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「そういえば、ローさん。ずっと疑問だったんですけど…」

よく晴れた日のこと。船はおだやかな波に揺られ、次なる島を目指して偉大なる海を航海中。それぞれが自由な時間を過ごす昼過ぎ。
ローの私物である医学書を拝借し、読みふけっていたなまえが不意に顔を上げてローに問いかけた。

「なんだ」

「そのですね…。あの」

航海日誌をつけていたローは筆を止めてなまえを見やる。するとなまえも読んでいた医学書を閉じて、それを膝の上に置いた。

「私のここに彫ってあるジョリーロジャーって、ローさんのマークですよね?」

ここ。そうなまえが指差す場所は左胸だった。

まだなまえがローに買われ、日が浅い頃。監禁される毎日を愁いて、なまえがローの元から脱走を試みたことがあった。勿論その脱走はローによって阻まれ、失敗に終わった。なまえは船に再び引き戻され、あの部屋に閉じ込められることになった。その際に罰としてローから与えられたものこそが、そのジョリーロジャーであった。
ハートをモチーフとしたローのジョリーロジャー。ローはわざとそのマークをなまえの左胸に彫った。お前の心臓は俺が握っている、そのような意味を込めて。

さて。その経緯を記憶を失ったなまえにどう説明するか。
ローは考えあぐねた。まさか罰として彫ったとは言えまい。

「…、このマークが不快とかそういうのじゃないんです。ただどうして私に彫ってあるのかなって思って」

「…消してぇなら消してやるぞ」

傷こそ残ってしまうが、刺青は消えないものではない。女であるなまえにとってジョリーロジャーの刺青が彫ってあっては色々と不都合なことがあるだろう。ましてやトラファルガー・ローが率いるハートの海賊団のマークなど世界的にも知られているマークだ。なまえをハートの一味だと勘違いして狙ってくる輩もいることだろう。
すでにドフラミンゴが手向けた輩の奇襲を受けているのだ。このマークによって今後なまえを危険な目に合せてしまうに違いない。

そうなる前になまえの左胸からジョリーロジャーを消してしまうことが望ましいだろう。

やはり時間がある時にでもジョリーロジャーは消すべきだとローは考えた。そう伝えようとなまえの方へ視線をやったローだったが、自分をじっと見据える彼女の姿に言葉を飲みこんだ。

「――消さないです」

強い意志が込められた瞳と凛とした声。どちらにも迷いなどはまるで感じられなかった。

「私はこのマークを消すつもりはありません。ローさんは消せと言われるでしょうが、私にはその気はありません」

「そのマークを背負う意味をわかって言ってるのか」

「わかってるつもりです」

なまえはそっと自分の左胸に手を当てると愛おしそうにそのマークを服の上から撫でた。

「このマークが左胸に彫っていた時はとても驚きました。けど同じくらい嬉しかったんです」

「…嬉しいの意味がわからねぇな」

ローのその言葉になまえはふわりと頬をゆるめた。

なまえはここ数日前まで包帯を巻いて生活をしていた。敵襲の際に受けた傷がまだ完治していなかったためだ。痛みこそなかったが傷が深かったこともあり、なかなか包帯が外せなかったのである。
そしてようやく傷が完治し、包帯が外せるようになり、自分の左胸にローのマークが彫っていることに気が付いたのだ。初めこそ、どうして自分にローのマークが彫っているのだろうかと疑問だったのだが、いつしかその疑問は消え、今ではそのマークに愛しさを感じていた。

「私にとってこのマークは私とローさんを繋ぐ大切なものなんです」

勿論何故このマークが自分に彫られているのかを知りたくないわけではない。だがこの話を切り出した時にローの表情が曇ったことになまえは気付いていた。

「どうしてここにマークが彫っているのかはどうでもいいんです。ただ、このマークがローさんのものなのかだけを確認しておきたかっただけなんです」

「…それがあるだけでお前が危険にさらされる場合もあるんだぞ」

「そうですね。けどきっと大丈夫です」

――だって私の心臓はローさんが握っているんですから。ほかの人になんて殺せません。

屈託のない笑みを浮かべるなまえの姿はあの頃となんら変わっていなかった。ただどこまでもひたむきにローだけを見つめていた。

「…、お前はなにも変わっていないな」

「え?」

「なにもねぇよ」

撫でた頬は温かく、そして愛おしいものだった。その事実にローはまた目を細めた。

title 彼女のために泣いた