15
なまえを悩ませている存在。それは他の誰でもない彼女の唯一であるトラファルガー・ローという男だ。先日、海軍から召集を受け本部に出向く後姿をなまえは送り出した。そこまではなにひとつ変わらないいつものローであったと彼女は記憶を探る。しかし、本部から帰還したローを出迎えた際になまえは最初の違和感を感じた。いつもとどこか違う。そんな漠然とした違和感だ。
元々ローは口数が多いわけではない。どちらかというと口数は少ない方である。しかし、本部から帰ってきて以来、その口数が更に減ったとなまえは感じていた。初めこそ自分がローの機嫌を損ねるようなことをしてしまったのだろうかと怯えていたなまえであったが、まるで思い当たる節が見つからなかった。
ローの口数が減ると同時になまえはローからの妙な視線を感じるようになった。それはなまえがローに背を向けている時などローに視線をやっていない時ばかりだ。
一体ローはどうしてしまったのだろうか。本部に出向いた際になにかあったのだろうか。なまえの頭の中はこのような悩みで溢れかえっていた。
そして、現在。なまえはローに背を向けて花の手入れを行っていた。勿論、あの妙な視線を一身に受けながら。
「…あの、ローさん」
「なんだ」
「…いえ、なんでもないです」
――なにかあったんですか。
その一言が言えず、なまえは内心がっくりと項垂れた。その間も絶えず向けられる視線の痛いこと。
なまえはしばらく黙ってその視線に耐えていたが、ついに限界に達した。花を手入れする手をぴたりと止め、ローの方へ振り返った。
「…ローさん」
「…さっきからなんだ」
「…その…、ローさん。なにか…ありましたか…?」
ここ数日ずっと頭の中をループしていた一言だ。なまえはようやく口にすることができたと小さな達成感を感じた。
しかし。ローから返ってきた一言に彼女はまた肩を落とすことになる。
「べつになにもないが」
それだけ言うとローは傍らに鎮座していた医学書を手にとった。その行動はまるでなまえの詰問から逃げるようなものであった。
なまえは負けじとローの傍によると言葉を投げかけた。
「私の気のせいかもしれませんが、海軍から帰ってこられた日からなんだか変です」
「お前の気のせいだ」
「…じゃあどうして私の目を見て話してくれないのですか?」
医学書を読んでいるはずなのだが全く内容が頭に入ってこない。そんなローの顔を覗き込むようにしてなまえがついに核心をついた。彼女のその言葉にローは医学書を持つ手をぴくりと動かした。そしてゆるりとなまえに視線をやった。
「それになんだか私がローさんに背を向けてる時ばかり、視線を感じます」
「…気のせいだろ」
「最初は気のせいだと思ってましたけど」
それだけ言うとなまえはじっとローを見つめた。ローもまた彼女の瞳を見つめた。こうして視線を交わらせることはどれだけぶりだろうか。2人の間にそれ以上の会話はない。ただ静かな時間が流れた。
――そしてついに決して視線を逸らさないなまえに根負けしたのかローが医学書をデスクの上においた。
「…本部である男と出会ってな」
「ある男…?」
「お前も名前くらいは聞いたことあるだろ。ドンキホーテ・ドフラミンゴという男だ」
「…確か…七武海の方ですよね?」
「あぁ。あの男と少しな」
言葉を濁すようなローの言い方になまえが首を傾げる。まさかこの2人に因縁があるとはなまえは知らない。むしろお互い七武海同士ならば会話を交わすことくらい普通のことなのでは…と考えたくらいだ。
しかし、この会話が問題なのだ。ドフラミンゴの挑発ともとれるあの言葉を思い出して、ローは眉を顰めた。
「…ローさん?」
「…なんでもない。そのドフラミンゴがくえない奴だったことを思い出しただけだ」
「なにか気に障ることでも言われたんですか…?」
「そんなところだ」
まさかなまえを巡っての一件であったとは決して言えない。
――それほど大事なら精々目を離さねぇことだ。
目を瞑れば、そのドフラミンゴの言葉が鮮明に思い出される。あの卑下た笑みを浮かべた男が考えることなどロクなことではないのだ。
「…なまえ」
「はい」
「しばらく俺が留守の間はこの部屋から出るな」
近頃なまえは鎖も外され、船内であれば自由に行動をしてもいいとローに許可をもらっていた。ローに想いを寄せているなまえが彼から逃走しようなんて考えるはずがない。そのことはローも十分理解していた。
しかし、今回のドフラミンゴの言葉がどうしても気にかかる。もしもなにかあれば…。最悪の事態を防ぐためにもローは彼女にそう言い渡した。
「俺が船にいる限り外には連れて行ってやる。だが俺がいない間はお前はここにいろ。一歩も外にでるな」
ローの言葉になまえはすんなりと頷いた。その姿にほっと安堵の息を零したローは彼女の頭に手をやると柔らかくその髪を撫でた。
title 花畑心中