるものを耐え、強く唇を噛む。じんわりと口内に広がる鉄の味に嫌気が差す。行き場のない激しい怒りと後悔の念で押しつぶされてしまいそうだ。

「名前。親方様とあまね様がいらっしゃったぞ」

まるで生気が抜けた人形のように口を閉ざしている私の元へ杏寿郎さんが親方様とあまね様をお連れになった。
本来ならば私が率先して参列くださる方々へご挨拶を申し上げなければいけないのだがとても表に立たてる状況ではなかったため、こうして杏寿郎さんがその全てを担ってくださっているのだ。

姿を見せられた親方様は父と母が眠る棺へ縋るように座する私にその優しいお顔を大層歪められた。
いつものように親方様へ頭を垂れようとすると親方様にそれを制止される。

「そのようなことしなくていいんだよ、名前。辛かったろう」

「お足元が悪い中、お運びいただきまして誠に恐れ入ります。こうして親方様とあまね様に弔って頂くことができ、父と母もさぞ喜んでいると思います」

親方様はあまね様に手を引かれながらゆっくりと父と母の元へ歩み寄られると手を合わせられる。そして慈しむように二人の頬を温かい手で撫でられた。

「父君と母君はまるで眠っているみたいだね」

「胡蝶様と隠の方々が少しでも安らかに逝けるようにと手を尽くして下さったのです」

惨劇の夜、絶命した父と母のお顔は今でもしっかりと私の脳内にこびりついている。そのお顔は目の前で穏やかに眠る二人からは想像もできないほど苦痛で歪んでいた。救護のために駆け付けた胡蝶様は、事切れた二人を前に成す術がないと判断したのか、脈を確認するとゆるく首を振られた。
咽び泣く私の肩を抱いていた杏寿郎さんは強い憤りを抑えきれずに血で汚れた畳へ拳を振り下ろされた。

心痛な面持ちでその光景を見つめていた胡蝶様は「このままでは逝けぬでしょう」と父と母の遺体を一度蝶屋敷で預からせてくれないかと私へ持ち掛けられた。


そして私の元へと帰ってこられた父と母はまるで見間違えるほど綺麗なお顔になっておられたのだ。
凛々しく誇り高く口を結ばれる父と美しく死に化粧を施され優しく微笑む母。

――ああ、これで父と母は思い残すことなく、二人で兄の元へと逝ける。そう思った瞬間であった。


この葬儀を終えたら、改めて胡蝶様へお礼を申し上げにいかなくてはならない。私の任務復帰はまだ少し先のことだろう。それまでに父と母がお世話になった方々へご挨拶も伺わなければ。

いつまでも泣いてばかりはいられないと口を固く結んで半ば強引に気持ちを引き締めると親方様に名前を呼ばれ、そちらに視線を向ける。続いて杏寿郎さんも名を呼ばれ、親方様のほうへと姿勢を正された。

「杏寿郎、名前のことを頼んだよ」

「勿論でございます!名前は俺が支えていきます故、ご心配なさらず!」

「ありがとう、杏寿郎」

杏寿郎さんの返答は予想通りのものだったのか、にっこりと笑みを浮かべられた親方様は次いで私のほうへ視線をうつされた。

「名前。君は一人じゃない。君がいなくなれば、悲しむ者がいること。それだけは決して忘れてはいけないよ」

どきりと心臓が跳ね上がる。なにもかもを見透かしたかのような親方様のお言葉は私の胸に深く突き刺さった。


兄だけでなく、父も母も喪い、一人では抱えきれない悲しみをどうすることもできずに涙を流す毎日。しかしどれだけ涙を流そうともその悲しみと苦しみは消えるどころか、増すばかりであった。寝ても覚めても、嫌でも突き付けられる現実。
そのあまりの辛さにいっそのこと三人の後を追おうかと自身の首筋に刃を押し当てたことがあった。

しかしその刃を引くことはできなかった。杏寿郎さんのお顔が頭を過ったからである。

杏寿郎さんもまた幼い頃に母君を亡くされていたことを彼の口から聞いていたのだ。それはまだ弟である千寿郎さんの物心がつく前であったそうだ。母君である瑠火様を亡くされたことで引きこもりがちになられた槇寿郎様とまだ母君が恋しい年端もいかぬ千寿郎さんを支えるために心を奮い立たたされた杏寿郎さん。幼い彼には十分すぎるほどの重荷であっただろう。それでも瑠火様の教えに背くことなく心を燃やしてこられた杏寿郎さんは常に第一線で戦いに身を投じ、空っぽであった私に愛を与え、また人を愛することの尊さを教えてくださった。

そんな彼を残し、命を絶つことはできなかった。

私が自らの手で命を経とうとしていたことを杏寿郎さんは知らない。きっと知られれば、ひどく叱られたことだろう。決して許されることではないことだ。当然のことだろう。

「名前には杏寿郎がついているんだ。どうかそのことを忘れないでおいでね」

「…はい。心に強く留めておきます」

「任務への復帰は焦ることはないよ。心の整理ができてからで構わない。しっかりと心を休めなさい」

隣に座る杏寿郎さんが俯きがちであった私の腰にそっと手を回される。寄り添うような彼の気遣いに凍てついていた心にじわりとぬくもりが広がった。