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「一体何の用だ」

とある無人島に呼び出されたローは目の前で薄ら笑いを浮かべる男にそう吐き捨てた。ローの不機嫌そうな声を聞いてもその表情を崩さない男、ドンキホーテ・ドフラミンゴはフッフッと独特の笑い声をもらした。

「随分な言い方じゃねぇか」

「生憎俺はお前のように暇じゃないんでな」

「フッフッフッ。船に残してきたなまえチャンが心配か?」

2人の間を吹き抜ける風はひどく冷たい。島に住まう動物達はただならぬこの2人の雰囲気にすっかり怯え、姿を隠してしまった。

なまえ。その名前にローはぴくりと眉を動かした。ドフラミンゴはそのローの反応を見逃さなかった。

「安心しろよ。もう手はださねぇ」

「…何が目的だった」

「目的?そうだな…」

ドフラミンゴはすらりと長い指を顎にあてるとじっと考える動作を見せた。

ドフラミンゴがわざわざなまえに敵を仕向けた理由をローはまだわからずにいた。ただの暇つぶしだったのか。それとももっとほかに理由があったのか。ドフラミンゴが考えることはいつも突拍子のないことばかりである。幼い頃からドンキホーテ・ドフラミンゴという人間を傍で見ているローでさえも、未だにこの男の思考は理解できなかった。

しばらくそうして考え込んでいたドフラミンゴだったが、なにか思いついたのかあぁと声をもらした。

「あの女を亡くした時のお前の顔が見たかっただけだ」

予想もしなかったドフラミンゴの言葉にローは目を見開いた。こんなふざけた理由でなまえは殺されかけたというのか。ローの脳裏にあの日の凄惨な光景がよみがえる。青白い顔で力無く横たわるなまえの姿は今でも鮮明にローの記憶に残っていた。

――やはりこの男だけは許すことできない。
だがここでドフラミンゴに刀を向けたところで、到底勝てるわけがない。現ドレスローザ―国王、そして王下七武海であるドフラミンゴの強さはケタ外れなものなのだ。

己の無力さにローは拳を握りしめた。
もう二度と大切な人を失いたくなかった。なまえはなにもかもを失った自分がようやく手に入れた守りたい存在なのだ。

「…あいつは生きてる」

「フッフッ。愛する女に忘れられる気持ちはどうだ、ロー」

――愛する人に忘れられること。
それはとても悲しいことだった。どんなに愛していても、愛してると伝えることは決して許されない。唇を重ねることも、なにもかも許されないのだ。
何度もローはなまえに想いを伝えようとした。しかしいつもそれは叶わなかった。記憶を失い、困惑しながらも、心配させまいと自分に笑いかけるなまえをこれ以上惑わせるようなことをしたくなかったからだ。

これは罰だ。
なまえと向き合わずにずっと背を背けていた自分自身への罰。
いつかなまえは自分に嫌気が差して船を降りてしまうかもしれない。しかしその手を取って連れ戻す資格など今の自分にはないとローは思っていた。
なまえにはなまえの幸せがある。その幸せを求めるなまえの背を見送る覚悟をローは秘かにしていた。

――だが。もし、なまえの記憶が戻って、それでも自分の傍にいることをなまえが望むのなら。その時は「愛している」と伝えていいだろうか。
「愛している」と伝える頃には、必ずすべてを清算してみせる。そしてなまえと生きていく。
自分でも笑ってしまうなまるで夢物語のような話だ。だが、そんな未来をローは望まずにはいられなかった。

こんなにも誰かを愛することは初めてだったのだ。幼い頃に自分を命がけで護ってくれたあの人にはなにも伝えることができなかった。ありがとうもさよならも愛してるも。なにもかも伝えることができなかった。しかし今は違う。ローのかけがえのないあの人…、コラソンに繋いでもらった命で生きて、また誰かを愛することができたのだ。

なまえが望むならそっとその手を放してやる覚悟。そしてローはそれとは別にある覚悟もしていた。
過去の清算。それがローのもうひとつの覚悟だった。
コラソンはドフラミンゴの暴走を止めるために立ち上がったが、無念にもその想いを遂げることができなかった。その想いを継ぎ、ローはドフラミンゴを止めることを心に誓っていた。

「お前にはわからねぇだろうな、ドフラミンゴ」

「…なに?」

「自分のためにじゃない、誰かのために覚悟することだ」

傍にいられないかもしれない。だがどこかで幸せに暮らしてくれるなら、その手を放してみせる。
そんなローの固い覚悟は誰かを愛したことがないドフラミンゴにわかるはずもなかった。

「確かにあいつは記憶を失った。だが、なにも変わらねぇ」

「…フッフッフッ!おもしれぇこと言うようになったじゃねぇか、ロー」

「…………」

「そこまで言うなら見せてみろ。お前の覚悟とやらを」

ドフラミンゴはそう言い残すと「イトイトの実」の能力を使い、その場から姿を消した。

静寂が訪れる。
波が打ち寄せる音だけがローの鼓膜を揺らす。

ローは自身の手をじっと見つめ、目を閉じた。

「俺はもう迷わない」

――その言葉は誰に向けてのものだったのか。

ローはゆっくりを目を開けると帰りを待つなまえの元へと帰路についた。

title 花畑心中