17

ローがその報せを受けたのは船へ帰還している道中であった。
けたたましく鳴り響いた電伝虫。ざわりと不穏な予感がよぎった。

――「キャプテン!船が襲われた…!」

ベポから告げられたその言葉をローはすぐに理解することができなかった。まさか自分の船が、七武海である自分が船長をつとめている船を襲う輩など存在するわけがないと。そう、タカをくくっていたからだ。
そして頭をよぎったのは、なまえの存在だった。
ベポやペンギン、そしてシャチ達は強い。しかしなまえはどうだ。なまえに戦闘の経験などあるはずがない。ヒューマンオークションでローに落札されるまで小さな島で平凡に暮らししてきた普通の少女だ。
大方の敵はベポ達によって船内に侵入するまでにやられるだろう。しかし、もし…。もし船内への侵入を許し、あの部屋へたどり着かれてしまったら。

最悪の結末がローの脳内を支配する。

「なまえはどうした…!」

――「それが…っ、…っ」

「おい!ベポ!」

――「ごめん…!ごめん、キャプテン…!」

――守れなかった。
悲痛なベポの叫びにローは言葉を失った。

今日もいつもとなに1つ変わったことはなかった。隣で眠るなまえの安らかな寝顔に引き寄せられるように額に唇を落とした。その後目を覚ましたなまえと朝食を摂り、少しの安寧の時間を過ごし、なまえに見送られて船を降りた。見えなくなるまで手を振るなまえがやけに可笑しくローは1人口角を緩めたのだ。そしてまたなまえに出迎えられて船に帰る。
そう、今日もまた変わらない1日であるはずだった。

ローは言葉を見つけられなかった。ただ目の前で涙を流す電伝虫をぼんやりと見つめていた。
すると電伝虫の向こう側から荒々しい足音が近づいてきた。そして間を置くことなく乱暴に受話器が取り上げられる音が聞こえ、聞きなれた声がローの名前を呼んだ。

――「キャプテン!」

「…シャチか」

――「落ち着いて聞いてくれ!キャプテン!まだなまえは死んでいない!」

電伝虫の向こう側にいるであろうシャチは憔悴しきっていたローにそう告げた。その声は涙で震えており、隣からベポの驚いた声が受話器を通して聞こえた。
なまえはまだ死んでいない。一体どういうことだというのだ。
ローは受話器を強く握るとシャチの言葉を待った。

――「息は細いけどまだ生きてるんだ!けど瀕死の傷を負っていてこのままじゃ…!」

「…応急処置は」

――「勿論したさ!けど俺達にはこれ以上どうすることもできない…!だからキャプテン…!」

「じきに船に着く!オペの準備をしておけ!」

死なせるわけにはいかなかった。手離すつもりも更々なかった。
瀕死の状態のなまえを目の前にしたローはそのあまりにも惨い姿に息をのんだ。致命傷となった傷からの出血はシャチ達の応急処置によって止まりはしていたものの、傷の具合から相当な量の出血であったことが予想された。決して油断を許す状況ではなかった。致命傷以外にもあちらこちらから出血しており、なまえの体は傷だらけであった。
どれほどの苦痛をなまえは受けたというのだろうか。そのあまりに凄惨な当時を思い、ローは握った拳に力を込めた。

――まだ、逝かせてなるものか。




ふわふわと浅い水際を漂うかのような不思議な感覚は心地のいいものだった。やわらかい微睡みを甘受する。とても長い間眠っていたような気がした。

だが、この微睡みの中から覚めてしまったらなにか大切なものを失う気がしてなまえは覚醒することを拒んだ。自分は「なに」を失うことを恐れているというのだろうか。

ふたたび夢の中へと意識を沈める。やけに軽く感じる自分の体に気分を良くしたなまえはどこまでも続く大海原の水際を軽快な足取りで歩いた。

――なまえ、なまえ…。

遠くから誰かが自分の名前を呼ぶ声になまえは振り返った。すると遠くの方で1人の男が佇んでいることになまえは気付いた。だが、その男の顔がなまえにはどうしても見えなかった。不安に駆られ男に駆け寄ろうとしても先程まで軽く感じていた足が鉛のように重く、その場から動けなかった。

――ねぇ、あなたは…。

「だ、れ…?」

久しぶりに聞いた自分の声はひどくかすれており、喉が張りつくような違和感を感じた。滲んでいた視界がすこしずつ晴れてくる。するとそこには真っ白な天井が広がっていた。
ここはどこなのだろうか。
周囲を確認しようと首を動かすと全身に激痛が走った。そのあまりの激痛に息が詰まる。浅い呼吸を繰り返して、呼吸を整えているとすぐ近くで人の気配を感じた。

「目を覚ましたか」

その声の持ち主は他でもないなまえを助けたローだった。ローはカルテを片手になまえの傍によると彼女の額に手をやり、熱の具合を確認した。

「7日間眠っていた。具合はどうだ」

「…7日…?」

ローは傍にあったチェアに腰を下ろすとゆらりゆらりと動くなまえの瞳を見た。その瞳はなにひとつ変わっていないはずなのに妙な違和感を感じた。

その違和感を払拭しようとしたローであったがなまえから告げられた言葉に目を見開いた。

「あなたは、誰ですか…」

title 花畑心中