愛を目論む獣たち

真っ白なシーツの上に漆黒の髪が泳ぐ。見るからに手触りのよさそうな髪の持ち主は僅かに声を漏らしたかと思うとコロンと寝返りを打って、ふかふかな枕へと顔を埋めた。まるで間もなく鳴り響く目覚まし時計から逃げるように。
時刻はPM23時。普通の人間ならばこれからが就寝の時間である。しかし生憎彼女は普通の人間ではない。

ジリリリリリリ。
けたたましく鳴り響く目覚まし時計のなんと憎たらしいこと。このまま無視を決め込みたいところではあったが、鼓膜を強引に揺らすこの騒音は無視できそうにもない。シーツから這い出した手で目覚まし時計を掴むとそのままシーツの中へと引き摺り込む。やがて騒音は鳴り止んだが、当の本人は未だにグズグズとベッドの中で睡魔と闘っていた。
そのまま呆気なく眠りの世界へ誘われてしまった彼女だったが電伝虫によって、再び強制的に現実の世界へと引きずり戻されてしまった。
ようやくむくりと起き上がった彼女はプルプルと唸り続ける悪趣味な格好をした電伝虫を見て心底嫌そうに顔を歪めた。なぜ寝起き早々にあの男の声を聞かなければならないのだ、と。

「お前はいつも出るのが遅ぇなぁ、名前チャン」

「まずは出たことに感謝してほしいくらいだわ。ドフラミンゴ」

いつ見ても悪趣味な電伝虫なこと。そう嫌味を言ってやるとドフラミンゴはフフフといつもの笑い声を上げた。
名前はヒラリとベッドから下りると髪の毛を束ね、洗面所へと向かう。顔を洗い、歯磨きを済ませると豪華なドレッサーの前へ腰を下ろした。

「私はこれから仕事なの。貴方に構っていられるほど暇じゃないわ」

「つれねぇこと言うなよ。もう1ヶ月も会ってねぇんだ」

「私は貴方に会いたくなんてないわ」

「ベッドの中で愛し合ったあの日が懐かしいなぁ、名前」

ドフラミンゴの発言に思わずファンデーションを塗る手を止める。
本当にこの男は人の神経を逆撫ですることがお好きなようだ。言い返すことは癪に触るのでわざとらしくファンデーションのビンを大きな音でドレッサーへ叩きつけてひどく不快であることを示す。

「まだ怒ってんのかよ。あの後起き上がれずに仕事に行けなかったことを」

「当然でしょ。貴方のおかげでせっかくの報酬がパァよ」

あの日は久しぶりに高額の報酬が手に入る大事な日だったのだ。あの仕事のために事前に情報を集め、綿密に計画を練って準備をしていたというのに、この男のせいで全て台無しになってしまった。

それに。

「それに貴方が帰ったあとにクロコダイルが来て大変だったのよ」

「あ?鰐野郎のことなんざ聞いてねえぞ」

電伝虫の向こう側で軽口を叩いていたドフラミンゴだったが名前の口から零れた思いがけない男の名前を聞くと声のトーンを落とした。
それにわざと気付かないふりをして名前は艶やかな赤色のルージュを自身の形の良い唇へ滑らせながら続ける。

「わざわざ貴方に報告する必要もないでしょ」

「俺はお前の仕事には口は出さねえが鰐野郎のこととなると話は別だ」

「その言葉、先日クロコダイルからも聞いたわ」

本当に似たもの同士ね、貴方たち。
化粧を終え、ゆるくウェーブがかかった長い髪へブラシを通しながらドフラミンゴへそう言ってやると彼は至極不快そうに舌打ちを漏らした。ドフラミンゴの心情とは相反して名前は実に愉快げに笑う。

今日の仕事は少々手がかかりそうだ。なんせターゲットが億越えの賞金首ときた。報酬は勿論期待できる金額であることは間違いないのだが、それよりも久しぶりの強敵に胸が躍る。ここ最近のターゲットは賞金首でこそあれどとんだ見当違いの金額を懸けられた者が多く、退屈していたところだ。
夜の闇に溶けるような黒いジャケットへ腕を通す。次いでジャケットと揃いのショートパンツを履くと編み上げブーツの中へスラリと長い足を押し込んだ。最後に革の手袋はめると「夢幻の名前」の完成だ。

「そろそろ仕事の時間だわ」

「今日のターゲットはお前を楽しませてくるといいな。ここんとこ不完全燃焼なんだろ?」

電伝虫を手のひらに乗せ、夜に染まる街を見下ろす。ターゲットは今頃この街のどこかでのうのうと夜を楽しんでいることだろう。
まさか今夜自分が殺されるとは知らずに。

「そうね。楽しませてくれることを期待しているわ。けれど」

「…けれど?」

名前は電伝虫をそっとデスクへと置くと大きな窓へ手をかける。そして一思いに窓を開け放たれた窓から夜の冷たい風が部屋に吹き込む。風に靡く髪を気にも止めず、彼女は窓枠へ足をかせた。

「私を楽しませることができるのは下品なピンクの羽織を恥ずかしげもなく着こなしている男と見るからに凶暴そうな黄金色の鉤爪を持っている男だけよ」

ドフラミンゴからの返事を待たずに名前はまるで猫のように窓から飛び出した。ここが34階だというのことをまるで気にも留めないで。

「フフフ!これだからあの女はやめられねぇんだ。お前もそうだろ、クロコダイル」

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