06

彼女をヒューマンショップで落札したのはローにとってただの暇つぶし程度だった。
たまたま立ち寄ったヒューマンショップで見つけたのがなまえだった。困惑した表情を浮かべ、覚束ない足取りでステージに立たされる彼女を一目見て、手に入れたい、そう思った。
ローと同じく、彼女を競り落とそうと大金を積む男がいたが、ローはその男などまったく眼中になかった。悪魔の実の能力者でもなんでもない「普通の少女」。むしろ戦闘など無縁で、今までごく平和に暮らしていたようなどこにでもいる平凡な少女だ。その少女が彼は喉から手が出るほどほしかった。

そして手に入れると同時に部屋に閉じ込めた。
クルーにはあの部屋には近寄るなと忠告して、少女が頼れるのは自分しかいないという囲いを作り上げたのだ。しかしそのような状況になっても少女は頑なにローを拒絶し続けた。ローが優しく髪を撫でようが、少女が好きそうな贈り物を与えても、決して彼を受け入れようとはしなかった。そのような少女の拒絶を前にローは優しくすることが馬鹿馬鹿しくなり、少女を手酷く扱うことが多くなった。泣いても、喚いても力ずくでねじ伏せる。時には生意気な口をきく小さなそれを塞ぐことさえあった。そうすると少女はその純粋無垢な瞳から涙を流して懇願してきた。

もうやめてくれ、と。


ある明朝、少女、なまえが言った。なまえにとってひどく長い夜が明けようとしていた時だった。酷使した体をだらりとベッドに預けて戯言のように彼女は呟いた。

――どうして、私だったんですか。

血色を失った唇から零れたそれに対する答えをローは持ち合わせていなかった。どうして。その答えは自分が聞きたいくらいだとローは眉を寄せた。なぜ自分がこのような無力で平凡な少女に執着しているのか。自分でも理解できなかったからだ。
なまえの問いに対する答えを模索するも一向にそれに相応しい答えはやはり浮かんでこなかった。ちらりとローがなまえを見やる。しかし彼女は答えを待たずにすでに深い眠りについていた。伏せられた睫毛は微かに震え、薄く開かれた唇の端には薄らと血が滲んでいる。ローはそれを手近にあったタオルで拭ってやった。心なしか穏やかになった彼女の寝顔にローはすっと心が軽くなったような気がした。


その日を境になまえの態度が少しずつだが柔らかいものへと変化した。以前よりも、ローの瞳を見て話すようになり、少しではあるが笑うようになった。それはまだぎこちないものだったが、これまでなまえの笑った顔など見たことがなかったローはそれだけで満たされたような気持ちになった。着実になまえは自分に心を開いている。そうローは思っていた。

しかし、それもすべて彼女の計算だった。

停泊した島でわざわざ立ち寄った酒場。その時に隣についた娼婦にローは流行りのファッションブランドなどを聞き、ペンギンにワンピースとサンダルを調達させた。久しぶりの上陸が余程嬉しいのか、その日、なまえはよくローの名前を呼んだ。初めこそローは逃走を危惧していたのだが、無邪気に喜ぶなまえの様子にその警戒心がゆるんだ。
そこから生まれた油断だった。酒がはいっていたこともあるが、あの場所に一人でなまえを残したことがそもそもの失敗だったのだとローは後々後悔した。

なまえは逃げ出した。一瞬の隙をついて、ローの前からいなくなったのだ。下品な誘いをローにかけた女は、姿を消したなまえに気付くと好都合だとばかりに彼の腕に絡みついてた。それがローの逆鱗に触れることなど知らずに。乱雑に女の手をローが払いのける。なまえを追うために店を飛び出した自分の後を追いかけてくる女の気配にローは気付いていたが、あえてなにも反応をみせなかった。

今はただ逃げ出したなまえを自分の元へ引きずり戻すことだけが彼の脳内を支配していた。なまえだけは、逃がすわけにはいかなかった。

そうしてまた閉じ込めたのだ。今度は決して自分から逃げようなんて愚弄なことを考えさせないためにも、その左胸に印まで刻んで。





「調子はどうだ」

「っ!さわらないで…!」

伸ばした手は無情にも彼女に振り払われてしまった。当然といえば当然のことだ。しかしどうやらそれを許す寛大な心など、ローは持ち合わせていなかったらしい。

「誰に口を聞いてるんだ?お前はまだ自分の立場を理解していないらしいな」

「ぅ、あ…っ」

「また違うところにも刻んで欲しいのか」

見下ろす眼下には苦しげに眉を寄せるなまえ。自分の首に巻き付いたローの手を振り払おうとしているらしいが十分に力が入らないその手は虚しく宙をかくばかり。ようやくローの手を握ると掻き毟るように爪をたてた。

なまえの左胸に浮かぶハートのジョリーロジャー。ローの腹にも同じものが描かれているが、それとは違った表情をみせるジョリーロジャーは我ながらよくできたものだとローは慢心していた。彼女のそこに彫って三日ほど経つが、未だ痛々しくそこは腫れ上がっていた。

「白い肌によく映える」

「っ、ゲホ…」

「次はどこに刻んでほしい?右胸か?それとも腕か」

「だれが…こんなもの…」

「なんだ。気に入らないのか」

「こんなものいつか消してやるんだから…!」

ようやく十分に酸素を取り込めたなまえは荒い呼吸を繰り返しながらそう叫んだ。その大きな瞳に溜まった涙がぽろりと頬を伝う。ローがなまえの涙を見るのはこれが何度目になるだろうか。涙を見せまいと乱暴にそれを手の甲で拭うなまえの意志とは裏腹に涙は次から次へと零れ落ちた。そして仕舞いには本格的に顔を覆って涙を流し始めてしまった。

「ローさんなんて、きらい、です…!」

涙を流すと決まってなまえはローをひどく拒絶した。以前よりもずっとひどいその拒絶は彼の心をどんどんと冷たいものへと変えていく。

「ローさんなんて…っ」

「奇遇だな。俺もお前が嫌いだ」

「っ、嫌いなら、今すぐここから出して…」

「それはできねぇ。お前は俺のいい暇つぶしだからな」

また今日もなまえの瞳が大きく揺れた。
絶望の色を濃く浮かべたその瞳はゆらゆらと揺れる。その瞳がローを写すことはない。

「今日もまた楽しませてくれよ、なまえ」

ローはなまえを逃がすつもりは毛頭ない。だが、なまえが自分から逃れることができる術がひとつだけ存在することを彼は知っていた。

だが、彼女が自ら死を選ぶなんて馬鹿な真似をローはさせない。なまえが死ぬ時は、自分に殺される時だけだと彼はまた来る夜に笑った。

title カカリア様