09
まだ手探り状態ではあるがなまえとローの距離が縮まり始めたのだ。身体を重ねるという目的だけでこの部屋を訪れていた彼も、今では部屋を訪れてただ静かな時間を過ごすだけということも多くなった。またそれに伴って、なまえが暴力的に抱かれることも少なくなり、ローに抱かれたあとに涙を流すこともなくなった。
――だが、いまだになまえに科せられている冷たい手枷と足枷は外されることなく、彼女を拘束し続けている。だが別段、彼女はそれを不自由と感じていないようだ。しかし、やはり自分はローに信用してもらることはないのかと考えるとなまえはすこしばかりの寂寞を念を抱く。
――現在、船はとある島に停泊中だ。ローを含め、クルーたちは島へ上陸しただが、当然なまえはこの部屋で留守番を言いつけられていた。
「暇だなぁ」
人の気配がまったくしない船内に一人。窓の外を見やるもなにひとつ変わらない景色になまえは溜め息を零した。まるで主人の帰りを待つ犬のような気持ちだ。
外にでたいという気持ちは勿論ある。もう何ヶ月この部屋から出ていないだろうかと指折り数えようとしても、時間の感覚が麻痺してしまっているのでそれも叶わない。彼女としてはそろそろ日の光も恋しいし、外の空気も恋しい。しかし。ローの許可がない限り、彼女はここから出ることはできない。
雲の流れをぼんやりと目で追いながらうつらうつらと微睡む。窓から差し込むあたたかい日差しがどこからともなく眠りを誘ってきたようだ。あぁ、ねむいとなまえは小さく欠伸をもらした。。昨日の夜は久しぶりにローの機嫌がよくなかったから少しだけ強引に抱かれたのだ。
なまえは落ちてくる瞼に抗わずにそっと意識に別れを告げて、眠りに落ちた。
「おい」
よく知った低い声になまえは沈んでいた意識をゆっくりと浮上させる。睫毛を震わせながら瞼をあけるとそこには眉根を寄せたローの姿があった。
「…え、あ、ろー、さん?」
「寝ぼけてるのか」
「寝ぼけてなんて…、早かったですね…?」
「もう夜だ」
「よ、夜…?」
驚いて窓を見やるとそこに太陽の姿はなかった。代わりに月が天高く昇っており、煌々と星がきらめいていた。随分と居眠ってしまったようだ。いつの間にか身体に巻き付いていたシーツを取り払うとなまえはようやく体を起き上がらせた。
「随分寝てたみたいだな」
「こんなつもりじゃ…」
「そんなに疲れてたのか」
「…ローさんのせいですよ」
乱れれている髪の毛を手櫛で整える。すると、ふと色鮮やかなそれが視界の端で揺れた。
「花?」
ローがその手に持っていたものは花束だった。色とりどりの花束は美しくラッピングされており、一層花々を美しく見せた。
しかし何故その花束をローが持っているのか。そんな疑問をなまえが口にするよりも先にローは、ずいっと彼女の目の前に花束を差しだした。突然目の前に広がった色とりどりの花々。驚いてなかなか花束を受け取らないなまえに痺れをきらしたのか、ローは更に花束を彼女に押し付けてた。
「お前にやる」
「え?私にですか?」
「殺風景な部屋だったからな。これで少しはマシになるだろ」
「綺麗…。ありがとうございます」
なまえは受け取った花束を覗き込む。ふんわりと花の香りが鼻腔を燻り、どこか幸せな気持ちに包まれた。
「ローさんが買ってきてくれたんですか」
「…ベポがたまには手土産をやれとうるさかっただけだ」
そう言うとローはベッドから少し離れたイスに腰を下ろした。いつもならベッドに腰を下ろすのに、なぜわざわざそんなところにと疑問に思ったが、すぐにその理由に気付きなまえは小さく笑った。
早速花を活けようと部屋を見渡すも、当然のことながら花瓶などこの部屋には存在しない。なにか花瓶の代わりになるようなものを探すもこちらもまた然り。せっかくの花をみすみす枯らしてしまうことだけは避けたい。そう思いなまえがローに花瓶を、と振り返る。するとそこには花瓶を片手にしている彼の姿があった。
「一体どこから…。まさか能力で?」
「これくらい造作もねぇ。ほらさっさと水をやらないと枯れるぞ」
どうやらまたあの奇妙な能力でどこからともなく花瓶を取り出したらしい。一体どのような能力なのだろうか。知りたいという思いがあるもそれよりも今は花を活けることが最優先である。なまえは手渡された花瓶を受けとるとすぐに部屋に備え付けられている洗面台へ向かった。
花瓶に生けられ、嬉々と咲き誇る花たちに自然と笑みが零れた。まさかこんな素敵なお土産を貰えるとは思ってもなかったなまえは思いがけない土産にそっと唇を寄せた。ローからなにかを与えられたことはこれが2回目である。初めての贈り物はローの手によって破り捨てられたワンピースと、彼女が脱ぎ捨ててしまったサンダル。あの2つはもう2度となまえの手に戻ってくることはない。だからこそ、この花は心から大切にしようと彼女は心に決めた。
「すこしでも長く咲いていてね」
彼女が花々に顔を埋める。まるでローに抱きしめられているかのような感覚に幸せそうに頬を緩めた。
title カカリア様